第48話 これにて閉廷

「これにて閉廷とする。長時間、お疲れ様でした。皆さん、気をつけて帰るように」


「嘘だ! そんなのあり得ない!」


 水野の言葉に甘利は叫びながら立ち上がると、裁判長席へと駆けて行った。


「水野先輩! 待って、聞いてください!」

「甘利もお疲れ様。後片付けはやっておくから、今日はもう帰っていいぞ」


「な、なに言ってるんですか! アイツらを無罪にするなんて、間違ってますよ!」

「無罪じゃなくて有罪。籾木達はちゃんと罰を受けるだろ」


「あんなの罰の内に入りません。カラコンがバレたレベルじゃないですか! こんなの絶対間違ってる。アイツらが、活動を続けられるなんて!」

「陪審員が決めたことに従う、校則にもそうある。まさか規律秩序委員会の校則違反を咎める人間が、校則を遵守しない筈ないよな?」


「そ、それは…」


 唖然とする甘利の背後にある証言台では、4人の少女が抱き合っていた。


 抱き合っているといっても、殆ど紫陽里が他の3人を抱き締めている形になっていたが。


「これからも、頑張ろう。学校の隅から隅、石の裏まで探しまくって、1人残らずみんなを幸せにしてやるんだ」と紫陽里。

「やったっす! これでまたみんなで映画合宿が出来るっす!」と瑞稀。


 紫陽里と瑞稀に挟まれる形で、奈緒と和歌は目を合わせる。


「私達、勝ったわ」そう言って、和歌は目を細めた。

「あんま人に言うなよ、ボケ」そう言って、奈緒も微笑みを返す。


 歓喜は遅れてやって来た。


 大多数の傍聴人は立ち上がり、声を張り上げ、拍手をした。殆どの少女達が、陪審員の出した結論に賛同をしたのだ。


 若干の『推し活』で負けた生徒と、未だに生徒会と同意見の生徒達は不服の声を上げたが、圧倒的な歓喜の声は、それらを完全に打ち消した。


「ああ、友よ…」


 机の上の資料を片付けながら、小堀は呟いた。


「友よ、私達は花である。美しい花である。色、形、匂いは違えど、美しい花である。私達を醜いと言う人を、私達は信じはしない。なんと言われようと、美しい花である。悪い言葉を糧にして、私達は良くなろう。春、夏、秋、冬。いつ何時でも、美しい花であろう。立派な根を、茎を、葉をつけて、どんな災厄にも打ち勝つ花になろう。全ては私達のもの。宇宙の全ては、私達のもの…」


「誰の詩だ?」佐々が尋ねる。


「私の即興だよ」

「キヒヒ。ヘボ詩人め」


「なら、君もやってみろ」

「えー、あー…。女子高生、まだ未確定な未来。進む、過去現在。ここ大講堂、上がる高度。いらない前口上、みんな調子どう? 気分は上々上々、ライトが煌々と、照らす壇上。にいる4人の少女、マジで賞状もん。盛者は必衰、見たか生徒会。ジャキンジャキン。斬り捨てごめん」


「ヌフフ。ヘボラッパーめ」


 資料の束を小脇に、小堀は和歌達へと歩み寄る。小堀は右手を差し出し、4人の少女それぞれと握手をした。


「お疲れ様、規律秩序委員会。散々大口を叩いておいて申し訳ないけど、我々の力ではこんなものだ。反省文は頑張って書いてくれ」


「とんでもない」和歌が答える。


「私達4人が一緒にいられるだけで大勝利です。小堀先輩、佐々先輩。本当にありがございます。とても困難な仕事を成し遂げて下さり、なんとお礼をしたらいいか分かりません」


「んなこと気にすんな」佐々が言う。


「あたしらは何にもしてない。生徒会の【自主規制】連中がヘマったんだ。あとは証言台に立った奴らと、判決を出した陪審員のおかげ。そいつらだって、全部あんたらが蒔いた種でしょ? 良かったじゃん、自分たちのやったことが認められた訳で」

「そうかもしれません。そうだと嬉しいです」


「お前ら、やったなぁ!」


 人目も憚らずにそう言いながら、階段も使わずに二階堂が壇上へと這がってくる。少女はニコニコしながら、被告人と弁護人の肩を順に小突いた。


「本当によくやった! 大勝利だ! 生徒会の奴らの顔を見たか? ガハハ! 興奮し過ぎて、今夜は眠れないな!」


「にほ、喋り方」と紫陽里。


「うるせぇ、人が喜んでる所に釘を刺すんじゃねー! 今日はうちの店を貸し切りにしてやるから、そこでパーティーだ。ゲテモノじゃなくて、本物の料理を食わせてやる! 小堀と佐々、お前らも来ていいぞ!」


「ヌフフ。それは楽しみだな」小堀はそう言って、規律秩序委員会に道を開けた。


「さあ。胸を張って、勝者として、壇上を降りてやろう」


 和歌達は一列になって壇上を降りると、階段状になった席の間を通り抜けていく。


「松永せんぱーい! 私、信じてましたー!」とか「瑞稀ちゃーん、可愛いー!」とか声が飛び交う中を、少女達は気持ち晴れやかに歩いていく。


「「「赤間ァー!!!」」」


 例の声援も、歓声をぬって聞こえてくる。


「赤間ァー! カッコよかったぞー!!!」

「愛してるぞー! 赤間ァー!!!」

「今度さー、打ち上げ行こねー!!!」


「やめろ! 恥ずいねん!」奈緒がそう怒鳴っても、例の歓声は鳴り止まない。


 そして挙げ句の果てには、「「「ア・カ・マ! ア・カ・マ! ア・カ・マ!」」」とコールをし始める。


 流行りに敏感な女子高生達はすぐにそれに乗っかり、大講堂は「ア・カ・マ!」の合唱で満たされた。


「なんでウチやねん! 何もしてへんやんか!」


   ◇


「今すぐ、アイツらを止めて下さい!」 


 去って行く和歌達の背中を指差しながら、甘利は水野に言った。


「アイツら、絶対何かやったんです。じゃないと、私達が負けた説明がつきません。ここで止めないと、学校が崩壊する!」

「甘利、早く帰れ。風邪を引くぞ」


「先輩!!!」


 だが水野は返事をせず、係の生徒達と後片付けを始める。


 甘利は唸り声を上げて地団駄を踏んだ後、壇上をウロウロと歩き、帰る準備をしている雁登の元へと向かった。


「桃香!」相手の袖を掴み、甘利は叫んだ。


「アイツらを止めないと!」


「もう行っちゃったよ。月曜にしな」そっけなく、雁登は答える。


「冗談言ってるんじゃない! アイツら、また不正をやったのかもしれない!」

審員を収したってか。クソつまらん」


「真面目に聞け、バカ! みんな間違ってる、頭おかしいんだよ! アイツらはこれからも、学校を好き勝手にするぞ。なのになんでそんな奴を野放しにするんだ。おかしい。こんなこと、絶対におかしい!」

「ねぇ、雛…」


「私達がなんとかしないと学校生活が終わっちゃう! 籾木、アイツは正真正銘のイジメっ子なのに! アイツらの天下になる。誰かが止めないと。私達、私達しかいない! 私達がこの学校を救うんだ。じゃないと、なんの為に生徒会に入ったのか分かんない。正義が、正義が勝たないと──」


「雛!」雁登は相手の両肩を掴む。


「もういい、もうウンザリ。もう終わった話じゃん。いつまでうだうだ言ってんの? 学校を救うとか、正義とかどうでもいい。もうしんどい。頼むから、もう終わりにしてほしい」

「で、でも私は生徒会──」


「生徒会の使命なんてどうでもいい! ハッキリ言ってやる。私は、雛に頼まれたから入っただけ。こんな大それた裁判をやって、大勢を巻き込んで、議論させて、それで籾木達を許すって話になったんなら、もうそれでいい。ようやく日常に戻ってこれた。頭おかしいのは雛の方。私は生徒会なんかより、あんたの方がよっぽど大事」


「でも、でも…」


 眼に涙を溜めて、甘利は言う。


「ま、またいじめられるかもしれないだろ! あ、アイツらに、私は悪いこともしちゃったし。し、仕返しされるかも。こ、怖いよ! だから、だからアイツらをやっつけないと。私、臆病だし、非力だし、1人じゃ、何にも出来ないし…」


「私がいんじゃん!」雁登は相手を抱きしめる。


「雛が誰彼構わず喧嘩売って、睨まれて、反撃されて、そんで私が出っ張る。それで良いよ。今まで、そうやって来たんだからさ。いつも通り、私が側にいてやるから。でも、もう籾木達を追い回すのだけは絶対にやめな。アイツらは悪い奴じゃない。全校生徒の前で、あることないこと言ったらいけないでしょ。それこそ、イジメになっちゃう」


「でも、でも、アイツら、私を許さないかも…」

「許してくれるよ。多分、こっちが謝ればね。ちゃんと謝ろ。私も一緒に行くから。大丈夫、大丈夫だから」


 親友の胸元に顔を埋めて、甘利はズビズビと鼻を啜る。雁登は嫌な顔一つせず、相手の好きにさせた。


「落ち着いた?」という雁登の問いに、甘利は「ゔん」と答える。


「よし、焼肉食い行こ。打ち上げ」

「バカか? 負けたのに打ち上げなんて…」


「いーんだよ、打ち上げはいつやっても。奢ってやる。お金ないから、しょぼい肉しか頼めないけど」

「だったらいらない。いつも通り、割り勘でいい。それで、美味い肉を食う」


「オーケー。じゃあそうしよっか」


 ◇


 ようやく甘利は相手の胸元から顔を離した。雁登は鞄からポケットティッシュを取り出すと、止まらぬ相棒の鼻水を拭いてやる。


「見せもんじゃないぞ!!!」精一杯甘利が怒鳴ると、手を止めていた周囲の委員は仕事に戻った。


「祝園も誘ってやろう」と甘利。

「珍しいじゃん。いいの?」


「今回の結果で、私以上にこたえてるのは多分アイツだろうし。それに、アイツって友達いないんだろ?」

「なるほど。友達がいない同士、分かり合えるもんね」


「うるさい! もっと真面目に私を慰めろ!」


 甘利は振り返り、祝園を探した。だが壇上は愚か、舞台袖、目につく限りでは大講堂のどこにも少女の姿はなかった。


「アイツ、もう帰ったのか?」

「でも、筆記具は机の上に置いてあるよ」


 雁登は近くで作業をしている生徒の1人に、祝園を見ていないか尋ねる。


「祝園さん? 見た見た!」その生徒は舞台袖の先にある、非常口を指差した。


「籾木さん達が出て行くのと殆ど一緒のタイミングで、あそこから出て行ったよ。怒ったような顔して、殆ど走ってた。よっぽどトイレに行きたかったんだと思う。気持ち分かるなー」

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