第12話 おにいの元カノは嘘つき

 翌朝、天菜が登校して教室へ入って来ると騒ぎが起きた。


「工藤さんどうしたのそれっ!?」


 昨日に兎極の拳を顔面に食らったときの傷だろう。

 天菜は顔に包帯を巻いた状態で登校していた。


「あの……これは、ね……うう……」


 俺たちのほうをチラと見た天菜は、顔を両手で覆う。


「昨日、獅子真さんに……」

「えっ?」


 それを聞いた教室の全員が一斉にこちらを見る。


「呼び出されて……気に入らないからって……」

「なにそれひどいっ!」


 天菜の言葉を信じたクラスメイトたちが兎極に非難の視線を浴びせてきた。


「これいじめだろ?」

「いやこれはもう傷害事件だってっ!」

「かわいいと思ってたけど、やっぱり怖いな……」

「これだから不良は」

「先生に話したほうがいいよ」


 真実を知らないクラスメイトたちが口々に兎極を非難する。


 あいつ……。


 嘘を言って被害者を装う天菜を俺は睨む。


 顔を覆う両手の奥ではきっと笑っているのだろう。外見の美しさとは裏腹に、汚いことをする奴だ。


「ちっ、あいつ……」


 クラスメイトたちから睨まれた兎極は、居心地悪そうな表情で舌を打つ。


「もしかして工藤さんを脅して口止めしてたんじゃないの?」

「本当ひどい……」

「脅されてたのに工藤さんはよく話したよ。勇気ある」

「本当だったら工藤さんのほうが強いのに手を出さなかったんだね。偉いよ」


 脅していたということになってしまい、ますます怒号が飛び交う。


「み、みんな待って。違うんだよ」


 俺が止めるもみんなは聞かない。


「謝れよっ!」

「そうだっ!」


 理不尽な理由でに殴りかかった天菜を兎極は殴り返しただけだ。殴るために俺を呼び出した天菜がそもそも悪く、兎極が謝る理由などなにもないのに……。


「おい獅子真」


 と、そこへ幸隆が近付いて来る。


「昨日のことでムカついたのかもしれないけどよ。これはやり過ぎだぜ」

「……」

「っ! なんとか言えよっ!」


 幸隆の手が兎極へ伸びる。咄嗟に俺はその手を掴む。


「……離せよ。五貴」

「違うんだよ」

「違うってんなんだよっ! 現に天菜は怪我して……」

「もういいから」


 こちらへ来た天菜がそう声をかけてくる。


「全部わたしが悪いの。獅子真さんを怒らせちゃったから……」

「そんなことないってっ!」

「悪いのは獅子真だよっ!」

「それはわかってる。けど獅子真さんはまだ気持ちが幼いんだよ。だから気に入らないことがあると暴力で憂さを晴らしちゃうの。わたしが大人になって許してあげれば済むことだから」


 暴力で憂さ晴らしをしているのはお前だろう。


 よくもこんな嘘八百がペラペラと口から吐き出てくるものである。


「工藤さんそれはやさし過ぎだよ」

「そうだよ。ここはちゃんと先生に言ってさ……」

「ううん。獅子真さんみたいに身勝手で幼稚な人は、大人が寛大になって……」


『五貴、また恋人になってあげるから戻って来なさい』


 不意に発せられた天菜の声にクラスのみんながざわつく。


「えっ? ちょ……っ」


『嬉しいでしょ? あんたみたいな普通でつまらない男の彼女に戻ってあげるんだから』


「な、なにこれ? どこから……あっ!」


 音声は俺のスマホから流れている。


 天菜の性格を考え、こんなこともあろうかと昨日のやり取りをスマホでこっそり録音しておいたのだ。


『あんたはわたしのとこへ戻って来る。これは決まったことなの。あんた程度がわたしの言うことを拒否とかありえないからさ』


「なにこれなんの話?」

「五貴って……あ、久我島君のこと? じゃあ幸隆って難波君のことかな? えっ? じゃあ工藤さんは二股かけようとしてたってこと?」

「ちょっとやめてよっ!」


 スマホに伸びる天菜の手をかわして音声を流し続ける。


『なあ、てめえおにいを殴るために呼んだんだってな?』

『ああ。わたしの犬に戻してやるついでに、憂さばらしをしようと思ってね。だからあんたはもう帰っていいよ。あんたに用はないから』


「ええ……なんか工藤さんひどくない」

「犬って……」

「こ、これは……ち、違くて……幸隆っ! あのスマホなんとかしてよっ!」

「いや、と言うかお前、二股かけようとしてたのかよ?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ……てかあんただって他の女のと遊んでるんでしょっ! 知ってんだからねっ!」

「そ、それは……」


『てめえがどれくらいおにいを殴ってきたのかは知らねーけどよぉ。とりあえず1発は返させてもらうぜ』

『えっ? ちょ……』


 そして音声は天菜が殴られたあとへと続く。


「あ、これで工藤さんは怪我したんだ」

「なんか話と違くない?」

「先に殴ろうと手を出したの工藤さんだし、理不尽に殴られたわけじゃないじゃん。嘘吐いて被害者ぶってたってこと?」

「ええ……」

「と言うか、空手の全国大会優勝者なのに素人を平気で殴ろうとするとかやばいだろ……」

「ち、違うっ! わたしは……」


 そのとき始業のチャイムが鳴り、皆は天菜に冷ややかな視線を向けつつ自分の席へと戻っていく。

 天菜だけはその場に立ち尽くすも、やがて席へと戻って座る。戻る際に一瞬だけこちらを見た視線からは激しい怒りを感じた。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 天菜の下衆な思惑は五貴の機転で看破できましたね。性格をよく知っているので、どんな行動を取るかはバレバレのようです。


 ☆、フォローをいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回は兎極ちゃんからデートのお誘い。


 

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