第5話

 今日は金曜日。ニラレバの日だけど入院中だからもちろん爽夏ちゃんは来ない。最近あまり症状が良くないみたいで心配だ。


 あの自殺未遂の一件後、つけ麺帝王の定食を持ってお見舞いに行くことが日課になりつつあった。


「爽夏ちゃんとお呼び」


 と言われたのは火曜日のホイコーローを持って行った日。お見舞いと言っても定食食べて、数時間黙々と一緒に宿題をやって帰るだけなのだが。


 S学園は夏休みの宿題が数学や国語の問題集、一行日記、自由研究などかなり多くて大変だ。


 でも病室は静かで、自宅よりも集中できた。彼女は英語と国語、僕は数学と理科が得意だったので、お互いに質問しては教えあった。


 たまに爽夏ちゃんのお兄さんの優秋さんがアイスをおごってくれたり(冷凍みかん味って何? みかん味と違うの?)、小さな音で古いゾンビ映画を観たり、爽夏ちゃんの友達がいる時は一緒にトランプをしたりした。中学生になってから勉強と集会しかして来なかった自分にとって、心安らぐ時間だった。


 ニラレバを包んでもらい、つけ麺帝王を出たその時。長い髪がすだれのように顔にかかった男が、突然飛びかかってきた。


 手にはキラリと光る包丁。


 僕は腹を刺され、あまりの痛みに意識が飛びそうになった。


 さらに振りかざされる包丁。


 死を覚悟した。

 

 でもこいつは誰だ……?


 すだれから見える目と目があった。瞬間、つけ麺帝王の店主とつけ麺帝王でよく会うサラリーマンが飛び出して来て、すだれ男を取り押さえてくれた。お腹から血が溢れ出す。


「お前のせいだお前のせいだお前のせいだ……」


 男性二人に羽交い締めにされながらも、すだれ男はブツブツとつぶやいている。どこからか救急車の音が聞こえて来た。


 白い天井。白い壁。消毒の匂い。


 身体をもぞもぞと動かすと、イスから誰かが立ち上がる音がした。


「光希君、止められなくてごめんね……」


 父の自殺後、僕を引き取り育ててくれている叔母だった。


「光希くんのためには言わない方がいいと思っていたのだけど、こうなった以上、お話するね」


 犯人はあの後すぐに警察に捕まったらしい。


 去年別れたきりの兄だった。


 去年の二月、僕は中学受験で第一志望のS学園中学に合格した。


 兄は三月の医大入試で全て不合格となり、三浪が決定した。


 そのせいかどんどん精神状態が悪くなっていき、四月には七歳の男の子の性的暴行事件まで起こしてしまった。まだ強制性交等罪が施行される前だったので、示談が成立し実刑は免れた。


 兄は、自分がこうなったのは光希のせいだ、光希さえいなければと強く逆恨みするようになった。


 光希を殺すとまで言っていた。


 以前から兄のことで子育てに責任を感じており、パニックに陥った母は、兄と共に心中しようとした。


 母と兄がそれぞれ遠方の親戚のところに行ったというのは、僕に心配かけないようにするためだった。


 本当は母と兄は都内の別々の精神病院にいる。精神状態がまだ不安定なため母は閉鎖病棟にいるが、兄はだいぶ落ち着いてきていて、ここ一ヶ月位は数時間だが外出許可が出ていた。


「もうすぐお父さんの命日だっていうのにね……」


「そういえば父が自殺した理由はご存知ですか?」


「それはわからないの。遺書もなかったし……」

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