第11話 告白は夕方に

 姦しい女子トークの中、ストローでの愛の受粉行為を完了したあたしは、そろそろ解散させることにした。勝手に座り込んでいる中川さんを隣の席に誘うと、あたしと歩くんの触れあいを見せつける。中川さんは他の二人に気づかれないよう小さな悲鳴を上げながら、あたしの膝の上にある歩くんの手を見る。


「そろそろ、夕飯だから帰りましょうか?」


 あくまでも歩くんに向けて問いかけるが、中川さんには「お前らはさっさと帰れ」と聞こえているだろう。――悔しかったら、学校でハグのひとつでもしてみるんだね――。あたしはそんなことを思いながら、不敵な笑みを中川さんに見せつける。中川さんのショックは少なくないようで、その瞳には動揺を超えた潤みは漂っている。あたしは大人気ない勝利を確信しながらも、泣かれてしまっては面倒だと思い、歩くんの手を握りしめると、彼には気づかれないよう、そっと、本当にそっと移動させて、スカートを握り締めている中川さんの手の甲に触れさせた。


「!?」

「ふふ。ちょっとだけ、おすそわけ」


 歩くんは気づかぬまま、中川さんの友人たちと話をしている。中川さんは「おすそわけ」にあたしの無慈悲な施しに悔しそうにしながらも、自分からおててを翻して、歩くんの尊い手の感触を堪能してしまうのであった。


 彼女たちと別れると、歩くんは「おねえちゃん、みんなの前であまりベタベタしないでよ」と言いながらも、恋人繋ぎをしてきた。あたしは「あらあら」なんて大人の余裕を演じながらも、内心ははしゃぎたいの我慢しながら握り返した。まわりには年の離れた姉弟にしか見えないかもしれないが、ほんの数年の我慢だ。歩くんが結婚適齢期18才になれば、あたしたちはすぐさま至高の申請用紙にサインをして、教会戸籍課に行くことができるのだから。


 夕飯を外で食べていくか歩くんに聞いてみると、「おねえちゃんの作った夕飯がいい」と言ってきた。あたしは鼻血を噴出しながら、「夕飯はあたしでもいい?」なんて聞き返そうかと思ったが、そこは僅かに残っているモラルを総動員して堪え、「じゃあ、ハンバーグにしましょう」と言って、地下の食品街で材料を一緒に買うことにした。食品街で歩くんは「ハンバーグ楽しみ!」と言いながら、ハンバーグにのせるチーズを選びながら、あの可愛らしいお尻をあたしに見せつけてショッピングを楽しむのであった。


 同棲の練習にもなる二人での買い物を済ませると、バスに乗り帰宅をした。冬の夕方は短くて儚い。あたしは家の前で、霞んで消えていく太陽を見ながら、歩くんに問うた。


「今日は楽しかった?」

「うん! 楽しかった」

「ハンバーグ楽しみ?」

「うん。もちろん!」

「そう。じゃあ、さ」

「うん?」

「あたしのこと、好き?」


 十八年間、日本語を使ってきたくせに、「じゃあ」の使い方を間違えているが、そんなことはどうでもよかった。あたしは買い物袋を握り締めながら、歩くんを見た。彼の顔の半分が夕日に照らされてオレンジ色になっている。


「……うん」


 冬の夕空に吸い込まれてしまいそうな小さな声。だけど、確かなのは、彼の頭が小さく、本当に小さくだけど、頷いたということ。


「……今日のハンバーグは、ハート型にしようかな」


 望んでいた結論なのに、いざ本人の口から聞いてしまうと、あたしの心の余裕はゼロになってしまった。なので、あたしはハンバーグの話をするのが精一杯になってしまっている。


 あたしのそんな情けない姿を見て、何かを感じたのか、歩くんは「おねえちゃん、しゃがんでみて?」と言うと、中腰になったあたしの頬に静かに聖痕を――。


(続)

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