第5話 初接触と入浴について

 あたしのいささか前のめりな対応に最初は困惑していた歩くんも徐々に慣れはじめ、夕食の支度に入れば自分から「おねえちゃん」と声をかけてくれるようになった。


 あたしがカレーを作ろうと提案すると歩くんは「この前、調理実習でやったばかりなんだ!」と得意気な顔をして、冷蔵庫の下段にある野菜室のドアをしゃがみこんで引っ張った。半ズボンがお尻のシルエットを綺麗に描いてくれていて、あたしは、歩くんの隣にしゃがみ込む際に、どさくさに紛れて触れてしまう。歩くんは気づくこともなく、奥にしまわれているジャガイモを取り出す。他人の臀部に触れるのは初めてなあたしはドキドキしながら、「歩くんのお家はカレーにジャガイモを入れるの?」と尋ねると、歩くんは、あたしの罪の意識など想像すらしていない笑顔で頷いてくれた。


 歩くんは、包丁を持たせることを躊躇したあたしからピーラーを受け取ると、器用に野菜の皮を剥いていく。あたしが肩に手をかけて褒めると、「同じ班の中川さんにも褒められたんだ」と言った。あたしはその「中川さん」という単語を口にした歩くんの表情を、さりげなく、それでいながら真剣に見る。その顔には恋愛感情など微塵も感じさせないあどけなさが浮かんいて、中川さんの軽薄な接近に効果がなかったことに、ひとまず安心をした。


 具材を切り、炒め、煮込む段階に入ったので、あたしは歩くんにお風呂に入るよう促す。着替えは歩くんママが用意したパジャマと、あたしが選び抜いた純白のブリーフ。歩くんは普段、ボクサーパンツを履いているみたいだが、このお泊まり会でのフォーマルパンツはあたしが決める。


 歩くんは脱衣場に向かおうとするので、ついていく。理由は言語に出来ぬくらいの不純だらけ。歩くんが拒むまでついていくつもりだ。


 脱衣場に着くと、あたしは着替えを渡してその場に立っている。歩くんの頭の上には?のマークが三つくらい浮かんでいる。——気にしなくていいんだよ。あたしは自分が家の壁になっているから無害であることを目で主張をするが、上半身まで脱いだ時点で追い出されてしまった。あたしは自分が壁に溶け込めない理不尽さを嘆きながら、そそくさと脱衣場を出るしかなかった。


 歩くんが風呂からあがると、あたしも入ることにした。普段は面倒くさい風呂も、今日はカーニバルだ。浴槽のお湯は聖なる液体としてたっぷりある。いつもならシャワーを使って髪や身体を洗うのに、あたしは身体を清めるために風呂桶を浴槽に入れ、ありがたく身に振りかける。歩くんの入ったお湯は世界のいかなる水よりも貴重で尊いものだ。浴びる度に、「ありがとうございます!」と叫んでしまう。


 何年か先、二人で風呂に入る日が来たとき、あたしは正常な自分でいられる自信がない。きっと、こうして奇声を上げながら、歩くんをどうにかしてしまうのだろう。そんな日は来ることが待ち遠しい。


 こうしてあたしは妄想と浴槽の中で、至福の一時を過ごしたのであった。——とにかく一日も早く、歩くんと一緒に入りたいな。


(続)

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