第9話 太陽が頭上に昇る限り(後編)

 木曜日の放課後、校門を出た佐々は、早速和歌達にメッセージを送った。


 数分後、紫陽里が小走りでやって来ると、校門脇に立っている1人の教師に声をかける。


「南先生、シドニー先生が呼んでいます。至急、相談したいことがあるそうです。修学旅行の件で」

「え、今っ?」


「はい、大至急だそうです。ホストファミリーの選定について、直ぐに話し合いたい、と他の学生から言伝されました」

「ええ〜。でも、今は生徒達を見なきゃだし。困ったわねぇ…」


「あの、少しで良ければ私が見ていましょうか?」

「松永さんが? でもぉ…」


「僭越ながら、早く行った方がいいと思います。じゃないと、学生のホームステイ先がなくなるかもしれません。シドニー先生も大慌て、ということらしいです。聞いた話では」

「わ、分かったわ。直ぐに誰か他の教員をやって来させるから、それまでお願いね」


 紫陽里は校門脇に立つと、門の外側にいる佐々にウィンクで合図をした。


(松永の野郎、そりゃ生徒にも教師にもモテる訳だ)


 佐々はそう思いながら、ダッフルバックから折りたたみの椅子と、スマホ用の拡大スピーカー、電池式のマイクを取り出した。


    ◇


「『準備完了。ぶちかませ』ですって。グーパンチの絵文字付き」


 和歌が佐々から送られてきたメッセージを見ながら、隣に立つ奈緒に言う。


 2人は今、校舎の作る影に隠れつつ、下校する学生達で賑わう正面玄関を伺っていた。


 事が始まれば正面玄関を塞ぎ、佐々への妨害に向かう生徒会や教職員を足止めする予定である。


「ここまで来てなんやけど、ホンマにええんか? 相手は生徒会やろ。知らんけど」と奈緒。


「私達と生徒会とじゃ目指すものが違う。だったら、いつかは衝突することもあるわ」


「知らんで、委員会をぶっ潰されても」

「規律秩序委員会は関係ない。だって私達、佐々先輩の友達なだけだから」


「ほなええわ。ほんま、お前らやな」

「やだ。私、カエルの卵じゃないわ」


「タピオカは植物の球根や!」


    ◇


 佐々は即席のステージに登ると、マイクのスイッチを入れた。


「マイクチエック、ワンツーワンツー」


 下校する生徒達が、怪訝な顔をして佐々の前を通り過ぎていく。


「時代の申し子、頼みもしないのに生まれた落とし子達。ブス、カス、ゲス、ヒス。全部漏らさず捕える。Like a 蜘蛛の糸。それが雲の意図。マイクチエック、ワンツーワンツー…」


 佐々は校門の内側に立つ紫陽里に目で合図を送る。


 紫陽里は頷き、今度は建物の陰に隠れている和歌達に、同じように合図を送る。


(神様…)佐々は深呼吸をすると、音源の再生ボタンを押した。


(あなたから貰ったメッセージを、こいつらに届けます)


 スピーカーからは、どこか寂しく、それでいてどこか暖かいビートが流れてきた。


 2、3人が離れた場所で足を止め、佐々がこれからしようとすることを見守る。


「顕微鏡の向こう側からご挨拶。

 レンズなきゃ見えない悲しみにこんにちわ。

 明日は雨、曇り、雨、曇り、飛んで雨、雨。

 そんな浮世、よさらば。

 前も後ろも分からずに、ふわふわ…」


    ◇


「あの、アレって大丈夫なんですか?」


 1人の学生が、校門脇に立っている紫陽里に尋ねる。


「アレって?」

「アレです。ラッパーみたいな人」


「本当だ、気づかなかった。へえ、上手だね」

「校則違反じゃ…」


「そうかな。だって、学校の外でしょ?」

「あ、あの。私怖いんで、先生か生徒会の人を呼んで来ます」


「それが良いかも。でも走らないようにね。転んじゃうから」


    ◇


「進んでは戻り、戻っては進む。

 木の葉落ちるように、くるくる落ちる。

 螺旋階段、狂う前に、落ちる。

 枕に顔埋める日々、日々。

 その日、その日。

 必死に、走る」


    ◇


「生徒が何人か呼びに行ったわ」と和歌。


「っすね。カメラで見てすっす」電話越しに、瑞稀が答える。


「すでにもう何人かそっちに向かってっす。教員が5人に、生徒会が2人と他委員会多数。後者の方が早いっすね。鬼のような形相で走ってきてるんで」

「ありがとう。予定通り、正面玄関で迎え撃ちましょう」


「迎え撃つて、戦争やあらへんねんから…」呆れたように、奈緒が言う。


   ◇


「窓のブラインド落とし、明かり削ぎ落とす。

 こき使う心、鼓動の調子はどう?

 よう相棒『堂々めぐりさ』

 天に手を挙げ、喉絞り上げ、叫びもがく。

『その日はいつ?』」


   ◇


「あいつ、何やってんだ!」


 下駄箱までやって来た生徒会役員の1人が叫ぶ。


「なんだ、校門の外か」別の1人が言う。


「敷地外なら、別にいいじゃん」

「よくない! 校門の前にあるスペースと、公道のアスファルトの繋ぎ目があるだろ。そこまでは学校の敷地内! 今すぐ止めないと!」


「じゃあ勝手にしな」

「やる気がないなら部屋に戻れ、桃香!」


「当然。書記に肉弾戦やらせるバカがどこにいんの?」


    ◇


「さあ、赤間さん!」和歌は奈緒の背中を強く押す。


「気が進まへんねんけど…」

「あなたがきっかけを作った仕事でしょ。さあ、行って。ゴーゴーゴー!」


 正論に弱い奈緒は、おずおずと歩き始めた。そして正面玄関に着くと、生徒会役員達に声をかける。


「あ、あのぉ…」


「何だ? 今忙しい!」小柄な役員が、奈緒に振り返る。


「お、お前、『赤鬼』…!」


(これをいじめと言わず、なんて言うんや…)奈緒は不満げに、相手の顔を見る。


「な、なんだよその顔! こっちは忙しいんだ。そこをどけ!」

「あ、あのぉ。道に迷ってしまって、その…」


「なにぃ!?」

「図書室まで行きたいんですけど、どうやって行けば良いんですかね?」


「そんなこと知るか! 他の奴に聞け、バカが!」


 これを聞き、奈緒の中で何かの緒が切れた。


「何やその態度は! 困っている生徒を救うんが、お前ら生徒会の役目ちゃうんけ!」


 奈緒が怒鳴ると、その役員は後ろに5歩も下がった。


「逃げとんちゃうぞ、ウチは迷ってんねん! 助けんかいワレェ!」


「も、も、桃香!」役員は後ろを振り返り、仲間に助けを求める。


「こ、こ、こいつを図書室まで連れて行ってやれ」

「あ? お前はなんでこうへんねん?」


「き、決まってる。1人もいれば、十分だろうが」

「十分なわけあるか。たった1人じゃわかるわけ無いやろがい。全員でウチを案内せんかい!」


「お前、バカなのか!」

「なんやと! もう一回言うてみぃ!!!」


「も、桃香ぁ! 桃香ぁ!」


    ◇


「朝目を覚まし、耳を澄まし、心を溶かし、暖かな光が頬を叩く。

 どうしようもない、今を生きるしかない。

 太陽が頭上に昇る限り、あたし達は無敵。

 その日は、その日」


   ◇


「教員が来るすっす。正面玄関を赤間っちとがん泣きの生徒会連中に塞がれてるんで、脇玄関から」


 電話口の向こうで瑞稀が言う。


「まあ、そうよね」和歌が答える。


「大丈夫、手は打ったから」


 間もなくして、部室棟の方から大勢の人間の走る音が聞こえて来た。


 砂埃と共に運動部員達がやって来ると、彼女達はキョロキョロと目当ての人を探した。


「いた、松永先輩!」

「すごーい。タレコミ通りじゃん!」


 獲物にたかるイナゴのように、生徒達は校門脇に立つ紫陽里の周りに集まってくる。


「松永先輩、こんな所でなにしてるんですか?」イナゴの1人が尋ねる。


「先生の代わりに、下校を見守ってるんだよ。他の学生の邪魔になるから、こっちに避けようね」


「「「はーい」」」


 紫陽里は校門から離れると、脇玄関の方に歩いていく。そしてそれを取り囲むように、女子高生イナゴの群れ。


 イナゴ「先輩、今日は何とか委員会には行かないんですか?」


「うん。今日は委員会は休みだから、私がここにいることと委員会は全く何の関係も無いんだ」


 別のイナゴ「へえー、そうなんだ」


 また別のイナゴ「ところで、なんか校門の方が騒がしくないですか?」


「ああ、アレ? 全然知らないんだけど、外で音楽ライブをやってるみたい。ヒップホップなんだって。良い曲だよね」


 さらに別のイナゴ「私、知ってます! チェケラ!ってやつですよね?」


「アハハ。面白いね」


 またしてもイナゴ「きゃー、松永先輩に褒められてるー。まじ神ー!」


    ◇


「ああ神様、あたしに『証をください』

 夜が来て、また朝来るように

 ああ神様、あたしに『証をください』

 クローゼットの、隙間閉じるように」


 殆どの学生が通り過ぎていく中、7、8人が佐々の歌に足を止め続けていた。


 背の高い子、メガネをかけている子、ぽっちゃりしている子、口をずっと開けたままの子、眼の下に隈を作っている子、手首に包帯を巻いている子…。


 佐々はそんな1人1人の目を見、歌の合間に微笑みを送った。


「ああ神様、あたしに『証』をください。

 尽きない愛、全てに届くように。

 届くように。

 届くように…」


 歌が終わり、佐々が仰々しくお辞儀をすると、まばらな拍手が起こった。


 そんな拍手の音を掻き消すように、正面玄関の方から声が響く。


「てめぇ、この野郎! 覚悟しろー!!!」


 生徒会役員達と教員達が走ってくる。佐々は僅か数人の観客に向き直ると、言った。


「聴いてくれた奴も、そうでない奴も、怒ってる奴も、あたしのバカな望み叶えてくれた奴も、全員、マジでありがとう! お前ら、夜更かししても風邪は引くなよ! 愛してるぜ、ファッ【自主規制】マザーファッ【自主規制】!」


 佐々は道具を素早くバックに詰め込むと、右手で頭上高く中指を立てながら走っていった。







 



 

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