第38話 ほんまごめん(前編)

「委員長は? どこ?」


 眼光鋭い生徒会長補佐の問いに、体育委員会の副委員長は、目を泳がせながら答える。


「ご、5限まではいたんだけど、早退しちゃった。お腹がめちゃくちゃ痛いって…」


「チキったんだ」甘利が言い放つ。


「やっぱり前もって言うんじゃなかった。委員長でも信用出来ないな」


「まずは先輩の体調を心配しなよ。感じ悪いぞ」と雁登。


「れ、連絡もなしに早退する先輩が悪いんだよ!」


 甘利はそう言って、会長補佐の方を向く。


「行きましょう、水野先輩。副委員長がいれば大丈夫です。生徒会も随行する正式な校務なんだし」


 水野と呼ばれた会長補佐は頷くと、居並ぶ生徒達に向かって言った。


「放課後に、急に集まってもらって申し訳ない。私達はこれから規律秩序委員会室へと行き、備品の押収と、部屋の封鎖をする。交渉は生徒会がやるので、体育委員の皆には荷物運びと、相手が抵抗した際の対応を頼みたい。すぐに終わると思うし、済んだら即解散にする。よろしく頼む」


 ざわざわと、集められた体育委員の中で囁き声が交わされる。


「え、なんで? なんで私達がそんなことすんの?」

「そんなことして大丈夫なのかな」

「抵抗した際の対処ってさ、私達でなんとかなる?」

「殺されるよ! だってあっちには松永先輩と鬼の子がいるのに…」


「意見があるなら言ってみろ!」


 小さい体を震わせて、甘利が怒鳴った。


 体育委員達は恨めしそうに生徒会の面々を見つめた後、顔を伏せた。


 生徒会に逆らえば、なにをされるか分からない。内申点目当てでこの委員に入った者が殆どだった。


「嫌でーす」


 列の後方から気の抜けた声がした。生徒会も体育委員も、皆一斉に声のする方を向く。


 声の主、前髪で片目を隠した少女は、周囲の視線が自分に集まったことを承知の上で言葉を続けた。


「嫌です、あーし。そんな仕事したくないんで、拒否ります」


 不機嫌な顔をした甘利は大股で近づくと、相手に詰問する。


「お前、1年だな? 名前は? クラスは?」

「なに、脅し?」


「そうだ。ビビって言えないか?」

「D組の青島」


「お前、赤間のクラスメイトだな? 仲間なのか?」

「へっ、仲間なんかじゃねーよ」


 ニヤリと口角を上げながら、青島は言う。


「親友だよ。大親友。誰が大親友へのいじめに加担なんかするか」

「バカが。犯罪者ですって自白してるようなもんだ! 好きにすればいい。あとで一緒に罰則を喰らわせてやるからな」


「あっそ」


 青島は一瞬、頭を後ろに引いたかと思うと、今度は息が触れる程の距離まで相手の顔に近づいた。


「やってみろよ」


「ひぃっ!」甘利はたじろいだが、「桃香ぁ…!」と叫ぶのだけはなんとか堪えた。


「もういいから」雁登が割って入る。


「行きたくないんならしょうがない。青島だっけ? 後日、改めて生徒会の仕事を手伝ってよね?」


「いーよ。イジメ以外の仕事ならいくらでも」と青島。


「水野先輩、もう行きましょう。時間が勿体無い」


 水野は雁登の言葉に頷くと、歩き出した。


 青島1人を廊下に残して、体育委員達もぞろぞろとそれに続く。雁登と甘利は、列の最後尾になった。


「どいつもこいつも私のことをバカにしやがって…クソっ…腹立つ…」


 歩きながらぶつぶつと小言を吐く甘利を見ながら、雁登は思う。


(コイツはいつになったら『懲りる』とか『反省する』ってことを覚えるんだ?)


 自分に送られる視線に気がついたのか、甘利も雁登の方を向く。


「なに? 桃香」

「別に」


「不機嫌そうじゃん。嬉しくないの?」

「こんなことで嬉しくなるか」


「だってさ、今の私たち、蛮族を倒しに行く文明国の軍隊みたいじゃん。桃香、そいう戦いみたいなの好きだろ?」

「人聞き悪いこと言うな。私は戦いじゃなくて、歴史が好きなだけ」


「そうなの? でも小さい頃、よくそんな感じの本ばっか読んでたよな。めっちゃインキャだった」

「今する話じゃないだろ」


「確かに。でもさ、楽しいよね? 一緒にこんなことやれてさ。生徒会に入ってよかっただろ? 私はよかったよ。すんごい楽しい」


 甘利はそう言って微笑んだ。雁登は頑張ってみたが、耐えきれず相手に合わせて微笑む。


 それが嬉しかったのか、甘利は両手を大きく振って歩き始めた。


(『懲りる』とか『反省する』のを覚えなきゃいけないのは、私の方か…)


 雁登は思う。


    ◇


 同じ頃、規律秩序委員会室にて。


「生徒会、すぐ来るっす。マジで」モニターを見ながら、瑞稀が言う。


「5、4、3、2、1…」


「生徒会だ!!!」という怒鳴り声と共に、扉が勢いよく開いた。


「全員動くな!」


 甘利はそう言いながら、ずかずかと部屋の奥へと進んでいく。


「いいか? 動くな!」


 誰も動かない。


「絶対に動くなよ!」


「誰も動いてへんわ」呆れたように奈緒が言う。


「黙れ! 喋るな!」

「どうすりゃええねん…」


 規律秩序委員会の面々から必ず一定の距離を取って声を荒げている甘利の横を通り、水野が前に進み出る。


「生徒会長の命令だ。備品は回収して部屋は封鎖し、裁判が終わるまでそれらの使用を禁じる。理由は、裁判の準備期間中に、規律秩序委員会が看過できない迷惑行動を取ったため。詳しくは、校則の第15条5項のbを参考するように」


「水野、間違ってるよ」紫陽里が答える。


「生徒会長じゃなくて、『代理』でしょ?」

「そうだった、ごめん。でもまあ、似たようなものだ」


「どうかな。由水は祝園とは別意見かもしれない。由水に意見を求めてみた?」

「誰に聞いても答えは一緒だろ。規則は守らないと」


「そっか。流石は水野、その真面目な所がとてもいいね」

「ありがとう。近所でもよく言われる」


「ちょっとでも抵抗してみろ! お前らなんてコテンパンにのしてやる。体育委員がな!」


 水野の背中に隠れた甘利が言う。


 (かませ過ぎるやろ…)


 奈緒はそう思いながら、生徒会役員達の後ろに控える体育委員達を見遣る。


 視線を返してくる者は1人としていない。奈緒が大声を上げれば、皆一目散に逃げてしまいそうだった。


「分かりました」


 いつもの調子を崩さず、和歌は言った。


「どうぞ、ご自由に持って行って下さい。人手が足りなければ、こちらでも手を貸しますので」


 水野は体育委員達を振り返り、仕事にかかるよう合図をした。体育委員達は恐る恐る、部屋の四隅に散らばった。


 扉という扉、引き出しという引き出しが開けられて、犯罪行為の証拠となりそうなものを少女達は運び出していく。


 規律秩序委員達は隅に固まり、それを黙って見ていた。


 瑞稀のPCも、紫陽里の竹刀も、和歌の槍状スタンガンも、貯めに貯めた菓子類も全て持ち出された。


 雁登は甘利と水野が見ていない隙に和歌達に近づくと、小さく「ごめん」と呟いた。


「大丈夫」和歌は言った。


「先程も言った通り、生徒会長代理命令でこの部屋の使用を禁止とする。今から10分以内にこの部屋を出ること。それ以降にこの部屋の使用をした場合、裁判で不利に働くことを承知するように」


 机と椅子、空の戸棚以外は綺麗さっぱりなくなった部屋で、水野は言った。


「なにか質問は?」


「ありません」和歌は答える。


 水野は頷き、部屋を出ようとした。


 だが立ち止まり、胸ポケットからスマホを取り出して10秒程画面を眺めた後、和歌達を振り返って言った。


「赤間さん、私達に同行してほしい」


「は?」奈緒は答える。


「なんでウチ?」

「わからない。けど、祝園が呼んでるから」


 その時、ピクリと和歌の眉が動いた。


「私達も行きましょうか?」と和歌。


「赤間さん1人でいいそうだから、他は大丈夫だ。行こう、赤間さん」


 そう言って部屋から出て行く水野の後ろを、女子高生とは思えないほど嫌そうに眉を顰めた奈緒がついて行こうとする。


 咄嗟に、和歌は奈緒のブレザーの袖を掴んだ。奈緒は驚き、和歌を見遣る。


「なんやねん」

「赤間さん」


「なに」

「その、なんというか」


「はよ言えや」

「き、気をつけて…」


 奈緒は訝しげに、縋るような目の和歌を見つめた。


「変なフラグ立てんなや。お前らは早よ帰れ。ほな、またな」


 そう言って、奈緒は部屋を出て行った。

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