第6話 お泊まり会(前編)

 次の日、規律秩序委員会室にて。


「赤間さん。昨日、委員会を飛んだわね?」

「あー、ほんまや。それはごめん」


「許さない。罰として、ジャンパースカートを着ろ」

「なんでやねん! 代わりに今日からはちゃんと仕事するから、それでええやろ。ていうかお前と松永、あとは金髪がおれば十分ちゃうん?」


「何も分かってないわ、赤間さん。何も。余りにも無知。見損なったわ。規律秩序女子失格」

「ほんなら、喜んでこのダサいバッジを返すわ」


「そんなことしても良いの? 理事長権限であなただけ、時間割が毎日1コマ増えるけど」

「気ぃ触れてんちゃうん、お前…?」


「冗談はさて置き。聞いて、赤間さん。この前、屋上で飛び降りをしようとした子がいたでしょ」

「ああ、あいつ」


「本来、屋上へ通じる扉は閉まっていて、余程の要件がなければ開かれることはないの。けれども彼女曰く、扉は開いていた」

「警備のおっちゃんが閉め忘れてたんちゃうん?」


「いいえ。瑞稀にカメラの記録を確認してもらったけれど、きちんと警備の方が前の晩に施錠を確認している様子が映っていた。そうよね?」


「うっす」モニターに視線を置いたまま、瑞稀が答える。


「てか、ばっちし犯人写ってんすよ。事件が起こった日の朝、怪しい奴がやって来て、鍵をかけてる所がこれっす」


 奈緒、和歌、紫陽里は瑞稀の頭越しにモニターを覗き込んだ。黒く、長い髪を胸元まで垂らした女子生徒が映っている。


「写ってるなら、特定できんちゃうん?」

「それが出来ないんすよ。こんなな髪型の生徒は、今の学内に1人もいないんで、多分頭はカツラっす。顔はよく見えないし、姿勢とか歩き方も意図的に変えてるっぽいす。身長から判断すれば人数は絞れるっすけどね。けど時間もかかるし、どれか1人に限定ってのはちょっと」


「監視カメラって、他にないん?」

「もっち、学校中っす」


「もっち?」

「勿論、の意味」と紫陽里。


 瑞稀に戻る。


「で、他のカメラでもこいつを探したっすよ。そしたら、途中でトイレに入ってそれっきり。全然っ出てこない」

「トイレのカメラを観ればええやん」


「んなとこにカメラ置ける訳ないっしょ。赤間っちって、犯罪者予備軍すか?」


「紫陽里が念の為に確認に行ったけれど、当然、誰もいなかったわ」と和歌。


「窓から逃げたんちゃうん?」

「外のカメラも確認してもらったけど、何も写ってなかったわ。そもそも、3階から飛び降りるなんてナンセンスよ。赤間さんもナンセンスね」


「やかましいわ」

「今回の件は解決に時間が掛かりそう。本人の動機がどうあれ、取り返しのつかない事態になる恐れがあった。非常に悪質よ。委員会のリソースをこの件に割く必要がある以上、赤間さんの協力が絶対なの。分かった? ナンセンス赤間」


「いてもうたる!!!」


 暴れる奈緒を、紫陽里が押し留めた。落ち着き、息を整えた奈緒は、ある事を思い出す。


「ちょっと待て。この学校って、そこら中に監視カメラがあるんか?」

「そりゃあ、学校にはあるでしょ」と和歌。


「あるかい! あったとしても校門ぐらいや。この学校は、異常過ぎる」

「学校じゃなくて、私達が付けたの。大丈夫、私達の活動の為だけ。厳重なセキュリティを瑞稀が施しているし、誰にもバレはしないから」


「お、お前らマジもんの犯罪者ないか! ウチが通報したら、お前らホンマに人生終わりやぞ!」

「あなたのお父さんとお母さん──」


「クソが!」


 奈緒は怒鳴りながら頭を抱え、鎖に繋がれた犬のように部屋を歩き回る。


「終わった、ウチの人生。ああ、クソクソ。こんなとこに転校したせいや。何やっとんねん、オトン! 全部オトンの転勤のせいや。学校を選んだオカンも同罪や。なーにが『可愛い制服』や。てめぇで勝手に着やがれや!」


「赤間っち、落ち着いてっす。大丈夫、うちのP C部はヘボなんで」と瑞稀。


「ウチは倫理の問題をしてるんや!」


「あっ、まさか!」奈緒は突然あんぐりと口を開けると、和歌を指差す。


「昨日のアレも、撮ってたんやな?」

「アレって?」と和歌。


「アレやアレ! 吉野さん!」

「ええ。ばっち」


「お前ら観てたんなら助けろや! 吉野さん、アホどもに絡まれてたんやぞ!」


(怒る所は自分が盗撮されていたことではなく、そこなのか)


 奈緒以外の3人は、皆心の中でそう思った。


「すぐに行こうとしたわ。けど、こっちが行く前に赤間さんがどんどん行っちゃうんだもの。素晴らしい働きだったわ。でも、その後がダメ」

「ダメって、何が?」


「決まってるでしょ。助けた相手の弱みに付け込んで一緒に帰らせるなんて、規律秩序委員会に相応しくない」

「は?」


「その通り、赤間さん」紫陽里が割って入る。


「途中までは満点だった。けど、最後がよくない。委員会の活動に私情を持ち込むはダメだよ」

「ウチの勝手やろがい!」


「確かに。でも赤間さんまず、委員会のチームフィロソフィーを身につけなきゃ。集団で行動する以上、気持ちを一つにするのは重要なこと。学校生活だけならず、社会に出てからも必要な心構えだから」

「おっさんみたいな口ぶりや。年なんぼやねん…」


「17」

「せ、先輩!?」


「リボンの色見りゃわかるっしょ」呆れたように、瑞稀が答える。


「学年のことはどうでもいい。それより本題だけど、赤間さんはこの学校に入学した時のオリエンテーションをまだ受けていないよね?」

「そ、そりゃあそうやん。あ、いや。そうです。二学期からやねんから…です」


「今まで通りタメ口でいいから。赤間さんに我々のチームフィロソフィーを理解してもらう為に、改めて委員会でそのオリエンテーションを行おうと思う。一晩、学校に泊まり、互いの親交を深める。要するに、お泊まり会だな」


 一瞬の沈黙があって、


「は?」


     ◇


 また次の日。


 奈緒の机の横に置かれたダッフルバッグを見ながら、吉野が言った。


「あ、赤間さん。それは何?」

「うっとい話やねん」


「う、うっとい?」

「鬱陶しい、や。吉野さん、この学校に入る時、なんか一晩泊まったんやって?」


「う、うん。オリエンテーションで、お互いに打ち解けるためにって。私は、誰も友達は出来なかったけど…」


「そんなもんや!」奈緒は腕を組むと、椅子に深く座る。


「無理やりその場で作れって言われても、そんな簡単に出来るかいや。友達なんて自然に出来るもんやし、そもそもこっちで選ばせろちゅう話やねん」


 吉野は深い森のような前髪の隙間から、奈緒の事をジッと見つめた。


「そ、そうだよね」

「ちな、そのお泊まり会って何するん?」


「えっと、お互いに自己紹介をしたり、学校の中を案内してもらったり、球技大会をして、後は食堂でご飯を食べて、お風呂に入って、10人ぐらいの1部屋で寝たよ」

「ダルそうやなぁ…」


「それで、そのオリエンテーションがどうかしたの?」

「委員会でそれをさせられんねん。ほんまだるい。今日は一緒に帰られへん。ごめんな」


「う、うん。気にしないで」

「せや。それと、吉野さん」


「なに?」

「学校の中でも気ぃつけや。周りに誰もいないからって、ちょけたダンスとかしたあかんで? 誰が見てるか分からんからな」


    ◇


 各委員会には、それぞれ2つ部屋があてがわれる。


 1つは応接間兼執務室。もう1つは多目的用で、殆どの委員会が倉庫兼会議室として使っていた。


 紫陽里は執務室内にある、多目的室へと続くドアを開けると、中に奈緒を招き入れた。


「好きな布団を使ってね」


 部屋の真ん中、川の字に並ぶ布団を指差しながら紫陽里が言った。


「寝る気満々の部屋やな。他の委員会もこんな感じなん?」

「多分ここだけじゃないかな。普段から和歌が使ってる分掃除もやってるから、心配しないで使って。で、どれが良い?」


「ほな、一番右端かな」

「どうぞ。ちなみになんで?」


「左端は一番窓に近いから、夜は涼しいやろ? せやったらそこは他の奴に譲るわ。ウチは別に暑がりでもないし」

「おお…」


「何がおおやねん!」


    ◇


 放課後の空き教室に、和歌の若い声が響き渡る。


 奈緒のための特別オリエンテーションは、委員長特製パワーポイントを使った講習会によって始まった。


 表題は『よゐこのきりつとちつじょ』


「私達が述べる所の規律と秩序とは、人々をルールで縛り、表面上の平穏を作り出すものではありません。レジュメ113頁をご覧下さい」

「資料が多すぎねん、ボケ!!!」


 バサバサとレジュメの束を頭上で振りながら、奈緒が叫ぶ。


「そこ、静かに。もう一度うるさくしたら、退出してもらいます」

「望むところや!」


「貴方のお父お母──」


「クソが!」浮かせた尻を、奈緒は勢い良く椅子に戻す。


「113頁では、当委員会と生徒会及び風紀委員会との比較を、分かりやすく図にしてあります。当委員会とその他組織の違いとはずばり、依って立つモノの違いです。生徒会や風紀委員会が、一度作られたルールを守らせることに猛進する一方で、私達は決められたルールを持ちません」

「ほな、どこが規律とちつつやねん」


「ち・つ・じ・ょ」

「どっちでもええ!」


「では当委員会が定義する規律と秩序とは何なのか? 私達にとっての規律と秩序とは、生徒達が自由に楽しく暮らせる場、皆が暗黙の内にリスペクトし合える場が作られ、守られている状況のことです。つまりは、生徒達自身がその空間を作り、保持するという意識にある状態を維持し、また促進させるのが、私達の任務です。ここまで、分かりましたか?」


「モミモミ。赤間っち、ショートしちゃったっすよ」と瑞稀。


 奈緒は腕を組み、プロジェクターが黒板に映したパワーポイントを凝視したまま固まっている。


「あらら」


 和歌は奈緒の傍に駆け寄ると、相手の顔の前でパチンと指を鳴らした。


「な、なんや。ここはどこや!」

「赤間さん、答えて。困っている生徒がいたら、あなたは助ける?」


「は? まあ、ウチの力でなんとかなるならな」

「じゃあ、校則を破っている生徒がいたら?」


「そりゃあ、注意せなあかんやろ」

「でも、校則を破る事になにかしらの理由があるとしたら?」


「理由? イキってるからやろ。理由にならへんわ」

「髪を染めたり、スカートを短くしたり、爪の色を変えたり、教師に反抗してみたり、授業中にスマホをいじってみたり、他人を馬鹿にしてみたり、叩いたり、飲酒をしたり、タバコをしたり、もっと危ないことをしたり。それをする事で初めて、自分が救われるとしたら?」


「…」

「別に、好きにすればいい。何をしようと人の勝手だもの。産んでくれと頼んだ訳でもない。でもそれが、その子の信号だったら? 『自分はここにいる。生きている。まだ死んでない』って」


「ああ、なるほど…」

「他人に迷惑をかけない限り、殆どの校則なんて守る必要はない。だって、理不尽なことが多すぎるんだもの。校則を守らせた所で、人間は守れない。だから私達が問題にするのは行為自体じゃなくて、もっと深い所にあるもの。暴れたければ、暴れれば良い。でもそれが学内の誰かを傷つけるようなら、それは見過ごせない。それに、傷つくのは他人だけじゃない。なにかを素手で殴れば、殴った手も痛いわ。そうでしょう?」


「それで、規律と何たらを守る必要があるって訳か」


 和歌は眼を細めて、相手の顔を見た。


「そういうこと。ではレジュメの114頁をご覧下さい。何件か、当委員会の活動実績を紹介致します。まずはこちら。女子生徒Dは空腹の余り早弁をしてしまい──」


「まだ続くんかい!!!」



 


 










 






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