塩素とメロンソーダ

こまき

足りないものはわかってる


 メロンソーダと塩素の匂いは相性がいいと思う。


 運動全般が苦手だったわたしに手を焼いた母は、なだめたりすかしたりして地元のスイミングクラブに通わせた。けれど、こざかしい子供だったわたしは、友達と遊びたいがために、クラブへ行ったふりをして小学校の水飲み場で水着を濡らし、何食わぬ顔で帰宅した。当然、塩素の匂いがしないので悪事は白日の元にさらされる。それでもかたくなにクラブへ通わなかったり、たまには行ってみるかと気まぐれに通ったりする、とんと懲りない子供だった。


 スイミングクラブにはガラス張りの観覧席があって、プールから漏れ出す熱気と塩素の匂いに満ちていた。入り口には紙コップの自動販売機が置かれていた。ときおり、おこづかいを握りしめて、迷いなくメロンソーダのボタンを押す。濃縮されたグリーンの液体と透明なサイダーが左右から注がれていくさまを、しゃがみこんで眺めるのが好きだった。むせかえりそうなプールの匂いに包まれて飲むメロンソーダは格別に美味しくて、迎えのバスが発車する時刻ぎりぎりまで観覧席に居座ったものだ。舌が緑色に染まるのなんて縁日のかき氷以来で、非日常の再来に心おどった。


 高校生になり、ドリンクバーのメロンソーダを飲んだ。ペットボトルのメロンソーダも試したことがある。

 どちらもあの頃とはまったく違う味がした。

 それ以来メロンソーダは口にしていない。


 足りないのはたぶん、塩素の匂いと、縁日が楽しみでたまらなかったあの頃のわたしだ。







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塩素とメロンソーダ こまき @maki01171

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