第32話 がんばれ委員長(後編)
「人数が足りないぞ」
二本松が言う。
「あんたら2人と私。あと1人はどこだよ?」
「いんじゃん。そこに」
佐々は指を差す。部屋の中にいる全員の視線が、その人に集まる。
「は? え! う、ウチ!?」
「赤間はそっち側っしょ? 二本松の味方してやれよ」
「え、で、でも、ウチはあんたらの争いに関係ないし…」
「おい、赤間」二本松が奈緒に詰め寄る。
「元はと言えば、あんたと和歌が簡単にあいつらに乗せられたのが悪いんだ。責任を取れ。どうせ数合わせだ、座ってるだけでいい。あいつらは、私が1人でブチのめす」
「は、はあ…」
4人は禁止ワードの書かれた紙を受け取ると、それぞれの頭上に掲げた。
「そこに書かれている単語を喋ったら負けだ。当たり前だけど、自分のカードは絶対見ない。他人が掲げている紙は見れるから、それを相手から引き出すよう上手く誘導する。分かった、赤間?」と小堀。
「まあ、なんとか…」
「ちなみに、お前だけ特別ルールで、怒鳴ってもアウトだ」と佐々。
「なんでやねん! おかしいやろ!」
「あっ」
「あっ」
小堀と佐々はほぼ同時に奈緒を指差す。
「へっ?」
奈緒は恐る恐る、頭上に掲げた紙を目の前に持ってくる。
カードには、『なんでやねん』と書いてあった。
「何やってんだ、赤間ァ!」
二本松の怒鳴り声に合わせて、観衆からは歓声と、拍手と、笑い声とが一斉に沸き起こった。
「ウフフ。赤間さんったら」と和歌。
「お前なにやっとねん! こんなん言ってまうに決まってるやろ!」
「このバカ! 和歌、あんたはどっちの味方なんだ!」
奈緒と二本松両方から詰問されても、和歌は目を細めたまま。
「ルールを体現してくれて助かるよ、赤間」と小堀。
「キヒヒ! 赤間、あんた弱すぎんだろ。キヒ、ヒヒッヒヒー!」と腹を抱えた佐々。
◇
二本松は小堀と佐々に向き直ると、2人が頭上に掲げているカードを改めて見遣った。
小堀が『大好き』、佐々が『愛してる』。
(引き出せるか、そんな言葉!!!)
二本松は歯軋りしつつ、心の中で叫んだ。だが、諦める訳にはいかなかい。
せめて相手が根を上げるまで負けないようにする。奈緒を参考に、二本松は自分のワードを想像した。
(多分、普段遣いしてる言葉だ。無意識で口にしてしまいそうなヤツ。私の場合なら、バカ、クソ、消えろ、黙れ、失せろ、不味い…)
「そう睨まないで。せっかくの美人が台無しだよ」と小堀。
相手の誘いに反して、二本松は眉間の皺を一層深くする。
「その手には乗らねえぞ。あんたらなんかに負けない。人類を、享楽主義から取り戻さないと」
「怖いよ、二本松。私達はただ君と話したいだけ。もう半年はろくに喋ってない。寂しいな」
二本松は黙って相手を睨みつける。罵詈は我慢しなければ。
「最近はなに描いた?」今度は佐々。
「…静物画をやってる。」
「室内風景はやってないのか? 昔はよく、この部屋を主題にしてたよな。抽象でさ、色彩だけであたしらを表現したりして」
「やってない。今は、他のものを描かないと」
「へえ。この前のコンクール、見に行ったよ。凄かった。写真みたいだったな」
「…」
「クソみたいつまんない絵だったな。上手いけど、それだけ。情熱も、哲学も、生きる喜びも何もない」
「じゃあ2度と見に来るな。あんたのセンスを押し付けんじゃねえ。迷惑だったんだ、ずっとずっと。それに、あの絵は評判が良かった。センスの良いやつは世の中にたくさんいる。あんたらだけが正義だと思うな」
「迷惑? そっか、迷惑だったのか」
佐々はそう言うと、自分の足をさすった。
「それは悪かった。あたし、あんたの描く絵がマジで好きだったからさ。他にない所が良かった。絵の見方って、よく分かんねーじゃん? でもあんたの絵を見て、見方が初めて分かった。『そっか。心が楽しくなりゃいいんだ!』って。だからあんたの絵を褒めて、褒めて、褒めまくった。絵も、あんたも好きだったから。でも、そっか。悪かったわ」
「あ、あんたの勝手だ。全部…」
まつ毛の長い少女は、2人と知り合った時のことを思い出していた。
たった1年前のことだった。別に懐かしいわけじゃない。わけではないが…。
「今年の初めだったかな」と小堀。
「コンクールに出された作品を貶されたって、君は悩んでたな。確か、『こんなおふざけをやっていられるのは、今だけ』とか言われとかなんとか」
「…嫌なこと思い出させてくれてありがとうよ」
「でも、私達は嬉しかったんだよ。人に非難されるなんて、なによりのアイデンティティーだから。私も佐々も、君に憧れた。『カッコいい、これぞ反抗だ!』って。でも、君は嫌だったんだね」
「当たり前だろ! 自分がこれまでやって来たことを否定されて、悩まずにスルー出来るほど、私は図太くない…」
「ごめん。気が付かなかった私と佐々がバカだった。ポスターにイタズラをしたのも、ぐだぐだ理由をつけてるけど、ホントはもう一回君と絡みたかっただけだしね。君の言う通り、私達はただの子供だな」
いたたまれず、奈緒は周りをキョロキョロと眺めた。場が湿っぽくなっている。
ゲームは何処へやら、外野からは「そういう事あるよね…」「待って、泣けてきた」「私、二本松先輩のこと誤解してた」という声が聞こえてくる。
「お、おい籾木」
そう言った奈緒に、和歌は小声で注意をする。
「シッ! 今いいとこなの」
(なんやこれ)少女は思う。(ウチが間違ってるんか…?)
◇
「そうやって自分達のバカさを釈明するために、私を呼んだのか?」
少しの沈黙を破って、二本松が言った。
「色々理由をつけて、暴れて、挙句の果てにはこれか。本当に子供だ」
「釈明じゃない。ただ、理由が知りたかっただけ」と小堀。
「ある日突然、君は関係を切ってしまった。ほら、私達は子供だろ? だから直接君の口から聞かないと分からなかった」
「他に機会はいくらでもあっただろ…」
「ねーよ」と佐々。
「あんた、メールは既読スルーばっかだし、たまに返信すれば委員会が忙しいとか言って、会ってくれなかったじゃん」
「それは、本当に委員会が忙しかったからで…。ていうか、あんたらは私と話して、理由を知って、どうするつもりだったんだよ」
「別に? たださっきも言った通り、あんたと、あんたの描く絵が好きだって、改めて言いたかったんだ」
「そ、それだけのために──」
「それだけのために、なんて言ってくれるなよ」今度は小堀。
「君は私達の憧れだったんだ。憧れで、一緒に戦う戦友で、ただの友達。君が転向してもそれはしょうがない。人は変わる。でも、私達が君を好きだと気持ちはこれからも変わらない。それを伝えたかった。大事なことだ。私達にとってはね」
言い終わって、小堀は隣に座る佐々を見遣った。
「そそ、大事なこと。分かったかよ、ブス」佐々は答える。
「…そうか」
二本松は俯き、押し黙った。本当は、ポスターだって自分で描きたかった。
素晴らしい案がたくさんある。人を楽しませ、目を惹きつけるような。けれど、そんなものは誰も望んでいない。
少女はそう思っていた。だが、ルールは守らず、口も悪く、頭のおかしいこの2人組は、そんな少女の絵をこそ、好きらしかった。
「…あんたら、そんなに私の描く絵が好きか?」
上目遣いに、二本松は相手を睨んだ。
「好きだよ。な、佐々?」と小堀。
「もち。二本松、あんた本体もな」と佐々。
「それだけじゃ分かんねぇよ。す、好きだなんて誰でも言えるし」
「マジで好きだよ、あんたのこと」と佐々。
「どうやったら信じてもらえる?」と小堀。
「そうだな、その、じ、自分の気持ちの強さを、こ、声に出してみろよ」
小堀と佐々は互いに顔を見合わせ、意味深な笑顔を交換しあった。2人は二本松に向き直ると、言った。
「二本松、大好きだ」
「愛してるぞ、二本松!」
それを聞いて、二本松の口角が上がった。「おおー!」と、観客も声を上げた。
「バカが!」二本松は立ち上がる。
「あんたらの負けだ、ざまあみろ!」
小堀と佐々はそれぞれの手札を見ると、「やられた!」「やるじゃん!」と言って笑い合った。
◇
「完敗だよ、二本松」と小堀。
「謝るよ、全部。ごめんなさい。もう2度とこんなことはしない。君の勝ち」
最大のショーが済み、早々に部屋から出て行く生徒達で騒然とする中、二本松は言葉なく、小堀と佐々を見遣った。
「あんたら、そんなに言うならよ…」二本松は言う。
「描いてみればいい。あんたらをポスターの担当に混ぜてやる。それで、自分の好きなようにやってみろ」
「二本松…」と佐々。
「それは嫌」
「なんでだよ! 描く流れだろうが!」
「だってそんなことしたら、体制側になっちゃうじゃん。強いものに反抗するのが、アイデンティティーじゃんか」
「そうだよな。二本松のことは大好きだし、一緒に仕事をしたいけど…」
小堀は腕を組み、佐々の言葉に深く頷いた。
「もういい、知るか! バカ! ガキ! クソ! 今までの時間はなんだったんだ!」
「それだったら」和歌が口を挟む。
「文化委員会から正式にお願いはせず、小堀先輩と佐々先輩が自分達のポスターを貼るスペースを開けておく、というのはどうでしょう? 暗黙の了解、と言うことで」
二本松、小堀、佐々は互いに顔を見合わせた。
「なるほど。それなら私達は自由にポスターを貼れるし、二本松が用意したものに落書きをしなくて済むな」と小堀。
「はい。どうでしょう?」
「いいと思う。佐々は?」
「いんじゃね?」
「二本松は?」
「もういい。私は疲れた」
「分かった。二本松、君と話せて本当に良かった。楽しかったよ。またね。これからはメールにも返信してくれ」
二本松は軽く小堀と佐々に手を振ると、重い足取りで部屋を後にしようとする。
「待って、にほちゃん」その時、和歌が言った。
「にほちゃんのカードになんて書いてあったか、見なくてもいいの?」
「へあ? なんでもいい。和歌、私は疲れてるから──」
「ほら、見て」
和歌は机に伏せてあった紙を取り上げると、表面を二本松に見せた。
『ズッ友』そう書いてあった。
(もうだめだ。倒れる…)二本松は思う。
「残念だ! 二本松の口から、ズッ友って言葉を聞きたかったのに」と小堀。
「別にいーじゃん。今回のでわかったっしょ。口に出さなくても、二本松は二本松のままだって」と佐々。
「確かに、そうだな。私達はズッ友だ」
「そうそう! ウェーイ、ズッ友ー! フゥー!」
よろよろと、二本松は静かに廊下へと出て行く。
その背中を見ながら、奈緒は(がんばれ…!)と強く思う。
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