第31話 がんばれ委員長(中編)

「チッ!」


 約束の場所に着くなり、二本松は見事な舌打ちをした。


 そこは部室棟にいくつかある多目的室の内の1つで、主に文化系の部活生が溜まり場として利用している部屋だった。


 中に入りきれなかったのか、廊下は学生達で溢れている。


「来た! 二本松先輩!」


 二本松に気づいた誰かがそう叫ぶと、見物客達は一斉にそちらを向き、思い思いの声を上げた。


「えーヤバい! 今日もビジュ良」

「くたばれ、裏切り者!」


「ヤバいヤバい! 目ェ合っちゃった!」

「三流画家! 権力の犬!」


「こっちこっち! こっちも見てー!」

「【自主規制】! 【自主規制】ー!」



 そんな愛憎こもった歓声のアーチを、不機嫌な顔をした二本松が潜り抜けていく。


 部屋の真ん中には、2つの長机を固めて作ったスペースがあり、それを取り囲むように椅子が並べられていた。


 片方には和歌と奈緒が座り、向かい合って小堀と佐々、さらにその外周を見物の学生達が取り囲んでいた。


「ようこそ、文化委員長殿。我らのバビロンへ」


 慇懃に差し出された小堀の手を、二本松は跳ね除ける。


「キモい。さっさと本題に入れ、ゴミ共」


「まあまあ、落ち着けって四本松」と佐々。

「二本松だ! 2多い!」


「ごめんごめん、十本松」と小堀。

「聞いてなかったのかよ!」


「悪かったって、百万本松」佐々。

「帰る! お前ら全員死ね!」


 周囲から「おー!」という歓声と、拍手。


「久しぶりに見た」「やっぱこれだねー」という声も、所々から起こる。


「怒っちゃダメ。話し合わないと」


 二本松を引き留め、和歌は言った。額に深い皺を作ったまま、まつ毛の長い少女は椅子に戻る。


「調子を落としたね、二本松」と小堀。

「昔は阿僧祇まで耐えたのに」と佐々。


「いい加減にしろよ、あんたら。本当なら即処分を喰らわせる所を、こうやってこんな臭いとこまで交渉しに来てやったんだ。少しは謙虚になれ。あ?」


「その割には、最初から1人で交渉に来なかったじゃないか」と小堀。

「あんたらがこんな風にふざけるのが目に見えてたからだ」


「お前だって、ちょっと前まで臭いとこで臭い飯を食ってたくせに」と佐々。

「臭いのはあんたらだけだ! 私の弁当は臭くない!」


「こいつら知り合いなん?」奈緒が和歌に耳打ちをする。


「にほちゃんは美術部よ。文化系のよしみか、小堀先輩とも佐々先輩とも仲が良いって聞いた」和歌が答える。


「の割には、バチバチにやってるようやけど」

「詳しいことは分からないけど、にほちゃんが文化委員長になってから疎遠になったらしいわ。まあ、黙って見ましょ。面白くなりそう」


「人の口論を娯楽にすんなや…」


 二本松達に戻る。


「あんたらがポスターに、センスの欠片もない落書きをしてるのは分かってる。目撃者がごまんといるからな」


「隠してないからね」と小堀。


「いいか? 簡単な話だ。あんたらが罪を認めて、『もうしません』と誓約書に署名すれば許してやる。それが嫌なら、問答無用で反省文と謹慎処分だ」


「やれよ。反省文でも、謹慎でも」と佐々。


「成績も内申も、別に悪くねーしな」

「バカ。今はよくても、積み重ねが後になって響くんだろうがよ。進学に就職、人生はここで終わりじゃないんだぞ」


「人生が続くからこそ、今は好き勝手やりてーじゃん。別に、誰かに迷惑かけてるわけじゃない。あたしらはただ、楽しませるためにやってるだけ」


「かけてるんだよ、迷惑を! 自分が作ったポスターを無茶苦茶にされて、泣き顔になってる後輩を見てないからそんなことが言える!」


「マ? それはしくったな。じゃ、その子の描いたやつを教えてよ。加筆修正しないでおくから。てか二本松、お前が全部かきゃいーじゃん。そしたらこっちは問答無用で落書き出来る。ヤベー、名案すぎね?」


「名案な訳あるか!!!」


 二本松は机を3度、も1つおまけに叩いた。


「すごーい、ド迫力」「ね。ポップコーン持ってくればよかった」外野からそんな声が漏れる。


「あんたらのそういうとこが気に入らない! 自分さえ良ければいい、自分こそ正しい。まるで子供! 人生は続く、だからこそ我慢しなきゃなんないんだ! 妥協しろ、大声を出すな。他人の目線と意見を尊重しろ。自分勝手じゃダメなんだ。あんたらみたいな享楽主義じゃ、ダメになっちまう!」


「なるほど。君が私達から距離を置いた理由はそれか」


 二本松は黙って相手を睨みつける。


「じゃあなんで委員会総会の時、規律秩序委員会の弾劾裁判を求める投票に、君は手を挙げなかったんだ?」

「な…!」


 二本松は隣に座る和歌を振り返った。


(喋ったのか…?)言葉なく尋ねる。

(喋っちゃった)相手も無言で答える。


「さっきまで言ってたことと違うじゃないか。他人の目線と意見を尊重するんじゃんなかったのか? 規律秩序委員会は、どう考えてもヤバい連中だけど」

「…それは今関係ない」


「あるよ。だって君は、我々が自分勝手に行動するから怒ってるんだろう? なのに、君の発言は矛盾してる。我々を非難する正当な理由がない。規律秩序委員会を庇えば、君だって生徒会に目を付けられるのに」

「庇ってなんかいない! ただ、生徒会のやり方が気に食わないだけだ」


「ほら、君も不満がある。でもそれを我慢せず、行動に示してる。我々と同じじゃないか」

「うるさい! あんたらの詭弁はもう沢山だ! 謝罪するかしないか、イエスかノーか、それだけ答えろ!」


「やっぱり無理だな。真面目くさって、膝を突き合わせるんじゃダメだ。私達はもっとこう、享楽に生きなきゃ」


 小堀が指をパチンと鳴らすと、1人の生徒が数枚の厚紙と油性ペンを持ってきた。


「議論なんて無駄無駄。前途洋々たる女子高生がすべきことじゃない。ゲームだ、ゲーム。それで勝敗を決める。N Gワードゲーム。ルールは分かるよね? 4人でやろう。籾木に題を考えてもらおうか」


「バカにしてんのか!」二本松が怒鳴る。


「真面目に話し合う気がないならもういい! 反省文と謹慎送りだ、蛆虫共!」


「待てって、二億本松」と佐々。


「お前は反省文100枚だ。死に晒せ、佐々ァ!」

「ゲームに負けたら、あたしと小堀とで全部謝る。もう2度と悪さしないって、神様に誓う。もちろん、書面にもしてやる。いいじゃんか、負けなきゃいいんだ。それともなに? 自信ねぇの?」


 二本松は相手を睨みつけたまま、ゆっくりと浮かせた尻を椅子に戻した。


 観衆から再び「おー!」と言う声と拍手。


「人生はこうじゃないと!」と誰かが嬉しそうに叫んだ。



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