第6話
翌日、九時に稲木から森に電話が入った。
ちょっと来てくれと言う。
森と佐藤は精査部へ行った。
「これさ、八億九千五百あたりでどうだろうね。先方さんの話に乗れると思うかい?」
「九億切れるんですか? 切れれば何とか土俵には乗れると思いますよ。な、佐藤君」
森が言う。
「えっ、ええ」
「うん、俺は佐藤ちゃんの勘を信じるよ。この若き営業マンの勘と言う奴をね」
唖然としている佐藤の前で稲木は続けた。
「昨日あれから、工場とギリギリ詰めてたんだけど、なかなかでね。九億の壁が高いんだよ。そう考えるとやはりこのスペック、誰が見積もっても九億近辺の攻防になるんじゃないかって思う。それと佐藤ちゃんの話は辻褄があってくるんだな。これ、俺は九億切れるかどうかが山だと思う」
佐藤は自分の感覚に自信を取り戻してきた一方で、不安にもなってきた。
「ただね、矢田ちゃんとこが『うん』と言わないんだよね。あそこは収支考えてっから金額を下げたがらない。九億一千から頑として引かないんだよ、俺は取れなきゃ元も子もないよって言ってるんだけどさ。どう、営業さんから説得できる?」
「それなんですけど…」
森は言った。
「今、施設防護のシステムを山下は二か所持ってます。この敦賀と、あと高浜です。うちは福島だけ。山下はうちと違ってプラントメーカーじゃないから基本的に営業は製品営業でうちのように窓口営業じゃないし、システム全体をまとめるのは得意じゃない筈です。それでも二か所のシステムを受注して安定的な契約があるからやれていると思われます。ここで敦賀がひっくり返ったら高浜も手放して撤退する可能性が高い。そうするとこれが取れたら、高浜も取れる可能性が俄然出てくる。我々はそれを念頭に営業掛けるつもりです。ここを取れるか取れないかは、もう一か所取れるかどうかの瀬戸際でもあるんです」
「ほほう。なるほどね。二つでいくらの話だぞとな? 考えたね、森さん」
「いや、これは綾川さんの受け売りで」
森は苦笑いした。
「お、綾川さんお出ましか。流石だね綾川さんは。って事は今頃動いてんね」
「ええ、多分」
「よし、それでいこう。会議で矢田ちゃんにその話して。矢田ちゃんが納得したら八九五で指値(さしね)する」
精査部が「指値」した金額が応札金額となる。
一旦営業の部屋へ戻ると、すぐ後から綾川がどこからか戻ってきて
「森君、佐藤君も、ちょっと来て」
と声をかけ、自分のデスクへ向かった。
森たちが行くと
「山下ではプラントを受注する度にその顧客を専門とする事業部を作るそうだ。施設防護向けにも施設防護事業部というのがあるらしいが、どうも実態は関連子会社からの出向者ばかりらしい。それでもやっていけてるのは、毎年それなりの売り上げが立つからだろうな」
「じゃあ、部長の予想が当たる可能性高いですね」
「うん。で、金額はどうなりそうだ?」
「八億九千五百万で行けそうです」
「そうか、五百万だけ高い気がするが、まずは土俵に乗るかだな」
「はい」
十時の会議は予想通り始めはシステム企画部が頑として引かない態度だったが、森が高浜の話をし、稲木が、ゼロか二つかを決めるのはシステム企画部だぞと迫ると、矢田はしぶしぶ納得した。
八億九千五百万の見積りを持っていく事になった。
佐藤は見積書を作り、矢田は仕様書の概要を作ってその日は終わった。
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