第4話 ようこそ、委員会へ(後編)

「赤間さん、これを」


 紫陽里は奈緒に、小さな硬貨程の丸いバッジを手渡した。


「委員会のバッジ。すぐ目につくなら、好きな所に付けていいから」

「こういうんって、腕章じゃないん?」


「腕章なんて、生徒会みたいなことする訳ないでしょ? 『自分は馬鹿です』って書かれた、プラカードをずっと持ってるようなものよ」


「ふん」と和歌は鼻を鳴らす。


「口わっる…。ウチが言えた義理じゃないが」

「それより赤間さん。私、昨日貴方にジャンパースカートを着るよう言ったわよね?」


「言われたけど、別に強制ちゃうやん」

「でも今日もインナーが透けてる。刺激が強すぎるわ」


「てめぇが見んかったら済む話やろがい!」

「そんな口聞いてもいいの? あなたのお母さんが通うバレークラブが練習場所を失うわよ。後、お父さんのお仕事も」


「そんな軽々しく人を脅すな! に、似合わへんねんからしゃーないやん…」

「着てみないと分からないわ。いい、明日からちゃんと着てきてね? じゃないと、お母さんの練習場所がパーよ」


「オトンを忘れんな!」


 奈緒が嫌々ながらもバッジを襟元につけると、委員会の面々が少女の前に並んだ。


「改めて、私達の委員会へようこそ。赤間さん」と紫陽里。


「仕方なく、や。いつお前らの手を噛むか分からへんで」

「それは楽しみだね。私が副委員長の松永紫陽里。よろしく」


「へいへい」

「それでこっちが──」


「書記の泊瑞稀っす。すっす」

「ほいほい」


 奈緒は泊の、肩の位置で毛先を切り揃えている髪を凝視する。(まっ金金やん…)


「これは、ええん?」


 奈緒は泊の頭を指差しつつ、和歌の方を向く。


「瑞稀は特別」

「特別ぅ?」


「PC弄りが大好きなの、この子。歳の上では私達と同じだけれど、ここじゃ学ぶことがないから、普段は好き勝手に大学の講義を受けに行ってるわ」

「そんな奴がなんでこんな所におんねん」


「学内システムに無断で入り込んで、好き放題やったの。それで退学処分になりかけた所を、理事長権限で不問にし、委員会に引き抜いたってわけ。3年間、委員会のシステム担当をやるって条件付きで」

「なんなん、お前ら。犯罪でも起こす気なんか?」


「犯罪って、ウフフ」

「なにがおもろいねん」


「瑞稀の仕事については追々話すとして、私が何を隠そうこの委員会の長。会社なら社長。軍隊なら元帥。国家なら皇帝の、籾木もみき和歌。よろしく、赤間さん」


 そう言って、和歌は片手を奈緒に差し出した。奈緒は和歌の手と、顔とを見比べる。


 (ガワはええねんけどなぁ…)


 奈緒は渋々、真っ白だが暖かな手を握り返した。


    ◇


 翌日の放課後。


「あなた、真面目にやる気があるの?」


 校内を案内する傍ら、歩きながら奈緒に委員会活動について説明をしていた和歌が言った。


「ジャンパースカートを着ろとあれだけ言ったのに」

「あんな、ウチも馬鹿やないねん。お前、自分の趣味でウチに着させようとしてるんちゃうか?」


「部室棟を過ぎると、ほら、各種運動部のコートがいっぱい」

「話逸らすなや!」


 紫陽里曰く、この学校には約2000人の生徒がおり、部活数は50を軽く越えるという。


(そんだけの人間と部屋があるんやから、ウチが迷うのも無理はない)


 奈緒はそうやって、自分を慰めた。


 奈緒と紫陽里を引き連れた和歌が歩くと、まるで預言者を前にした海のように、他の生徒達は自発的に道を作った。


「ねえ、例のアレだよ」

「ほんとだ。うわぁ…」


「『赤鬼』もいる」

「ほんとだ。うわぁ…」


「あっ、松永先輩!」

「ほんとだ。うわぁ…!」


 道を作った生徒達が、口々に言う。


「なあ、籾木」奈緒は和歌に耳打ちをした。


「なんかめっちゃ避けられてへん?」

「赤間さん、誰か殴った?」


「いや、どちらか言うとお前の方やと思うけど。ていうか、ウチは誰も殴ってない!」


「これには訳があるんだ」と紫陽里。


「私達の委員会は、今年の4月に出来たばかり。それでその時、全学年を対象に個別面談を行なった。学校生活は楽しいか、何か悩みはないか、変な恋人はいないか、犯罪に巻き込まれていないか…」

「全学年って、2000人?」


「うん」

「めっっっちゃアホやん!」


「アホではないけど、確かに時間はかかった。和歌は一ヶ月半かけてそれをやり遂げた後、疲労の余り3日も学校を休んでしまった」

「やっぱアホやんけ」


「お人好しという点では、そうかもしれない」

「全然認めへんな…」


「だがおかけで、何人かの生徒が抱えている問題を見つけ、それを解決することが出来た。それが私達の誇り」

「じゃあ、何で避けられてんねん」


「余りにしつこく身の回りのことを聞いたから、殆どの生徒に嫌がられてしまった。ただそれだけの事だよ」

「なにがそれだけの事やねん。一番大事やろ。嫌われたら元もこうもないやろが」


「良いのよ、嫌われても」和歌が続ける。


「嫌っていても、私達の存在を知ってくれていればそれで良い。私達の存在が鬱陶しくて、距離を置きたいという事は、素晴らしいこと。だって、私達の助けが必要ないという事だから。全ての生徒達に好かれる存在になろうとは思わない。ただ、本当に助けを必要としている子がいた時、それを拒むことは絶対したくない。というだけ」


 そう言いながら和歌は周りの生徒達に微笑みかけ、手を振る。


「良薬は口に苦し、ってね」

「は?」


「は?」

「お前が言ったんやろがい!」


「活動内容についてだけど」紫陽里に戻る。


「今日みたいに見回りをすることは殆どない。周りに煙たがられるだけだから」

「自覚はあるんやな」


「助けを求めている本人や周りの人から直接相談を受けて動くのが主だね。自分で言うのもなんだけど、のんびりした委員会だよ。今の所は」


 そうして校内を歩いている時、不意に和歌が足を止めた。和歌は胸ポケットから振動するスマホを取り出し、電話に出る。


 応答している少女の眉間の皺が、瞬く間に深くなっていく。


「分かったわ、瑞稀。紫陽里、おぶって!」


 スマホを仕舞った和歌がそう言うと、紫陽里は彼女の傍に寄り、地面に片膝を付いた。小慣れた動作で、和歌は副委員長の背中にしがみつく。


「B棟の屋上、急いで!」


 紫陽里は頷き、勢い良く立ち上がると、和歌を背負ったまま走り去って行く。


 奈緒は何も分からないまま、2人の背中を追った。


    ◇


 奈緒が屋上に着いた時、既に和歌は紫陽里の背中を離れ、1人屋上の落下防止柵に向かって歩いていた。


 柵の向こうには、生徒が1人。


(嘘やん!)奈緒は思う。(こんな、漫画やアニメみたいなことってあるん…?)


「こっち来ないで!」向こう側にいる少女が叫んだ。


「それ以上来たら、本当に飛び降りる!」


「落ち着いて」和歌が答える。


「そこは洒落にならないわ。手を貸してあげるから、こっちに来てちょうだい。ね?」


「うっさい! こっちは死ぬっつってんだよ!」

「ダメよ、死んだら。凄く痛いもの」


「別に構わない。一瞬だから!」

「何か話したいことがあるんでしょ? 分かったわ、そこでも良いから話してみて」


「うっさい。あたしのことなんにも知らない癖に!」

「だったら教えて、あなたのこと」


「うっさい! す、好きピが知りもしないどこかの女と結婚する辛さなんて、あんたにはわかんないでしょーが!」


「しょーもな! そんなんで死ぬとかアホちゃ──」


 奈緒の大きな口を、傍にいた紫陽里が手で塞いだ。「静かに。ここは和歌に任せて」


 和歌と死にたがりの少女に戻って、


「ああ、それは辛い…」

「嘘つけ! どうでもいいって思ってんでしょ?」


「どうして? 自分の好きな人が、自分以外の誰かと結ばれるんでしょう? そんなの、考えただけで辛いわ。違う?」

「そうだよ!」


「それなら柵を越えた理由も分かる。最愛の人が遠くに行ってしまう世界なんて、生きていても仕方がない。分かるわ。あと一歩足を踏み出せば、一瞬の苦痛と引き換えに、永遠の平穏を得ることが出来る」

「そ、そうだよ」


「そうして自分だけがいない世界で、最愛の人は他の誰かと楽しく暮らすの。1人の人間が、地上から永遠に消えたことも知らないで。でも、それがハッピーエンドなのかも」


 相手は柵を両手で掴み、何も言わずに下を向いた。


「1年F組の迫水さんね。ということは、15歳か、私とおんなじ16歳。80歳まで生きるとしても、後65年ぐらい。それだけの時間があれば、好きピッピに復讐することも出来る」


 向こうが黙っているので、和歌は続ける。


「いつかピッピが老いて見る影も無くなった時、その時幸せなのはあなたの方かもしれない。でも確証は無いし、あなたがもうどうしようもなく疲れているなら、この提案は全て水の泡。ふわふわね」


(ピッピピッピうっさいわ)奈緒は心の中でツッコんだ。


 和歌は素早く生徒に近づくと、柵越しに彼女の手を掴む。


「あなたの好きな人は、あなたの愛がなくても生きていけるのかもしれない。でもあなたがいなくなったら、あなたの愛を必要としている人はどうすれば良いの?」

「そんなの知らない、関係ない! 私の自由じゃん! 私に、他人の気持ちなんか押し付けんな!!!」


「そうよ、あなたは自由なの。あなたは、自分が決めたルールだって破ることが出来るんだから」


 数分後、迫水は奈緒と紫陽里の手を借りて再び柵を越えた。


「ごめんなさい」


 そう言って、少女は助けに来た3人に向かって頭を下げた。


「バカだって分かってたんだ。偶然屋上の扉が開いてたから、なんにも考えずに柵を越えちゃった。ホントは死ぬ気なんてなかったけど、自分1人じゃ帰れなかったし、大声で助けを呼ぶ羽目になって、死ぬほど恥ずい思いをしたかも」


「良いのよ」と和歌。


「あんたら、規律なんとかかんとかでしょ」

「規律秩序委員会。私達は、いつでもあなたの味方よ」


「キモっ。でも、ありがと。ちゃんと仕事をしてる委員会って、初めて見た」

「良かったら、あなたも入らない? 手続きならこちらでやるから」


「嫌。あんたらの仲間だってバレたら、友達いなくなっちゃうじゃん。助けてもらって何様って感じだけど…」

「良いのよ。あなたが生きているならそれで」


    ◇


 生徒が去って、奈緒は和歌の方を振り返った。


「イヒヒ」

「何がおかしいの?」


「おかしいやろ。命を救った相手に、キモがられるなんて」

「生きていればそんな事もあるわ」


「まあな」

「不謹慎だけど、丁度良い機会だった。私たちの活動内容が、これでなんとなく分かったでしょう?」


「あれ、サクラとかじゃないんか?」

「後で本人に聞いたらどう?」


「うそうそ。こればっかりは信じたるわ」

「ありがとう、赤間さん」


 自分が和歌に向かって笑顔を見せていることに、奈緒は気づいていない。


 和歌はそれを見て一瞬大きく眼を見開いた後、嬉しそうに、相手と同じような微笑みを返した。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る