第9話 おにいとおうちで2人きり
怒り顔だった天菜とは対照的に、嬉しそうな表情の兎極とともに校舎を出る。
「天菜の母親が愛人作って蒸発なんて話、どこで知ったんだ?」
ついこのあいだまで一応は付き合っていた俺でも知らなかったことを、兎極がどこで知ったのか疑問であった。
「ああうん。パパに頼んで調べてもらったの」
「パパに?」
パパとは俺の父親のことではない。兎極の実の父親のことだ。
「おにいがあの女からひどい目に遭わされたって聞いたからさ。ちょっといじめてやろうと思ってあの女の秘密をパパに探ってもらったんだ」
「へ、へえ……」
今は離れて暮らしている兎極のパパは、子供のころにウクライナから日本へやって来て、のちに15歳下である兎極のママと結婚をした。しかしヤクザだったことを黙っていたらしく、それが原因で離婚になったとか……。
つまりパパに頼んだとは、反社会的な力を使ったのだろうと俺は推察した。
「パパってわたしのこと大好きだからなんでもしてくれちゃうの。おにいが望むならあの女を海外に売り飛ばしてもらっても……」
「い、いいいや、そこまではしなくていいからっ。本当にっ」
天菜に怒る気持ちはあるが、さすがにそこまでしたいほどではない。
「そう? おにいはやさしいね。まあ、おにいとわたしが仲良くしてるのを見せつけるだけでだいぶイラつかせることはできるし、それでもいいかな」
「俺と兎極が仲良くするとイラつくって……どうして?」
天菜は俺をフッた。もうなんとも思っていないはずだが。
「ああいうクソ女はさ、フッた男がいつまでも自分に未練を持っていないと不愉快なんだよ。だからおにいがわたしと恋人みたいに仲良くしてて気にらないから、ああやってクソうざく絡んできたってわけ」
「なるほど」
確かにそんな理由でもない限り、わざわざあんな風に絡んできたりはしないか。
「まあ、あいつのあの様子じゃまたなんかしてくるだろうね。そうしたら今度はもっときつくわからせてやろうかな。二度と絡んでこないように」
「きつくって?」
「言葉通り」
「こ、言葉通り、ね……」
ヤクザな父親の血が濃ゆいのか、やると決めたら本当に徹底的だ。藤岡みたいな底なし馬鹿でない限り、1度でも兎極と喧嘩をしたら2度と逆らう奴はいない。1度の喧嘩で恐怖を叩き込んで復讐する気など起きないほどにわからせてしまう。まさに暴力屋さんのやり方である。
「あの女の話はもういいよ。早くおにいの家行って勉強しよ」
「うん」
腕を引かれて校門を出る。
そのまま寄り道もせず俺の家へと向かった。
やがて俺の家へと着き、
「前に来たのは1年くらい前だったかなー? 半年前に会ったときはわたしの家でだったもんねー」
中に入った兎極が家の中を見回す。
「わたしの部屋ってまだそのままなの?」
「うん。そのまま」
俺の父と兎極のママが離婚したのはほんの些細な理由でだ。
兎極のママはわからないが、父さんはまだ未練があったらしい。
「そっか……」
微笑みながら兎極は自分の部屋がある2階を見上げる。
「じゃあ帰って来ちゃおっかな」
「そ、そういうわけにはいかないだろ。今は他人なんだし」
「まあそうだよね。と言うか、ママが悪いんだよ。転勤するからお父さんにもついて来てほしいってさ。無理に決まってるのに」
「そうだな」
父さんも兎極の母親も刑事だ。兎極の母さんは所謂キャリア警官で、俺たちが小学生のときに遠くの県警へ転勤することになった。父さんに警察を辞めてついて来てほしいと頼んだみたいなんだが、それを断ったことで言い争いになってそのまま勢いで離婚してしまった感じだ。
「でもママは後悔してるみたい。やっぱり離婚しなきゃよかったかなって」
「ああ、それは父さんもだよ」
「それじゃあまた結婚するかもね」
「かもね。そうなったらまた一緒に暮らせるな」
それは単純に嬉しいことだ。
「うん。けどもうひとつだけおにいとわたしが一緒に暮らす方法はあるよ」
「えっ?」
「おにいとわたしが結婚して夫婦になるとか」
「ふ、夫婦っ?」
確かにそうなれば家族だし一緒に暮らせるが……。
見上げてくる兎極を前に、俺はなんと言葉を返したらいいか迷ってしまう。
「あははっ、おにい顔真っ赤だよ? 照れちゃってかわいいの」
「か、からかうなよ」
「ごめんね。でも……」
と、兎極は俺の手を軽く握る。
「一緒に暮らせたらいいよね。本当に」
「そ、そうだね」
それは兄妹としてという意味か、それとも……。
「じゃあ、おにいの部屋行って勉強しよ」
「うん」
兎極と一緒に2階の自室へ行く。
そして明日に授業がある数学の教科書を開いて予習を始めるも、やっぱり高校のものは難しくてなかなか理解できなかった。
テーブルの向かいでは兎極も教科書を読んでいる。
真面目な表情も綺麗で、俺は見惚れてしまっていた。
「どうしたの? なんかじーっとわたしのこと見てるけど?」
「えっ? いやその……と、兎極はこれわかるのかなって」
「うん。まあまあね」
「そっか」
兎極は喧嘩も強いが頭も良い。
喧嘩最強と恐れられる一方で、学校の成績は良いので教師は困惑していた。
「兎極はすごいな。俺はわからないよ」
「じゃあわたしが教えてあげるね」
そう言って兎極は俺の隣へ来て肩を密着させる。
「んと、ここはね……」
隣から教科書を覗き込む兎極。
……すっごい良い匂い。
一緒にいてずっと感じてはいたが、密着すると女の子の甘い香りがより強く鼻孔を刺激して頭が蕩けそうになる。
子供のころはこんな女の子らしい匂いはしなかったと思う。今も喧嘩最強で男勝りだが、この甘い匂いを嗅ぐとやっぱり女の子なんだなと再認識できた。
「……だからこうなるの。わかった?」
「えっ? あ、いやその……」
「わからなかった? じゃあもう一度ね」
と、兎極はさらに身体を寄せてくる。
「ちょ……あ、当たってる……っ」
兎極の豊満な胸が腕を押していた。
「なにが?」
「なにがって……その……」
「また真っ赤になってる。ふふ、おにいったらかわいいんだから」
「うう……」
もしかしてわざとか? またからかわれている?
いたずらっぽくにやけて俺を見る兎極を横目に、俺の顔はますます熱くなっていく。
「おにいってさ……おっぱい好き?」
「ふぇっ?」
いきなりそんなことを聞かれた俺の口から変な声が出る。
「な、ななななにを急にそんなこと……っ」
「わたしっておっぱいでかいじゃん? 嫌いだったら嫌だなって思って……」
「き、嫌いじゃないよっ」
嫌いじゃない。おっぱいが嫌いな男なんていない。……と思う。
「じゃあ好きなんだ?」
「えっ? えーっと……」
「よかったっ」
「わおっ!?」
いきなり兎極に抱きつかれてまたまた変な声が飛び出てしまう。
柔らかく大きな胸に押された俺は、顔どころか全身が熱くなる。
「と、とと兎極っ、もう思いっきり当たってるからっ」
「ふふ、なにが?」
「あの、その……だから、お、大きいのがっ」
身体は小さいのに胸は大きい。
かわいらしい少女の中に、成熟した大人があるような魅惑的な身体であった。
「大きいのって?」
「そ、それは……お、おお……」
言おうとしたそのとき、俺のスマホが鳴る。
すぐさま手に取って確かめると、相手は天菜であった。
「あ、天菜……か」
恋人では無くなってから電話がかかってくるのは初めてだ。
あまり話したくはないが、無視すればあとでなにを言われるのかわからない。
しかたなくと俺は通話ボタンを押す。
「五貴。今すぐ来なさい」
「えっ? 来いって……」
「わかってるでしょ? 道場」
「ああ……」
それだけ伝えると天菜は通話を切った。
「どうしたの? あの女にまたなんか嫌なこと言われた」
「いや、実は……」
時折、天菜に呼び出されて道場でサンドバックにされていること。
それを兎極に話す。
「へえ……」
今まで少女の顔をしていた兎極の表情が鬼のような雰囲気を帯びる。
「行くの?」
「ま、まあ無視してもいいんだけど」
サンドバックにされていたのは付き合う前からだ。
とは言え、おとなしく殴られ蹴らしていたのは天菜に好意があったからで、フラれた今となっては従う理由も無い。
「行こうよ」
「えっ?」
「わたしも一緒に行くから」
「兎極も一緒にって……まさか」
ニッと笑う兎極。
その表情はもうかわいらしい少女のものではなかった。
――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
攻め攻めな兎極ちゃんにタジタジなおにいちゃん。このまま男女の関係に……なるのはまだ早いですね。
☆、フォローをいただけたら嬉しいです。
感想もお待ちしております。
次回はブチ切れ天菜の思惑です。
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