第12話 ハンバーグの味がしない

 あんな告白をするつもりも、そんな答えが返ってくることも想定していなかった。ノリと勢いで押してしまったあたしの方が動揺している。歩くんはテレながらもあたしを家の中に誘い、台所まで連れていく。あたしはフワフワした感覚の中、歩くんのエスコートを受ける。材料をテーブルに置き、手を洗い、外着のままエプロンをかけ、腕まくりをしてから調理にあたる。やっていることは理解していても、頭がどうもついてきてくれない。自分の願望が満たされたのに、何故か頭が現実として受け入れてくれない。歩くんを見ると、材料を揃える手伝いをしてくれている。その表情には特別な色合いはない。――夕飯の支度を手伝う少年――。そんな動画をあたしは見ているような気持になりながらも、ハンバーグを作っていくのであった。


「おいしそう! いただきます!」

「……いただきます」


 夢の時間は継続している。チーズをのせて仕上げたハート型のハンバーグが歩くんのお皿にのっていて、黄色いキャンバスの上にはケチャップで「ダイスキ」って書いてしまっている。もちろん、あたしの皿にもハンバーグがあり、そこに書かれているのは歩くんの文字で「さいか」と書かれていた。「おねえちゃん」ではないところに、尋常ならざる気持ちにさせられている。


 歩くんは「おいしい」と言いながら、ハンバーグを食べていく。あたしはそんな無邪気な未来の旦那様カレシを呆然と見てしまう。――あと数年。あたしはそれまでに就職してお金を貯めて――などと、将来設計をしながら、唇の横にケチャップをつけて食べている歩くんを見て夢見心地になってしまう。半周り年下の彼氏が出来たことにまだ現実味が沸かないが、間違いではないのだ。

 あたしは試しに「好き?」って聞いてみる。歩くんは迷うことなく、ケチャップを手にして、あたしのお皿に「スキ」と書いてくれるのであった。


 電撃的なイベントによって味の感じない夕飯を済ませると、歩くんに風呂を薦めた。彼は何の戸惑いもなく、着替えを用意する。下着はもちろん白いブリーフ。あれだけ一緒に入りたい気持があったのに、嘘のように恥ずかしくなってしまい、あたしは彼の背中を見送るだけで精一杯だった。――その背中を洗ってあげたい――。そんな邪なことを考えるのが恐ろしくなってしまい、恋のリアリティーに溺れてしまうのであった。


 それでも、歩くんの残り湯に欲情したり、布団をぴったりとくっつけて敷いたりするだけの根性ガッツは残っていた。あたしが風呂から上がると、歩くん牛乳をマグカップに入れて差し出してきた。


「はい。風呂上りの牛乳」

「ありがとう。でも、あたしはもう、歩くんみたいに成長はしないわよ?」

「そんなことはないよ。の背だってまだまだ伸びるよ」

「……身長よりも、胸が成長するといいわね」


 小声で呟いてから、牛乳を飲む。

 こんなに牛乳っておいしかったんだ。あたしはそんなことを思いながら、この後の展開に胸をときめかすのであった。


(続)




 









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