第二章 メスゼミ観察日記
第8話
縁側のそばの古い桜の木で蝉が鳴いている。
普段はできるだけ自分の意識を閉じてるけど、今年の蝉はなんだかうるさすぎて、気がつくと意識が外に向けられていることに気づく。
蝉の寿命は七日って昔から聞くけど、特定の条件が揃うと一ヶ月以上生きるものもいるらしい。
ほとんど鳴かずにじっとしていれば、もっと長く生きられるんじゃないだろうか?
遺伝子の運命に縛られて、命を削るがごとく朝から晩まで大合唱するなんて、ほんとバカじゃないかと思う。
「まずは相打ちの偽装しとこ」
兄の
ナイフを突き刺したまま、笑研くんの拘束を解きその場に寝かせる。古びた絨毯が赤黒く染まって行く。
同じようにナイフが首に刺さったまま死んでいるヤマダを、笑研くんと抱き合うようにして重ねた。
そしてそれぞれに突き刺さっている首筋のナイフを、それぞれの相手の手に握らせた。殺人の偽装なんてしたことないから、見よう見まねで乗り切るしかない。
「
柔道部出身のギョウザくん、自殺教唆ゲームにハマった白クジラちゃん、愛読書は太宰治のペシミストちゃんかで迷ったが、今回は量が多そうな体育会系男子と、米どころ出身でおいしそうな女子のものを一個づつ頂くことにした。五人中二つが限度だろう。あんまり多いと警察に怪しまれる。
「これと、これがいい」
全身血まみれのギョウザくんと白クジラちゃんを指差した。兄がまずギョウザくんに近づき、首筋あたりに電ノコを当てた。鈍い金属音がしたかと思うと、あっという間に胴体から頭部が切り落とされた。
「思ってた以上に攻撃力あるな」
少し驚いたように言いながら、電ノコのスピードを遅めた。続いて白クジラちゃんの首も切り落とす。取り出しやすいように頭の上部もぐるっと一周、缶詰を開けるように切ってくれた。兄の色白の顔や体に血が飛び散って、スペインのトマト祭りにでもいるみたいだった。
「オレが外のクーラーボックス持ってくるから取ってて」
初めての狩。急がなきゃならないのはわかってたけど、すぐに取り出すのが惜しかった。
「はあい」と答えながら、足元に転がっているギョウザくんと白クジラちゃんの頭部を交換してみた。
新潟出身の美しい女の子が、柔道で鍛えた逞しい体になった。
耳がギョウザになるほど柔道一筋だった男の子は、華奢なモデル体型になった。
白クジラちゃんは「私が死なないと、ゲームで繋がってるみんなが死んじゃうの!」という理由で集団自殺に参加したとのこと。
ギョウザくんの方は男子柔道部の後輩を愛してしまったが拒否られて、傷心の勢いでここに来たらしい。
他人のために自殺しようと思うなんてご愁傷様。
でもそれぞれの首がついていた時よりもなんだか親近感がわいて、ちょっぴり二人が愛おしくなった。
瞬間、背中に鋭い痛みを感じた。
そして振り向いた途端お腹にも。
ヤマダは死んでいなかった。死を覚悟した時、戻ってきた兄がヤマダを再び刺し、ヤマダはその場に崩れ落ちた。今度こそ死んだらしい。
その時、蝉の声に混ざってドアをドンドンドンと叩く音がし、音の主が「警察です。ご近所から通報があって」と言った。
「お兄ちゃん、私は大丈夫だから逃げて!」低い声で囁いた。
「でも爽夏……」
渋る兄を押したが力が入らない。
ダメだ眠い……死ぬ時ってこんなに眠いの……? 蝉の鳴き声がだんだん遠くなっていき、消えた。
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