第47話 判決は…
時間は数時間ほど遡る。場所は校内の、そう広くはない部屋。
7人の生徒が長机を挟んで話し合いをしていた。卓の上には、検察と被告両方から提出された各種資料が載っている。
「それで、あの」資料の一部をパラパラとめくりながら、1人が言った。
「なにを決めればいいんですか? 私達」
「被告人が有罪か、無罪か」別の1人が答える。
「無罪ならそれでおしまいだけど、有罪だったら量刑もしないと。後は判決文を考えて、代表が法廷でそれを読む」
「あっ、そうなんですね。今、知りました」
「メールに書いてあったじゃん…」と3人目。「ちゃんと読みなよ」
「ご、ごめんなさい」1人目は身を縮ませる。
「じゃあ、もう無罪でよくないですか?」は4人目。「面倒くさいし、どうせ私らには関係ないし」
「よくないでしょ!」今度は5人目。
「どう考えても無罪じゃない。検察の言うこと聞いてなかった? 校則は破るし、権力を使って好き勝手する。そんな奴を野放しにしたら、学内がめちゃくちゃになるでしょーが!」
「大袈裟」4人目は、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「別に、私は迷惑してないから。面談されようが、トカゲを学食に置かれようが、私はどうでもいいです」
「今手を打っておかないと、次の標的はあなたかもしんないじゃない!」
「何かされたら、反撃すればいい話。ビビって、怖がって、泣きながら証言台に立つなんてバカみたい。そういう奴を引っ張ってくる奴も、そういう場がなきゃ文句も言えない奴もバカ。バカばっか」
「あなた、裁判をバカにしてるの!?」
「バカでしょ。貴重な女子高生の時間を使ってやることじゃないです」
「じゃあなんで来たのよ!」
「陪審員に選ばれたからに決まってんでしょ。私は校則を守る真面目ちゃんです。そんなことも分かんないんですか?」
4人目に掴みかかろうとする5人目を、6人目が「まあまあ」と抑える。
「私達が喧嘩してもしょうがないよ。ね? あと、面倒くさいとか、自分に関係がないとかはNGワードで。私達の役目、結構大事みたいだしさ。頑張ろ。頑張れば早く終わるよ。ね?」
6人目の言葉に皆は頷く。
◇
「じゃあ取り敢えず」6人目がそのまま執り仕切る。
「まずは有罪か無罪かだけ、1人ずつ言っていこうよ。順に聞いてくね? 最初の人はどう思う?」
「わ、私は」1人目の少女が答える。
「正直、よく分かんないんです。校則を破ったのは悪いけど、規律秩序委員会の人はみんな良い人そうだったし」
「信じらんない」と3人目。
「祝園の話、聞いてなかったの? ヤバいよ、籾木。人を助けるとかなんとか言って、実はいじめっこだったってオチ。あと校則を破ったのは悪い『けど』ってなに? 悪いのは悪い。有罪で済む話でしょ?」
「そ、そうですよね。私、なに言ってんだろ…」
「てことは、あなたは有罪?」という6人目の問いに、「当然です」と3人目は答える。
「そっちは?」再度促されて、「じゃ、じゃあ有罪で…」と1人目も答える。
「じゃあ、そこの人」
「まあ有罪かな」2人目が答える。
「ただ検察が言った刑は重すぎると思う。委員会は解体するとして、1人1人の刑は軽くしてもいい気もする。特に、籾木以外は。あの子は、まあよく分かんない。もしいじめをやってたとして、この機会に反省すればいいとは思うけど」
「これで3人。じゃあ、あっちは?」
「無罪」と4人目が答えると、即座に5人目から「真面目にやりなさい!」と言葉のつぶてが飛んだ。
「だから真面目だって」4人目は言い返す。
「いいじゃん、別に。ああいう委員会があっても。よく知らないけど、校内の便利屋なんでしょ? 私も、これからなにか困ったことがあったら頼りたいですし」
「校則を! 破ったのよ!」5人目は声を荒げる。
「そもそも正式な委員会ですらない! 意味が分からないのよ、あんな委員会が存在している意味が。やったことといえば、全校生徒から個人情報を聞き出すことと、学食にゲテモノを置いただけ! それのなにが人助け!?」
「ま、なんでもいいです。どうせこれで決まりでしょ?」4人目はそう言って、司会役の6人目を見た。
「じゃあ、あなたも有罪?」
「勿論!」5人目は答える。「それ以外ないでしょ! 量刑も、検察に大賛成だわ」
「これで過半数。じゃあ、決まりか」
6人目はそう言って、少女達を見回した。少女達はそれに頷く。
4人目と、7人目を除いて。
「ねえ、そこは」
6人目が7人目に話しかける。
「まだ一度も発言してないみたいだけど、どう? 一応、意見を聞いておきたいけど」
7人目は口を少しだけ開けたが、すぐに閉じた。そうして一度周りを見回してから、慎重に、再度口を開いた。
「あの、私…」6人の目線が、その少女に集まる。
「多分だけど、この場に相応しくないと思う。だって私、その…。規律秩序委員会に助けられた1人だから」
「はあ!?」5人目がまた声を荒げる。
「あなた、アイツらのお仲間!? なんでそんな奴がここにいるわけ? 最悪、これも不正ってわけ? もう絵に描いたような悪党じゃない。出てってよ!」
「落ち着いて」と2人目。「助けられただけで、仲間ではないんでしょ?」
「うん」という7人目の答えに、「どうだか!」と5人目は鼻息を荒げる。
「規律秩序委員会に助けられたってことは、連中の校則違反に加担したってことじゃない? つまり、共犯よ。どうせ悪さしたのを、アイツらに揉み消してもらったんでしょ。あなたも、裁判に掛けられるべきだったんじゃないの!?」
「決めつけがすげぇな…」と3人目。「流石にドン引きです」
「勝手に引いてなさい! 私は、一歩も引かないから」
「上手いこと言ったつもりなんですか?」
「う、うるさい! 規律秩序委員会の味方をするなら、あなたも敵だわ! 出て行きなさい! 出ていけ! 出て行って!!!」
「まあまあ」と6人目が場を収めようとする横で、4人目が興味津々という風に7人目に話し掛ける。
「ねえねえ。なにをしでかして、規律秩序委員会に助けてもらったんですか?」
「それは、ええと…」
「言えないなら無理しないで。私、空気読めるんで」
「いや、言うよ。あのね、私、夜の学校に隠れてたんだ。それでその時、籾木さん達に助けてもらって」
「夜の学校に隠れてた…」と4人目が眼を輝かせる横で、5人目が「ほら見ろ!」と高い声をあげる。
「やっぱりあなたも犯罪者じゃないの! 類は友を呼ぶって訳ね。さっさと部屋から出て行きなさい。次はあなたの裁判をやってやるんだから!」
「どうしようもないな」6人目は立ち上がって部屋の外に行くと、廊下で待機していた委員に話し掛ける。
「ロープを1本ください。人を縛れるぐらい頑丈だけど、あんまし痛くないやつ。あと口を縛る用の布。清潔なね」
「えっ、なにに使うんですか…?」という委員の声に、6人目の少女は「審議に必要なの。早くしないと、帰る時間がどんどん伸びちゃうよ」と答える。
◇
数分後。
後ろ手に縛られて猿轡をかまされた5人目を隅に置いて、6人目は7人目の少女に言った。
「続きを聞かせてもらえる? 話せる範囲でいいから」
「うん。私、その時、なんて言ったらいいか。落ち込んでたんだ。理由も特にないんだけどさ。それで、あんなバカやっちゃって…」
「落ち込むのに理由なんてない」と4人目。
「ありがと」7人目は続ける。
「体育倉庫に隠れてたんだ。バレないと思ってね。でもバレた。籾木さん達に見つかって、委員会室に連れて行かれた。怒られると思ってたんだ。これを理由に、色々と脅されるかもって」
「お、脅されたんですか…?」と1人目。
「ううん。あのね」7人目はあの日の夜のことを思い出し、微笑んだ。
「悩みを聞いてくれたんだ。私、バカだから上手く自分の気持ちを話せなかったんだけどさ、あの子達、黙って聞いてくれた。誰も邪魔したり、馬鹿にしたりなんかしなかった。あの子達は、ていうか話したのは殆ど籾木なんだけど、本当に優しかった。何があっても絶対に味方をしてくれるとも言ってくれたんだ。居場所がなければあげるとも。結局、それは必要なかったんだけどね。でも、すんごく嬉しかったな」
「へえ、いい話じゃないですか」4人目が言った。「小堀先輩と佐々先輩が訴えてたことですよね。校則は破った。けどいい奴らだって」
「でも、違反は違反でしょ」と3人目。
「私は見逃せないです。先輩の悩みとかは分からないでもないけど、それを勝手に生徒が見逃すっていうのも違う気がする」
「うん。そうだよね」7人目は素直に頷く。
「私も、今話してて思った。やっぱり、どんな理由があっても私のやったことは報告しとかなきゃいけないと思う。規律秩序委員会がこのまま有罪になるなら、尚更私だけ良い思いなんて出来ない。裁判が終わったら、先生達に全部話す」
「そこまでしなくていいんじゃない?」は2人目。
「せっかくバレてないんなら、誰にも言う必要ないような。私たちだって、さっきの話をバラしたりなんかしないし。アイツは知らないけど」と2人目は5人目を指さす。
「ありがと。でも私、まだ籾木さん達に恩返しが出来てないから。これがそれになるかは分かんないけど、とにかくやってみる。あの子達が散々な目にあってるのに、なにもしないのは嫌だ」
「でもそんなに言うんなら」と4人目。
「なんで証人に立たなかったんですか? まあ、バレたくなかったからなんだろうけど、さっきの話を裁判で話したら、もっと沢山味方を作れたのに。ここで話しても、聞いてるのは私らだけですよ?」
「実は松永に声を掛けてみたんだ。証人をやっても良いって。でも、相談者の個人的な悩みを全校生徒に知らせたくはない。規律秩序委員会との関係性を疑われれば、後々面倒になるかもしれないって、断られたんだ。『私達は見返りを求めてない』とも言ってた。今日籾木さん達の弁護に立った人は、前々から表立って委員と関係があった人だと思う。でも、無理言って証人になればよかった。あの子達の素晴らしさを知ってるのは、何よりもあの子達に救われた人間だもんね」
◇
7人目の話が終わると、今聞いた話を頭の中でまとめるように、少女達は静かになった。
モゴモゴと、5人目の少女が何かを言いたそうに椅子の上でもがいている。
「それで」と6人目が口を開く。
「結論はどう? 無罪か、有罪か」
「無罪」7人目は答える。
「みんなの言いたいことは分かる。私のワガママだってことも。でも、私はあの子達がしてくれたことに報いたい。後で自分が攻撃されてたっていい。それでも言いたい。規律秩序委員会は無罪。松永、赤間さん、泊さん。それに、籾木さんも…。私は信じてる。あの子はきっと、いじめをする奴なんかじゃない」
「2対4」6人目は呟く。
「あ、あの…!」1人目の少女が声を上げる。
「なに、どしたの?」
「す、すみません。遮っちゃって…」
「いいよいいよ。それで、どうかした?」
「わ、私、意見を変えます。無罪、無罪でお願いします!」
ムガムガと、部屋の隅で椅子に縛られている5人目の少女が騒ぎ出す。それに1人目の少女は驚き、固まった。
「気にしないで、喋りなよ」と4人目に促され、恐る恐る1人目は喋り始める。
「規律秩序委員会の人達が悪さしたことは疑いようがないです。でも、でもでも、だからって一方的に裁いたら、何かが違うような気がするんです。規律秩序委員会を解体してしまったら、大切な何かがなくなっちゃう気もして。それにそれに、もしかしたら、私もこれからお世話になるかもしれないし…」
「なにそれ」は3人目。
「なにかが違うって何?。罪は罪でしょ。罪を裁くことのなにが悪いの? 言ってること、おかしくない?」
「は、はい…」1人目は泣きそうになりながらも答える。
「お、おかしいのは自覚してます! でも、自分なりに考えました。これが私の意見です。おかしくてごめんなさい。でも、曲げたくないです! おかしいけど、正しいと思うので!」
「と、言うことは?」
4人目はそう言って、司会役の6人目を振り返る。
「私にかかってるのか」6人目はそう言って、「ふう」と息を吐いた。
少女達の視線が集まる。
部屋の隅では、椅子に縛られた5人目の少女が地面に打ち上げられた魚のように暴れていた。
「うーん」勿体ぶるように、6人目の少女は言う。
「そうだな。じゃあ私は──」
◇
大講堂はシンと静まり返っていた。
数百人の視線と意識が自分に集まっている。そう思っても怖くはなかった。あの夜、真っ暗な体育倉庫に1人でうずくまっていたことに比べれば平気だった。
自分でも驚くほどの冷静さでもって、先程、自分達で考え出した文面を上月は読み上げ始める。
「主文」
数百人の少女達は息を呑んだ。
「被告人らは、有罪」
観客から「ああ…」という脱力した声が漏れた。
検察席では「やった!」と小さく甘利がガッツポーズをした。
証言台では「ダメか…」と奈緒が項垂れた。
被告人席に立つ小堀は(まだだ)と眉間に力を入れた。
「被告人らは非公式の団体を学校内に立ち上げ、数々の迷惑活動を行った。全校生徒に対する個人面談、無許可で特殊な料理を出す行為は、その最たる例である。委員個人による罪状も決して見逃せない。
松永被告は甘言と容貌でいたいけな生徒を篭絡し、泊被告は虚偽の休講メールを送付する事によって、生徒達を混乱させた。赤間被告による蛮行の数々は文明人とは思えないし、学園の理念そのものに対して攻撃を行った籾木被告の罪は極めて重大である。いかなる理由があったとしても、それらの罪が許されることはない」
そこで上月は一拍置いた。そして力強く、「しかしながら」と続ける。
「罪が許されることはなくとも、被告人らが何を成そうとしたのか、という面に注目する必要もあろう。面談で得た個人情報が悪用されることはなかった。学食に出された特殊な料理の数々は、経緯は問題であるものの、それを作った人の夢を叶えるものであった。
松永被告はああ見えて真に生徒達の幸せを願っていたし、泊被告は過去の行為について一定の反省を行なっている。人間とは思えない赤間被告の蛮行はまた、彼女の大事な個性でもある。籾木被告に関しても、議論の余地があろう。彼女の人なりからして、検察の訴えを全面的に認めるのは難しい。
規律秩序委員会は罪を犯した。先程も述べた通り、償いは必要である。だが、彼女達が真剣に生徒の為に活動していたことも、否定出来ない。今日、当委員会の弁護を行った証人らの他にも、当委員会を支持する生徒が数多くいることを忘れてはならない。
この瞬間に当委員会の力が必要でなくても、これから必要になることがあるかもしれない。その日のために当委員会は存続されるべきであると、我々は判断した。それとは別に強引な手法の数々はヤバいので、陪審員一同は以下の罰則を言い渡す。一週間の謹慎、及び最低25枚の反省文の提出」
「以上。陪審員代表、2年I組上月」上月はそう言って、判決文を裁判長に提出した。
大講堂はざわめいた。
「えっ、つまりどういうこと?」
「漢字ばっかでわかんないよ…」
「有罪なの? 無罪なの?」
「結局、どっちの勝ちなんだろうね」
「規律秩序委員会じゃない? だって、解体されないんでしょ?」
和歌と瑞稀が一言も喋れなかったのは感極まっていたからで、奈緒が喋れなかったのは、なにも理解できなかったから。
「良かった。これでまた4人で一緒にいられるね!」
そう紫陽里に言われて、奈緒はようやく事態を飲み込んだのだった。
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