第27話 手遅れの絶縁状
「どうした? まだポワソンだぞ?」
ナイフとフォークを止めずに、まつ毛の長い少女は和歌に言った。
「もうお腹いっぱい」和歌は答える。
「不味いなら、そう言えばいい」
「違うわ、学食を食べ過ぎてしまったの。ごめんなさい。にほちゃん、怒らないでね?」
「怒ってない。ただ…」
にほちゃんと言われた少女は、視線を横に滑らせた。隣に座る紫陽里の皿は、ソースの跡すら残っていない。
「変なものを食べるな。もっと自分の舌と胃に責任を持て。自分自身に気を使わなければ、他人にも同じことは出来ないだろ。学食にゲテモノを置くなんて…」
「一括りにしちゃダメ。いい? カエルにトカゲ、セミ、タガメ、蜂の子、アリの卵、【自主規制】、【自主規制】──」
「それをゲテモノというんだろうがよ!」
「にほ、静かに」
紫陽里にそう言われ、少女は周囲を見回した。咳払いをし、2人に向き直る。
「外見でモノを言っちゃダメだ。味は本当に美味しんだから。ベルさんの料理が出るようになってから、食堂は連日満員だよ」と紫陽里。
「知ってる。紫陽里、あんたも毎日通ってるって?」
「毎日じゃない。カエルが出る日だけ」
「陰でなんてあだ名をつけられてるか、知ってるのか?」
「知らないな。『ひまわりの擬人化』とか?」
「違う。『カエル喰らい』だ」
「惜しい。二択を外した」
ドン! と少女は食卓を叩いた。
周囲の視線が再び少女に集まる。初老のウェイターが1人やって来て、少女の耳元で言った。
「お嬢さま。その、他のお客様が見ておられますので…」
「分かってる。ごめん、もうしない」
ウェイターが去ると、少女は3度深呼吸をした。
「生徒会が動くぞ。噂になってる。いよいよあんたらを叩き潰すつもりだろうって」
「噂? どこで噂になってるの?」と和歌。
「委員会界隈でだよ。聞いてないの?」
「私たちと親しくしてくれるのは、にほちゃんだけ」
「その親しい私が、最初に忠告したよな? あんたらのバックには理事長の爺さんがいて、それを隠さないなら周りの反感を買うだろうって。だから目立つなとも言った。由水はともかくとして、副生徒会長の1年がヤバいことはあんたでも十分知ってるだろ。あいつは、学生自治の原則ガン無視のあんたらを、目の敵にしてるぞ」
「大丈夫よ」
「適当なこと言うな。理事長権限で学食に無理やりベルの料理をねじ込んだだろ。問題は料理の外見じゃなくてやり方だ。本来は生徒会を通して議論されるべき案件なのに、あんたらはそれを無視した。素晴らしき越権行為だ」
「次から気をつけるわ」
「次? 次なんてあるか。生徒会のやり口は多分こうだ。今度の委員会総会で、あんたら委員会の弾劾及び解体を提案する。生徒会の圧力があれば、皆すんなり賛成するぞ。それで公開裁判だ。帳尻合わせ、結果ありきの。そうなったら、あんたらはどうなる?」
「どうなるの?」
「これまで好き勝手やってきたことが、全校生徒の前で明るみになるんだよ! 学食の件だけじゃない。紫陽里の色恋沙汰や、泊の特別扱い、赤間も恐喝やら暴行やら言われるだろうな。そうなったら終わりだ。あんたら、生徒会に勝てる自信があんの?」
「ウフフ。ウフフフ」
「なにがおかしいんだよ!」という少女の声に、和歌は答える。
「だって、にほちゃん。私たちのことをすんごい心配してくれてるんだもの」
少女は言葉を失い、椅子の背もたれに身を預けた。(頭が痛い…)少女は思う。
「にほの言う通り、私たちは来るところまで来てしまった」と紫陽里。
「けど、これは避けられなかった、と私は思ってる。こっちだってお遊びで委員会を立ち上げた訳じゃない。裁判になったら、逆に好都合かも。私たちの存在意義と目的を、改めて全校生徒の前で明らかに出来るんだ。やってみる価値はある。それにほら、『女には、命をかけて戦わなければならない時がある』って、よく言うでしょ?」
「そんな物騒な言葉知るか」少女は答える。
「だったら好きにすればいい。最後に忠告はしたんだから、絶対に後で私を恨んだりするなよ」
「恨む訳ない。私、にほちゃんのこと大好き。宇宙で一番優しいから」と和歌。
少女はふいと横を向き、聞かせるように大きくため息を吐く。
(高校に入った時、こいつらに絶縁状を送るべきだった…)
文化委員長、数少ない中学以来の和歌達の友達、長いまつ毛がチャームポイントの二本松は、そうやって過去の自分を恨んだ。
「そもそも、まだ裁判と決まった訳じゃない。由水が体調を崩して数ヶ月か離脱しない限り、祝園に権限が移ることはないし。にほは昔から心配症だよ。そのままじゃ、一生額から皺が取れなくなるぞ」
紫陽里はそう言うと、運ばれて来たばかりの肉料理の攻略に取り掛かった。
◇
数日後、委員会総会。
生徒会長が座るはずの席に由水はおらず、代わりに副生徒会長の祝園が座っていた。
足の骨折により、由水が数ヶ月の休校を余儀なくされたというアナウンスを聞いた時、二本松の口からは「へぁ…」と言う珍妙な吐息が漏れた。
総会の間も二本松は心ここに在らず、生徒会や各委員会の報告もそっちのけで、端の方に座る和歌達を何度も見遣った。
和歌といい紫陽里といい、どんな心臓を持てばあのように平然としていられるのか、二本松には全く理解が出来なかった。
「以上で全ての報告は終わりですね。他になにか発言が無ければ、これで下半期の総会は閉会としますが」
首の長い生徒会補佐の1人がそう言った時、二本松は安心しかけた。
(良かった。生徒会も、今回はまだ静観を決め込むのか…)
だがそんな少女の期待を裏切るように、1人の生徒が手を挙げた。
「体育委員会、どうぞ」
自ら挙手したにも関わらず、体育委員長は指名されたことを驚いたように立ち上がると、1枚のメモに視線を落としながら、話始めた。
「た、体育委員会から、要求したいことがあります。そ、それは、ええと、それは、その、つまり…」
「はっきりと、明瞭にお願いします」
祝園にそう言われて、副生徒会長よりも年上のはずの発言者は肩をびくんと震わせた。
「す、すみません! その、つまり、たっ、体育委員会は、規律秩序委員会の弾劾及び解体を求めます!」
二本松は椅子に深く腰掛け、目を瞑った。そうでもしなければ、はち切れそうなぐらいの頭痛を和らげることは出来なかった。
体育委員長は他人が書いた文章を読み上げるように、規律秩序委員会の問題点を列挙した。
プライバシーの侵害、学則の意図的な無視、特権の濫用、他人への恐喝や暴行疑惑。
さらには松永の爛れた交友関係、泊の犯罪行為、赤間による公共の場での猥褻な発言、そして、常人とは思えない籾木の精神構造。
「体育委員会の懸念は最もです。規律秩序委員会の存在及び存続意義に関しては、以前より多くの学生達にとっての重大な関心事項でした。生徒会はこれを鑑み、この問題を第一に扱います。つきましては校則に従い、生徒会は当委員会に対する裁判の開廷を提案します。賛成の方は、挙手をお願いします」
祝園の言葉に手を挙げなかったのは、和歌と、二本松のみだった。
「賛成多数により、規律秩序委員会に対する弾劾裁判を執り行います。開廷日時は冬休みを挟み、期末テストの後としましょう。校則に従い、裁判が終了するまで当委員会の活動は停止とする。もし違反が見つかった場合は、裁判で不利に働くことを承知しおくように。規律秩序委員長の籾木さん、いいですね?」
和歌は答える。
「承知しました、副生徒会長。楽しみにしています」
◇
「だから言ったんだ!」
総会の後、とあるレストランの中で二本松は声を荒げた。
「由水の大馬鹿女。こんな時に骨折なんかしやがって! あんたらは知らないだろうけどな、あいつは虚弱な薄幸女なんかじゃないぞ。ただのバカだ! どうせ今回も、階段の10段目から飛び降りようとして失敗したとかに違いない!」
「決まったことはしょうがないでしょ、にほちゃん」メニューを見ながら、和歌が答える。
「それより、私嬉しかった。にほちゃんが私達の味方をしてくれて」
「あんたらの味方をした訳じゃない。生徒会のやり方が気に食わなかっただけだ。あいつら絶対、体育委員会を脅したぞ。体育委員会も体育委員会だ。あんな連中の傀儡なんかになりやがって。クソがよ…」
「にほ、話し方が昔に戻ってる」と紫陽里。
「別にいいだろーが、あんたらしかいねえんだから。クソっ、本当にムカつく! ムカつく奴ばっかだ! あんたらもだぞ。ああ、クソクソ…」
「ウフフ」と和歌。「なのに一緒にご飯を食べてくれるのね」
嬉しそうに目を細める和歌に気を許してしまいそうな所を、二本松は既の所でなんとか持ちこたえた。
「うるさい、怒ると腹が減るんだよ。今日はあんたらの奢り、分かってんな?」
「にほちゃんとご飯が食べられるなら、いくらでも奢るわ」
「飯を食って作戦を考えねぇとな。状況は絶望的だが、やりようはあるはず。生徒会のクソ共め、お前らだって皮を剥げば中身はド黒じゃねえか。あいつらに反目する連中も多いはずなんだ。そいつらの支持を集めれば、微かに勝機はあるかもしれないな。にしても、ウェイターはいつ来んだよ? あーっ、イライラする!」
少しして、店員がやって来た。
「あー、籾さん、松さん! こんにちは! こんにちは! 来てくれてうれしね。今日はなにする?」
「こんにちは、ベルさん。日替わり定食を3人分」と和歌。
「今日のおかずは何?」
「あのね、あのね。今日はタガメの炒め物だよ! すぐ持ってくるからね!」
二本松は言葉を失い、和歌と紫陽里を交互に見た。
「う、嘘だろ。あんたら、恩を仇で返すのか…?」
何とか、少女はそれだけを言った。
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