第6話

 今日は父の一周忌。僕はまだ病院で安静にする必要があり、出席できなかった。窓の外を眺めながら、なぜか八年前の夏の日を思い出していた。


 ちょうど今日みたいに暑くてよく晴れた日。兄が十四歳、僕は六歳で、家族で白州の森にキャンプに行った。


 大きなブナの木が涼しい木陰を作ってくれている下に、家族みんなが今日寝るためのテントを家族みんなで張った。


 青く澄んだ小川の近くで父が肉を焼き、母が野菜を切り、僕と兄は水鉄砲を撃ち合ってはしゃいだ。


 水は冷たくて気持ちよくて、太陽を反射してキラキラ光って、今考えるとなんであんなに幸せだったかわからないくらい、本当に幸せだった。


 川の浅瀬に小さなオタマジャクシがたくさんいた。一匹も捕まえられなくて泣きそうな僕に、兄が一匹くれて家に持って帰った。


 名前は二人でカナちゃんと名付けた。僕と兄に小さな妹ができたみたいで、毎日カナちゃんに会えるのが嬉しかった。


 後足ウシロアシが生えてくるとカナちゃんはすごいスピードで泳ぐようになって、兄と一緒に笑った。


 前足マエアシも生えてくると水面から出ていることが多くなって、兄と顔を見合わせた。兄が「えら呼吸から肺呼吸に変わったんだよ」と教えてくれた。


 兄はオタマジャクシだけでなくいろんなことを教えてくれた。算数も理科も、兄が教えてくれなかったらこんなに好きではなかったかもしれない。


 小学校一年生の頃ほとんど三だった通知表は、六年生になるとほとんど五になった。そして第一志望のS学園中学に合格した。


 僕の合格発表があった次の日の夕食。行きつけの懐石料理屋で父方と母方の祖父母一同が集まってお祝いしてくれることになった。


 会が始まって1時間もすぎた頃、父方のおじいちゃんが言った。いつもは厳しい表情を崩さずあまり喋らない人だが、今日は日本酒を一人で四合も飲んで上機嫌だ。


「光希がS学園に合格して本当に安心したよ。S学園の付属高校の子は東大や慶応医学部に何人も合格してるんだろ? 光史がダメなら光希に病院を継がせればいいじゃないか」


 優しすぎる兄の医大受験まで、あと一ヶ月の頃だった。


 僕は兄が大好きだった。一体どこからボタンをかけ間違えたのだろう。かけ間違えなかったら、今も家族四人、笑いながら一緒に暮らせたのだろうか。


 どこから漏れたか僕が集団自殺の集会開催者であること、二回目の集会に参加したヤマダを含め三人が、猟奇殺人事件関係者だったことがバレた。死にたい人を集めて結果的にいつも生きたまま返していたのだから、世間にバレるのは時間の問題だった。

 

 報道機関に騒がれ、警察に事情聴取をされ相当怒られた。九月に予定していた四回目の集会も禁止。


 でも事件に関することを聞かれても、ヤマダや華ちゃんや誠君に関することを少し知っているくらいだった。そして意識不明のまま華ちゃんが亡くなった。


「僕のせいだ……」


「君のせいじゃない。ヤマダはいつか、やっていた」

蓮君が言った。


「でも誠君や華ちゃんが亡くなってしまいました……ひどい方法で……」


「私、光希くんのあの集会があったから、やっぱり最後は生きたいと思えたんだよ」

と愛里さんがポツリと言った。


 その時、僕が開催した一回目から三回目の集会の参加者が、続々と入って来た。そして口々に僕を励ましたりありがとうと言ってくれた。


「そりゃ世間の常識からしてみたら、眉をひそめられるかもしれない。でもみんなに感謝されることを、光希君はやっぱりしてきたんだよ」

蓮君が優しく僕の肩に手を置いてくれた。


 突然爽夏ちゃんが真剣な表情で言った。かなり顔色が悪い。


「光希君、精神科医を目指してみたら?」


「それはいいかも! 冷静だし、マメだし、なんだかんだで優しいし」

三回目の集会の萌美モエミさんだった。


「お父さんがなぜ自殺したのかわからないって言ってたよね。でもそれがわかった時、光希君はスゴイ精神科医になってると思う。私もいつの日か見てもらいたいくらい」

 爽夏ちゃんがなぜか今にも泣きそうな笑顔で続けた。


「私も!」「僕も!」

みんなが言い始めた。


 確かに父の自殺を経験し、たくさんの死にたい人々を見てきたおかげで、死にたいということが少しわかるようになったかもしれない。


 父の死後3ヶ月に一度、狂ったようにとりつかれたように行っていたあの集会は、無駄ではなかったのかもしれない。


 爽夏ちゃんと目があったが、僕の顔を少し潤んだ瞳でじっと見つめた後、静かに病室を出て行った。

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