第30話 がんばれ委員長(前編)
「まずい」
二本松はそう言って、出された紅茶の最後の一口を飲み干した。
場所は規律秩序委員会室。時は放課後。少女は応接椅子に座り、委員達と対峙している。
「おかわりは?」紫陽里が尋ねる。
「安物のインスタントを飲みに来たんじゃない。それで、どうなの? 裁判に向けて準備は?」
「心配症ね」和歌が答える。口元には、お茶請けの菓子の残骸が2つ、3つ。
「なんの問題もないわ。明日裁判をやってもいいくらい」
「具体的に教えろ。お得意の理事長権限で揉み消す、以外の手段だぞ」
和歌は相手を見据え、少し笑ったかと思うと、紅茶を飲み、新しい菓子の袋を開けた。
「美味しいわ、これ」
「やっぱりなんも考えてねーじゃねえか!!!」
二本松は菓子が山盛の盆を傍によけると、和歌に詰め寄る。
「よく聞け! 今回の争点はな、あんたらが好き勝手使う理事長権限にあるんだぞ。それを使って無理を通してみろ。逆効果だ! あんたらは裁判に出て、理事長権限を使った目的と意義を明らかにする必要がある。明らかにするにはどうする? あ? 学年2位の頭脳なら分かるだろ」
「神様に祈る?」
「立証するんだろうがよ!!!」二本松は机の裏を足で蹴り上げた。
「理事長権限を行使した正当性を証明すんだよ。そのためには証人、証人、証人がいる。あんたらがこれまで助けて来た連中に、証言をしてもらう。あと、弁が立つ弁護人も必要だ。わかってんのか? 裁判エアプか、あんたら」
「すごい、流石はにほちゃん。大好きよ」と和歌。
「気づかなかった。ありがとう、にほ。愛してる」と紫陽里。
二本松は髪を掻き乱しながら、女子高生とは思えないような罵詈を吐いた。
奈緒はそんな少女のことが他人とは思えず、心の中で強く応援した。
「…今からでも準備しないとダメだ。戦いは始まってる。早めに根回しをしないと」
枝垂れ柳のようになった前髪の向こうから、二本松は言った。
「生徒会連中のことだ。裁判をやる前から妨害してくるに決まってる。先日の学内新聞もそうだ。あのタイミング。私が思うに、背景に生徒会がいたんだろう」
「にほちゃんの言う通り、あれは生徒会が書かせた記事だった」と和歌。
「やっぱり。それを知ってるってことは、もう対処したんだな?」
「もちろん。生徒会役員の1人と交渉をして、きちんと謝罪をしてもらった」
「交渉、ね。ちなみに誰だった? その役員は」
「それは、彼女と私達の間だけの秘密」
「まあ、大体検討はつく。これはほんの序の口。傍からみれば、あんたらも生徒会も同類だぞ。目的のためには手段を選ばないって所がな。反撃はいいけど、こっちからは絶対手を出すな。決戦場はあくまで裁判。相手に付け入る隙を与えないように、行動には気をつけろ」
「分かってるわ。人を棒で叩いたりしないよう、赤間さんにはちゃんと言っておくから」
「なんでウチだけやねん!」と奈緒が言うよりも早く、二本松が声を荒げる。
「あんたもだよ! そうやって赤間ばっかし槍玉に挙げるが、あんたらも大概だからな。紫陽里はジゴロだし、和歌は頭のネジが全部飛んでる。泊は…、泊はよく分からんが髪が金色だ。あんたらは全員揃って危険集団なんだ。分かったか? 分かったらもう虫を食うな。キモい!」
興奮した二本松の息が整うまで待ってから、和歌は言う。
「ごめんなさい。にほちゃんの言う通り。私達、少しだけやりすぎてたかもしれない。自重するわ」
「ああ、そうしろ。今後も委員会活動を続けたいならな」
「うん、頑張る。じゃないと、にほちゃんと会える機会が減るものね」
「ふん!」
紫陽里が新たに注いだ紅茶に、二本松は口をつけた。
「本当にまずい」少女はそう言って、ティーカップを置く。
「証言台に立ってくれそうな奴を探せ。あと、弁護人に当てはあるか?」
「正直な所、見当もつかない」と和歌。
「生徒会に気押されることなく、私達の弁護をしてくれる人なんているかしら」
「ホント、そうだな」
二本松の口角が、微かに上がる。
「うってつけの奴らを知っている。あんたらに紹介してやってもいい」
「本当! 嬉しい。誰なの?」
「申し訳ないが、タダじゃ教えられない。こっちの頼みを聞いてくれたら、私が口添えをしてやる。どう?」
「やるわ」
「こういうのはな、先に頼み事の内容を聞くもんだぞ」
「大丈夫、にほちゃんのこと信じてるもの。にほちゃんは絶対に、意味のないことを私達に押し付けたりしない」
二本松はぶつぶつと小声で何かを言いながら、食卓の端に追いやった盆を傍に寄せた。
お菓子の入った小袋を、1つそこから取る。
「恥ずかしい話だけど、うちの委員会がちょっと厄介な問題に行き当たってる。原因を作っているバカ共と、代わりに話をつけて来てほしい」
「バカ共? もしかして、私達の知り合い?」
「よく知ってる仲だ。類は友を呼ぶってやつだな。まさしく」
二本松はそう言って、小袋から中身を取り出し、口の中に放り込んだ。
「食感がいいな。中身はなんだ? エビか?」
「タランチュラよ」
(負けんな、頑張れ!)奈緒は心の底から思った。
◇
数日後の放課後。
指定された空き教室で、交渉相手が来るのを和歌と奈緒は待っていた。
「文化委員会の貼る啓蒙ポスターに、落書きをするクズ共がいる」
二本松はそう言っていた。
(無駄に)広い夾竹桃学園の随所、人が集まりやすい地点には決まって掲示板が設置されている。
『クラブミーティング日程表』『第4回追試合格者発表(もう後がないぞ!)』『落とし物拾いました』『講演会のお知らせ』『保護猫譲渡会やります』『各種検定参加要項』『降霊会にきませんか?』etc…。
そんな中に、殆どの学生が気にもとめない、空気のようなポスターが数枚貼られている。
廊下は走らない、夜は早く寝る、騒がない、怒らない、寝過ぎない、遊びすぎない、つまらない異性と付き合わない。
そんな箸にも棒にもかからない注意喚起が書かれたポスターを貼るのが、文化委員の仕事の1つだった。
そんなポスターを、どうやら許せない連中がいるらしい。
「二本松が誰を寄越したと思ったら、君たちか!」
部屋に入ってくるなり、小堀は嬉しそうに叫んだ。
小堀が開けた扉を、もう1人の少女が後ろ手で閉める。佐々だった。
「またお前らかい…」うんざりしたように、奈緒が言った。
「ヌフフ。まま、そう言わずに。ここまで来たらもう運命だな。仲良くしよう」
「よう、『赤鬼』! 元気してっか?」は佐々。
「元気や、元気。この前会ったばっかやろ」
「それなら良かった。もうすっかり冬だしな。ちゃんと着込めよ。メシ食ってるか? 夜ふかしてねーだろうな? 勉強はしてるか? 人殴ったか?」
「うっさいねん、ボケェ! 調子乗んなよ!」
「バカみたい怒るじゃん。キヒヒ」
「ヌフフ。さ、場が暖まった所で」
小堀と佐々は、奈緒と和歌に向かい合って席に着いた。小堀は挑むように相手を見つめ、佐々は椅子の背もたれに肘を置いて座る。
「君達2人だけ? 二本松はどこ? ビビってここまで来れないか」
「二本松先輩は多忙なので」和歌が答える。
「代わりに私達が来ました。友達として」
「友達? 規律秩序委員会としてではなく?」
「規律秩序委員会は活動停止中です。裁判が終わるまで」
「はっ! 裁判ね」と佐々。
「生徒会の【自主規制】共、ついにやったな。外野からすりゃ見ものだ。やったな、赤間。流石は人喰い鬼!」
「は、はあ…」奈緒はそれだけ言った。
「生徒会は委員会連のボスだ」小堀に戻る。
「委員会なんて、生徒会の傀儡みたいなもの。それなのに、他の委員会のトラブルを君達が肩代わりするの?」
「先ほども触れましたが」と和歌。
「私達は二本松先輩の友達としてここに来ました。困っている友達を、見捨てることは出来ません。あと、ここだけの話ですが。委員会総会での投票の際、賛成に手を挙げなかったのは二本松先輩だけです」
「へえ、二本松が!」佐々はそう言うと、小堀を見遣った。
2人は顔を見合わせ、意味深な笑みを交換し合う。
「っぱし、二本松がいないと話にならんね」佐々の呟きに、小堀も頷く。
「籾木、赤間。私たちが何をしたか、二本松は話してくれた?」
「はい」小堀の問いに、和歌が答える。
「ポスターに落書きをしているそうですね。文言を書き加えたり、上から全く別の絵を描いているとか。『頭の悪い奴。ゴミ共め。センスのかけらもない!』と二本松先輩は怒っていました」
「ヌフフ。モノマネが上手いね」
「ありがとうございます」
「あれは我々の意思表示。つまらない、無味乾燥な、現実の生活に寄り添わない文言も絵も必要ない、というね。二本松の用意したポスターは、余りいい出来とは思えない。あれじゃあ人の心を揺さぶることは出来ないし、そもそも目に留まることすらないよ」
「ハッキリ言ってさ、【自主規制】」と佐々。
「ああ、うん。【自主規制】だ。【自主規制】と言ってもいい」小堀も同意する。
「我々はそのことについて、二本松と直接話し合いたいと思ってる。わざわざ来てくれて申し訳ないけど、君達だけじゃ埒が明かないんだ。時間と場所を改めて指定するから、君達があいつを説得して、来させるようにしてくれないか?」
「分かりました。二本松先輩にそう伝えます。友達として」
「ありがとう! みんな楽しみに待ってると、あいつに伝えてくれ」
「なあ、『赤鬼』」それはそうと、佐々は奈緒に話しかける。
「実はあたしらはさ、学内に潜むレジスタンス組織なんだよ」
「は、はあ。そうですか」
「でなでな。生徒会をぶっ潰して、もっと楽しい学園生活を作りてーの。すごくね?」
「確かに、志は立派やな」
「だろ? まあ、100パー嘘なんだけどな」
「嘘かい! つまらん嘘つくなや!」
「キヒヒ。マジで面白いわ、お前。音の出るオモチャみてー」
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