第20話 いじめっ子な元カノ返り討ちに遭ってザマァ(工藤天菜視点)
「し、獅子真……そうか。野々原にしては大胆なことすると思ってた。全部あんたがお膳立てしてたってわけね」
迂闊だった。野々原がわたしらの隠し撮り動画なんかを見せてきた時点で気付けたはず。
頭に血が上って冷静さを欠いていたと、わたしは心の中で舌を打つ。
「ああ。さてこの動画どうしようかね? 教師に……いや警察か。これは傷害事件だし当然だよなぁ?」
「け、警察っ!?」
叫んだのは光里だ。
「ちょ、ちょっとふざけてただけじゃんっ! 警察とか大袈裟……」
「黙れ乳無しハゲ」
「ち、乳無しハゲ……」
「この動画の映像がただふざけてただけかどうは警察が判断するんだよ。加害者のてめえが判断することじゃねぇ」
「け、けど……警察なんて……」
光里が頭を抱えて蹲る。
光里はふざけていただけと言ったが、これはどう見ても傷害事件の証拠動画だ。動画を教師に渡すならたぶん学校がもみ消しただろう。しかし警察に持って行かれれば退学になるかもしれなかった。
「てめえが蛭田って奴か?」
「そ、そうだけど……」
それを聞いた獅子真がポケットからバリカンを取り出す。
「えっ? なに? いやちょ……いたっ!?」
押さえつけられた光里の頭を獅子真がバリカンでめちゃくちゃに刈る。
「いやあああっ! ちょ、なにすんのーっ!!?」
「うるせえっ! てめえ前に野々原さんの髪を切ったんだろっ! てめえの髪も切ってやんだよっ!」
「やああああっ!!!」
嫌がり叫ぶ光里。
そして獅子真の手が止まると、光里の頭は落ち武者のようになっていた。
「ひ……ひどいぃ……こんなんじゃ男が寄って来ないじゃん……」
「自業自得だ胸無しハゲ女」
「うう……っ」
バリカンで髪を刈られて意気消沈した様子の光里は、地面に両手をついて切られ落ちた髪を見つめていた。
「てめえ調子に乗りやがって……」
そのとき今まで黙っていた葉瑠斗が声を上げて獅子真に殴りかかる。
「動画のデータ寄こしやがれこのチビ助……おごぉっ!?」
殴りかかった葉瑠斗の腹に獅子真の蹴りが抉り込む。そのまま蹲った葉瑠斗は、呻きながら悶えていた。
「チンピラ風情がイキってんじゃねーぞコラ。あ?」
……この女は異常に喧嘩が強い。
動画データを奪い取るのは不可能だろう。
「ど、どうしたらいいの?」
獅子真に屈するなど屈辱以外のなにものでもない。しかし今はあの動画データをなんとかすることを最優先で考えなければならなかった。
「あん? なにが?」
「どうしたらその動画のデータを渡してくれるのか聞いてんのっ!」
「馬鹿かてめえ? 渡すわけねーだろ」
「じゃあマジで警察に……」
「てめえさあ、自分が助かる方法を考えるより、まず野々原さんに頭下げんのが筋ってもんじゃねーのかよ?」
「えっ? あ、頭下げれば……」
野々原に頭など下げたくない。しかしそれだけでなんとかなるなら……。
「がっ!?」
近づいてきた獅子真に頭を掴まれ地面すれすれまで頭を下げられる。
「それで動画データを消してもらえるなら喜んで頭を下げるか? ちげーだろ! 頭下げて謝罪するのは当然なんだよ! 動画データ云々は関係ねーっ!」
「う、ぐうう……っ」
ならば頭など下げるものか。
しかし頭を上げようとしても、ものすごい力で押さえつけられてピクリとも動かなかった。
「……ふん。謝る気はねーようだな。どうする野々原さん? 今から警察に行って被害を訴える? 野々原さんのことだし、こいつらの処分は任せるよ」
「えっ? あ……わたしはその……久我島君」
「野々原さんのしたいようにすればいいよ」
「うん……」
野々原がわたしの前に来て見下ろしてくる。
「工藤たちのことは許せない。けど、もうなにもしてこないって約束するなら、警察に訴えるのはやめてあげてもいいよ」
「うう……」
「やさしいねぇ、野々原さんは。このクズ女とは大違いだ」
と、髪の毛を引っ張られて顔を上げさせられる。
「それでどうすんだよ? 約束できんのか? あ?」
「わ……わかった。約束する」
そう言うしかない。選択肢などなかった。
「てめえらも約束できんのか? ああおい乳無しハゲ?」
「わ、わかった約束するよっ! だから警察は勘弁してっ!」
「てめえはどうなんだ? おいクソチンピラ?」
「……」
「どうなんだって聞いてんだよっ!」
「ごはっ! わ、わかった……」
蹲った状態で獅子真に腹を蹴り上げられた葉瑠斗が呻くような声で答えた。
「わ、わたしら野々原には手を出さないって約束するからさ。その動画は消してくれるんだよね?」
「消さねーよ。これはおにいとあたしと野々原さんで持っとく。もしもてめえらが野々原さんになにかしたらすぐにこれを警察に持ってく。ついでにてめえらが盛ってる交尾動画もネットに流してやるからな」
「そ、それは……」
「嫌とは言わせねーよ。嫌なら今すぐこれを警察に持って行くぞ」
「……」
この場での優位は獅子真にある。文句を言うことはできなかった。
……
…………
……………………
「クソクソクソクソクソっ!!!」
その日の下校後、あたしは光里と葉瑠斗ととも竜青団のたまり場である廃工場へと来ていた。
怒りの収まらないあたしはたまり場にある空のドラム缶を蹴飛ばす。
「獅子真のクソがっ! あいつ絶対に殺してやるっ!」
野々原を使ったのが失敗だった。とんだ返り討ちだ。
「クソがっ!」
蹴り上がったドラム缶が空中を飛んで地面へと落ちる。
蹴り過ぎてドラム缶はボコボコだ。しかしそれでもわたしの怒りは収まらない。
「ちょ、ちょっと落ち着きなよあまちゃん。ムカつくのはわかるけどさー」
デコハゲから落ち武者ハゲにされた光里は、頭に布を巻いた状態で声をかけてくる。
「ああ? わたしはまだあんたのこと許してないんだけど? ドラム缶の代わりにあんたを蹴ってやろうか?」
「い、いいやその……ごめん」
「ふん」
光里や葉瑠斗に対する怒りはある。しかし今は獅子真に対する怒りが強過ぎてどうでもよくなっていた。
「クソ、なんとかあの女を潰せないかな……」
「やめとけよ。厄介な動画を撮られてるんだ。なんかしたら警察沙汰にされて退学どころか下手したらムショ行きだぜ?」
まるで牙を抜かれた獣のような表情で葉瑠斗が言う。
「あの動画が警察に持って行かれることはないよ」
「えっ? どうしてだ?」
「考えてもみなよ。野々原のせいでわたしらが退学になったらあんたどうする?」
「野々原をボコすかな。ムショ行きにされそうになったら竜青団に頼んでボコしてもらう」
「そうでしょ? だからそうならないために、あの動画でわたしらを退学にさせるなんてことはしないんだよ」
「本当にそこまで考えてるか?」
「獅子真が野々原にそう入れ知恵してるはずだよ。だから野々原は動画を使ってわたしらを退学にさせるとは言わなかった」
あの動画はわたしらを退学にさせるため撮ったものじゃない。野々原へ手を出させないため、わたしらの動きを封じる首輪として撮ったのだ。
「けどあたしらがヤってる動画も撮られてるし……」
「わたしら未成年だよ? あんなのネットに流したら流したほうもヤバいっての」
「そ、そういえばそうか」
とはいえ野々原に手を出せばあの女はネットに流しかねない。
「ほんとムカつく……っ」
法が許すならあのクソ女を殺してやりたいくらいだった。
「おう天菜、そんなにそいつムカつくのか?」
「そうだよ」
イスにふんぞり返って声をかけてきた身体のでかい筋肉質な男。竜青団のリーダーである
「へっへ、だったらよぉ。お前がヤラせてくれたら俺らがその女をボコしてやってもいいぜ」
「……」
こいつは見た目通り喧嘩が強い。今は半グレなんかになっているが、かつてはボクシングで新人王になったほどの腕っぷしだ。こいつに加えて半グレの仲間が襲えば、いくらあいつでも勝てはしないだろう。
「あたしはダメ。けど、その女だったらいいよ。顔と身体だけは良い女だから」
「女なんて顔と身体が良ければ100点満点じゃねーか。まあお前を抱けねーのは残念だけどよ、その女にも興味があるぜ」
いやらしそうな顔で牙斗は舌なめずりする。
あの動画は野々原に手を出さない限り使われることは無い。わたしがこいつに頼んで獅子真をボコしてもらっても、あの動画を出されて退学にされるなんてことはないだろう。
「けど気をつけなよ。ただの女じゃない。たいした腕っぷしだよ」
「誰に言ってんだよ」
立ち上がった牙斗がドラム缶へ近づく。そして……
ゴンっ! ガンっ!
牙斗に殴られたドラム缶は吹っ飛び、壁にぶつかって落ちる。ベコっと激しく凹んだドラム缶が、ゴロンと壁際を転がった。
「わからせてやるよ。その女に自分が女だってことをよぉ」
そう言ってボキボキと指を鳴らす牙斗。
そんな牙斗とわたしの会話を聞いていた光里と葉瑠斗は顔を青くしていた。
「わ、わたしはパスっ! 獅子真に関わったら今度はなにされるかわかんないしっ」
「あ、あたしもパスするわ。あの女とはもう関わりたくない」
「好きにしなよ」
吐き捨てるようにわたしは光里と葉瑠斗に言ってやる。
こんな奴らいたってどうせ役には立たない。
竜青団の連中だけで十分だろう。
遠くないうちにあの女の泣き顔が拝める。
それがわかったわたしの心からは少しずつ怒りから冷めていった。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
いじめっ子3人衆は撮られた動画によって縛られた状態になったので、もはや野々原さんには手を出せないでしょう。しかし兎極ちゃんへの攻撃は続けるようで、今度は半グレ連中をぶつけるみたいですが、はたして思惑通りにいくかどうか……。
☆、フォロー、応援をたくさんもらえて嬉しいです! ありがとうございます! やる気全開で執筆作業をがんばりますので、引き続きよろしくお願いいたします!
次回は五貴が半グレに襲われるが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます