第16話 樹の夢と4人の過去

 樹は一度席を立つと腕組みをして少し考えてから言った。

「このプロジェクトは親父と俺の夢だったんだけど」

 やや真顔になって続ける。


「いつしか、色々なところから圧力が掛かってきて複雑な状況になっているんだ。一つはっきりしている事は、ここまで開発コストをかけてプロジェクトが進むと、誰もおいそれとは止める事が出来ないということだ」


「そんな状態でも今でも樹の夢なの?」


「基本的にはそうだよ。うまく行けば一気に温暖化が解消できるんだ。気温が下がれば何億人もの生活が改善される。他の技術ではこんなに速く気温を正常化する事はできない。でも凛も言っていたけど、制御がね…… 分裂そのものの技術的な制御もそうだけど、今困っているのはプロジェクト自体の制御なんだよ」


 それを聞いて好きなワインの二杯目を飲み干した凛が口を開いた。

「やっぱり、難しいんでしょ」

「技術の方はそうでもないよ」

「強がりよ」


 美香が思い出した。

「そう言えば、樹、あなたさっきのミーティングで開発チームの話をしたときに、『彼女ら』って言ったよね。普通『彼ら』って言う事が多いと思うんだけど、もしかしてあなたの開発チームは女性ばかりなの?」


「いやいや、それならうれしいけど。彼女っていうのは開発リーダーの事なんだ。一人突出して凄腕の女性エンジニアがいて、リーダーもやってもらっているんだ」


「へー、初耳」


「今度凛が来た時には紹介するよ。たぶん将来ノーベル賞も取れるんじゃないかな。それほどの逸材だよ」


 美香が突っ込む。

「入れ込んでいるわね。もしかして今の彼女?」


「そんな訳無いだろう。色々レベルが違いすぎ」

「どうだか」

 凛が急に表情を変えて立ち上がった。


「とにかく、危険な開発は私が許さない。JPCに乗り込むからね。そのリーダーと二人で首を洗って待っていなさいよ」


 碧が言った。

「凛、飲むペースが速いよ」


 美香が落ち着いた口調でなだめはじめる。

「凛、乗り込むときはどんどん攻めていいわよ。開発リーダーさんに沢山しゃべらせるのよ」


「もちろん。あらゆる事を白状させるわ」

 樹の顔が笑いながらも少し引きつった。


「凛、でも今はまだその時ではないの。今日はあなたのために昔のキャッチャーとショートが集まってくれているんだから、楽しい話もしましょう。チームワークが大切よ」


「うーん。そうかあ。そうだなあ」


「さすが元監督。興奮したエースを落ち着かせたよ」

 碧が感心した。


「思い出すなあ。あの大会。奇跡だったよね」

 美香が夜空を見上げて言った。

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