第9話

翌日、副社長が来社し、本部長と面会した。

本部長は

「そんな事でしたら、ご足労頂くまでもなくお声を掛けて頂ければこの松田がすぐに参上致しましたのに」

と言って、快諾したという。

「これでいいんだよ」

森が言った。

「我々はサラリーマンだ。上を気持ち良くできた奴が出世する。今回は本部長にあの施設防護の副社長が値引きをお願いしに来るという最高のステージ迄作れたんだ。理想的な受注じゃないか」

「そういうもんですか」

「佐藤君、君は分かっているのかな?」

「はい?」

「このシステムが受注できたのは君の力なんだぞ」

「まぁ、最初にお話をいただいたのは私ですけど、それはたまたま私が営業の窓口をしていたからで、運が良かったんです」

「佐藤君、君は何も分かってないな」

と言って森は笑った。

「なんです?」

「まず第一に、江角さんが君に話を持ち掛けたという事。これを君はたまたまだと言うがそんな事はない。お客にとって会社は営業マンだ。少なくとも、この時最も江角さんの信頼を得ていたのは佐藤君という事だ。それから二番目に、これは今回の受注の本質なんだが、君の九億の勘だよ」

「ああ、でも見積もっても九億になったって稲木さんの話ですよね。それなのになんか私の勘で九億が独り歩きしたみたいで気が気じゃなかったです」

「ははは、本当に分かってないんだな」

「はい?」

「君は稲木さんが君に江角さんについてあれこれ聞いたのを覚えているだろう?」

「あ、ええ、あれが予算の推定に何の役に立つんだろうってずっと思ってました」

「あれは、稲木さんが君の力量を計っていたんだよ。君が一人前の営業マンかどうかね」

「は?」

「江角さんに関していろいろ聞く事に関して、君は事も無げに淀みなくそれに答えた。それで、奴は君を本物だと判断したんだよ。君の勘は営業マンとして信頼に足ると彼は判断した。だから九億を何としても切ろうと彼は動いたんだ」

「そうだったんですか」

「そして、さっき、副社長が本部長に言ったんだ。おたくの担当者は、施設防護の予算をまるで知っているかのような見積りを出してくれる。今後とも宜しく頼みたい」ってね。

「それは…」

「そういう事だよ佐藤君。だから今回、九億の壁を切る事が全てだったんだ。そしてそれを稲木にさせたのは君だという事。君のお手柄だって事だ」

「そう…ですか」

佐藤は、まだ実感の湧かない中、これは褒められているのだなという事だけは何とか理解した。

「有り難う御座います」

と言うのが精一杯だった。

それから正式契約が交わされ仕事が開始し、一か月後には現場工事が始まった。

三か月後には敦賀システムは我が社製に変わる。

この事は業界にそれなりの衝撃をもたらしようだった。

山下電機では事業部が解散されたらしいと綾川から聞いた。

佐藤は、夜道気を付けた方が良いと、同僚から冗談を言われた。

そして半年が過ぎた頃、高浜をやる気はないかと江角から電話があった。

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