第4話 王子様の優しい手

 歩くんの衣装に合わせるよう、あたしは薄着のシャツと短めのスカートに手を出した。の彼氏が喜ぶガーリーワンピースも考えたのだが、短期決戦であることを鑑み、直球勝負に出ることにした。寄せないと盛れないつつましい胸を再度ブラの中で押し上げ、首元が大きめなシャツを選ぶと、二階の自室から転げ落ちるように階段を下りて和室に戻った。


「どうかな? この格好」

「えっと、よく似合っていると思う」

「えー本当? クラスの女の子にもそんな風に褒めているの?」

「そ、そんなことしないし!」


 目を逸らし、カバンから宿題らしいドリルを取り出す。あたしは心の中で「ドリル!」とツッコミを入れるが、平静を保ち、問いかける。


「宿題やるんだ。偉いね」

「別に」


 ぶっきらぼうな歩くん。白いソックスの上の部分に指を突っ込みながら所在無げな態度をしている。あたしは少しペースダウンの必要性を感じたので、畳んであるテーブルをセッティングして、宿題を片付けさせることにした。できれば、歩くんのソックスを上から丸めてリング状にする遊びをしたかったのだが、これは諦めないといけないかもしれない。


 ひとつ捨てることはひとつを得るための手段である。昔の偉い人もそんなことを言っていた気がする。あたしは先ほどのプレーを断念することにして、歩くんの右側に座り、算数の宿題を見ることを選択した。別に申し出たわけではない。自然に、さも当たり前であるかのよう横に座る。歩くんは何も言わず、「じゃあ、やっちゃおうかな」と、本来は照れ隠しのために使ったドリルを広げ、始めることにした。


 面白くもない計算ドリルに飽きたあたしは、歩くんの頭の上を見ている。端正で申し分のない美しいつむじ見て、つい触りたくなる。「つむじ、触ってもいい?」と問いかけると、歩くんは左手をつむじにあてて防御してきた。――それがあたしのだとも知らずに。


「えー見せてよぉ」


 あたしはふざけた声をカモフラージュにして歩くんの左手を触る。この機会は歩くんから提供してきたのだ。あたしにはそれを享受する義務がある。頭から剥がしたいような素振りで手を握ったり、掴んだりする。最初は抵抗していた歩くんは、あたしの振る舞いに馬鹿馬鹿しさ覚えたのか、あたしがしたいようにさせるようになった。


 あたしは歩くんの左側に座りなおし、歩くんの左腕を掴んで真っ直ぐ伸ばすと、半袖シャツから脇が見えた。処理も手入れも必要のない、完璧で貴重なつるつるの肌。あたしは半袖シャツの袖口を指でそっと広げて中を覗き込む。宇宙の深遠と同等に知ることが許されない部位へのアクセスにひどく興奮を覚えたが、歩くんの「もういい?」という冷静な一言に、未知への冒険の中止を余儀なくされる。幼い右側の山を見られただけで、満足すべきであろう。


 少しだけ勇み足だけれど、確実な成果を得たあたしは幸福に浸った。その余熱をもって歩くんのドリルの採点を済ませると、なんと満点ではないか。


「すごいね。歩くん。満点だよ」


 あたしはそう言って彼の頭に手をのせる。うまく胸元を見せつけるような格好ができなかったが、歩くんもやはり男の子らしく、あたしのささやかな盛り上がりを、つい、チラっと、見てしまうのであった。


(続)

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