第9話 暗闇の中で何かをまさぐるイベント(通称、映画鑑賞)Ⅱ

「この子、小学生だし、半ズボンじゃないのよ」

「……これは映画だからだよ」


 あたしはこれから観る映画のパンフレットに載っている、主人公の男の子を指差しながら言うと、歩くんは苦笑した。


「だって、可愛いじゃないの」

「男なのに、可愛いなんて言われたくない」


 歩くんはそう言うと、売店の前で一番大きなポップコーンをおねだりしてきた。メガネに半ズボン姿である少年探偵がプリントされた大きなカップのポップコーン。あたしは「二人で食べるなら」と言いながら飲み物と合わせて購入する。上映中に彼の口に運ぶことを夢想して思わず興奮してしまい、小銭を二、三枚、床に落としてしまった。


 シアターに入り、席に座る。隣には愛しの歩くん。薄暗い照明が青白い顔をさらに美しくする。白磁のような肌。昨日、彼の頬に赤紫の痕をつけないよう自制するのに苦労をした。あのようなもちもちとした頬に触れて、惚れない女などいない。残念ながら本日をもって、中川さんは歩くん争奪の戦列から離脱することになってしまったが、これからも汚い蛾のような女どもが歩くんの頬を目がけて近寄ってくるのだろう。――ああ、忌まわしい。もし近寄ってくるのであれば、あたしが一匹一匹、確実に潰してやる――。


 あたしはそんな誓いを立てながら、上映開始を待った。歩くんはポップコーンに夢中で、すでに手を油で汚していた。


「もう、そんなに慌てなくても、なくならないわよ」


 あたしは彼の手を拭くのではなく、自分の手で食べさせようとする。歩くんは少しだけ戸惑ったが、自分の指の油汚れに限界を感じたのか、黙って口を開ける。――そんな無防備に口腔を女に明け渡してはダメよ。あたしは思ってもいない嗜めの言葉を頭に浮かべながら、出来るだけ歩くんの唇と舌に擦れるように指を入れていく。食欲に勝てなかった歩くんはそれを食べていく。あたしはポップコーンを発明した人に感謝をしながら、無数にある粒をつまみ、歩くんの口をめがけて運んでいく。ちょっとだけズルをして、ポップコーンの無い回を設け、歩くんの反応を見る。最初は「もう!」なんて怒っていたが、段々とプレーを受け入れてくれて、あたしの指の腹は幸福の絶頂に至った。


 映画の内容など入ってはこない。さる事情で小学校低学年になった少年が探偵として活躍する物語らしい。有名なのでタイトルくらいは知っていた。青い半ズボンがとても眩しい。あの青い半ズボンを歩くんが街中で着てくれたら、どんなに幸福なことか。あたしだけではない。街中の女たちが、あたしを嫉妬と羨望の眼差しで見るだろう。もしかしたら、拝んてくるかもしれない。それだけ歩くんの半ズボン姿は尊いのである。


 映画はクライマックスを迎えようとしている。髭の中年男性探偵が気絶をしている中、物陰で少年がなにやら事件の解説をしている。あたしは食べきったポップコーンにこれ以上ない感謝をしてから、ウエットティッシュで歩くんの指と口を拭いてあげる。少年のトリック看破のセリフに夢中な彼は、抵抗せずにされるがままだ。

 

 あたしは、彼がこちらを見ていないことを三回程確認してから、歩くんの口を拭いた方のウエットティッシュを唇にあてて、吸い込むように頬張った。ウエットティッシュの水分が音を立てるが、暗闇と爆音轟く映画館のおかけで、このような蛮行はさらりと許されてしまうのであった。


(続)

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