第11話 厄介オタクを探せ(前編)

「「「バーチャル配信者?」」」

 

 放課後の規律秩序委員会室で、委員達の声が重なった。


 応接用ソファには2人の生徒が座っている。その内の1人、内気そうな方が恥ずかしそうに頬を染めて言った。


「あんまし大きい声で言われると…」


「ごめんなさい」と和歌。「つい驚いてしまったの、日吉さん」


「気をつけてよ!」


 頬を染めている少女の隣に座っている生徒が、身を乗り出して言う。


「どこで聞かれてるか分かんないんだよ? 身バレでもしたら、あんたら責任取れんの?」

「本当にごめんなさい、熱田さん。迂闊でした。2人共、どうか許してちょうだい」


「いや、こっちも気を使わせちゃって──」

「もう行こう、まー。やっぱこんな連中使えないよ」


 熱田と呼ばれた少女は隣に座っている生徒の腕を取ると、立たせようとする。


「みゆ、失礼だよ。せっかく話を聞いて貰ってるのに」

「だって信用できないじゃん。後ろの奴なんて、ずっとこっち睨んでるし」


(えっ、ウチ?)


 いきなり指を差された奈緒は、眼を見張った。


「睨んでない。みゆの考えすぎだよ」

「睨んでるよ! すんごい怒ってんじゃん」


「睨んでません。あれが普通なの」と和歌。


「熱田さん、2度とこのような失態はしないと誓います。だから、もう少しだけ話を聞かせて下さい。私達は、2人の味方だから」


 熱田は少しの間和歌を睨んだ後、日吉に腕を引かれ、また腰を下ろした。


「ありがとう。それじゃあ、続きを教えてもらえる?」


「うん」日吉が答える。


「さっきも言った通り、わたし、バーチャルの配信者をやってるの。半年ぐらい前から。自慢じゃないけど、最近は登録者数も伸びて来てて、結構いい感じだったんだ。でも1ヶ月前ぐらいから気持ち悪いDMが送られてくるようになっちゃって」


「そういうのは」紫陽里が答える。「警察に届け出るべきでは?」


「その通りなんですけど、その、どうやら送り主はこの学校の人間らしくて…」


「分かるの?」と和歌。


「先生の名前とか、定期試験の話とか、学校の人間じゃないとわかんないような話を持ち出してくるの。それで、怖くなっちゃって。警察沙汰にする前に学校内で解決できないかなぁ、なんて。なんだかよく分かんないけど、規律秩序委員会は困ってる生徒を助けてくれるんでしょ?」


    ◇


 日吉と熱田が帰った後の委員会室。3人の委員は瑞稀の頭越しにモニターを覗き込んでいた。


「これっす。さっきの子のアカウント」


「『六波羅セラ』ぁ?」


 読み上げながら、奈緒は眉間に皺を寄せる。


「けったいな名前」

「登録者数は1万人っす」


「それってすごいん?」

「初めて半年の個人勢ならかなりじゃないっすかね。得意ジャンルはA S M Rか。えっちだねぇ」


「ほーん」

「てか赤間っち、バーチャル配信者とか知ってんすか?」


「アレやん。アニメっぽい二次元の顔を貼り付けて、猫撫で声で話すやつやろ? 時報のサイレンぐらい高音で」

「時報のサイレンってなんすか?」


「時報のサイレンってなに?」と和歌。


「赤間さん。時報のサイレンがあるのは田舎だけだよ」と紫陽里。


 不機嫌そうに口を尖らせている奈緒を横目に、瑞稀が続ける。


「丁度ヨイヒーからメールっす」

「ヨイヒー?」と和歌。


「日吉ちゃんのことっすよ」

「なるほど。ウフフ」


「中身はアンチから送られて来たっていうDMのスクショっすね」


「どれどれ」


 紫陽里はディスプレイを覗き込むと、文面を読み上げ始めた。


「『こんにちは(←って、オイ👈‼️)。こんな遅い時間😖⭐️まで、配信お疲れサマ❗️❗️❗️寝不足は、美容の敵なんだゾ👎👿本当にセラちゃんは、困った子だネ( T_T)\(^-^ )😅そんな調子で明日の学校🏫に遅刻🏃‍♀️💦しちゃったらどうするんだ😡😡😡明日の一限は、生物😹の小テストがあるんだよ❓😱苦手な教科なんだから、ちゃんと定期考査前に、点数💯を稼がなきゃ、めっ!👀だヨ🖐️』」


(…は?)奈緒は訝しげに、紫陽里の顔を見遣った。


 背の高い少女は、顔色ひとつ変えず続ける。


「『もう寝ちゃったカナ❓😌おじさんも、セラちゃんと一緒のお布団🛌に入りたいナ。ナンチャッテ‼️😘ナンとチャパティ🫓🫖ナマステ👳‍♀️🙏今日の配信中、くしゃみ🌬️を沢山してたよネ❓おじさんも、最近寒く🥶なってきちゃっきたから、膝が痛い痛いなんだ🩹🩹🩹(笑)セラちゃんはまだピチチッピJ K❤️だけど、油断してちゃ、メっ‼️だゾ😎きちんとあったかいお布団🛌に入って、休んでネ❓🥱おじさんとの約束だヨ❓じゃないと、おじさんがお布団🛌まで入って😎💨あっため❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥ちゃおうかナ❓グフフ🤭』」


「ちょ待て待て待て待て…」奈緒の制止も聞かず、紫陽里は続ける。


「『セラちゃん‼️今日の配信はナニ😠❓冗談でもパンツ🩲の色🌈😍なんて、見ず知らずの人に教えちゃメッ‼️でしょ😡😡😡(怒)古典の藤森先生が言ってたよ。「女👩を安売りするな」っテ❗️❗️❗️おじさんも、同意見だナ☹️おじさんは紳士🎩だから、セラちゃんのパンツ🩲の色🌈😍を聞いても何とも思わなかったけド、世の中🌍は、狼🐺🐺🐺でいっぱいなんだヨ❓反省しろ💢イケない子め😠‼️この世界は怖いんだヨ❓やっぱりセラちゃんは、配信者📺👗には向いてない🙅‍♂️んじゃないかナ❓そんなことより、もっと学生らしいこと✏️📕🏫、沢山しなきゃだヨ😂今度の中間、落としたら、一緒に進学出来なくなっちゃうからネ😱』」


「もうええて!」奈緒が手でディスプレイを隠すと、ようやく音読が止まった。


「ずるいわ赤間さん。自分1人で楽しむ気でしょ」

「んな訳あるかい!」


 和歌の言葉に、奈緒は顔を真っ赤にして反論する。


「お前らなんで平気やねん。きしょすぎるやろ、コレ」


「関係ない」紫陽里が答える。


「大事な証拠だし、キモいとかキモくないだなんて気にならないよ」

「だとしてもおかしいわ。なんで平気な顔してあんなん音読できんねん。お前まさか、いつも似たような文章書いてんちゃうん?」


「赤間さん。喧嘩なら買うよ」

「沸点が低すぎるやろ!」


「瑞稀、スクショはまだあるの?」和歌が言う。


「いっぱい。配信があるたび送られてくるみたいっす」

「発信元を特定出来る?」


「学内Wifiを辿れば、スマホの検索履歴ぐらいは特定できっす。本人以外で六波羅セラを日頃から調べてる奴がいれば、そいつが怪しいんじゃないすかね。まあ、安易すけど」


「そ、それって犯罪じゃないん…?」恐る恐る、奈緒が尋ねる。


「犯罪じゃないっすよ。バレなきゃね」

「ウフフ。もう、瑞稀ったら」


 このまま行くと、きっと自分は碌な死に方をしない。そう思うと、奈緒は溜息を吐かずにはいられなかった。

 








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