肆
木々は青々と生い茂り、山々を鮮やかな緑色に染める。
川は緩やかに流れ、キラキラと輝く水の中を魚たちが気持ちよさそうに泳ぐ。
空は青く澄み渡り、陽の光が人々を照らす。
蝉の鳴き声が夏のカラカラに乾いた暑さを更に引き立たせる。
チリンチリンと優しく涼しげな風鈴の音と扇風機の回る音が妙に心地の良い7月の終わり、陽日は祖母の家にいた。
祖母の家は陽日の家からさほど離れてはいないが、周りの景色は一気に田舎へと変わる。
『はるちゃん、ゆっくりしていきなさいね』
見た目は少し怖そうだがとても優しく頼りになる白髪の綺麗な顔立ちをした陽日の祖母、ウカ(76)が陽日に優しく微笑み陽日に麦茶を持ってくる。
『おばあちゃん、狐の嫁入りって知ってる?』
陽日は昔からウカが大好きで、ウカは色々な事を陽日に教えてくれた。
なので、陽日はふと狐の嫁入りの事を思い出し、何気なくウカに聞いてみた。
ウカは微笑むのを止め、真剣な表情を浮かべる。
少し間が開き、祖母は口を開く。
『狐の嫁入りかい?おばあちゃんも1度だけ目にしたことがあるよ。懐かしいね。』
そうしてウカは自分が見たという狐の嫁入りの事を話してくれた。
-数十年前-
あれは、ウカがまだ陽日と同じくらいの歳の頃だったという。
夕暮れ時、家に帰る途中、数匹の狐が慌てた様に目の前を走り去っていった。
そんな狐の様子を見て、ウカは咄嗟に狐の後を追ったそうだ。
追っていると、暗い暗い森の中に入ってしまい、狐を見失ったらしい。
そして完全に迷った。
辺りを見渡しても、ただ草木に囲まれ、薄ら夕陽の光は差すが、木の影で暗闇同然だった。
恐怖から幻聴が聴こえ、獣の唸り声や赤子の鳴き声がしたと言う。
ウカは困り果て、その場でしゃがんだ。
すると、少し離れた所から綺麗な鈴の音が聴こえた。
音がする方へと目を配ると、無数の小さな
ウカは恐る恐るその薄灯の方へと歩いた。
気づくと、薄灯は消えていて、辺りを見渡すと、そこには大きな鳥居とその鳥居を潜って直ぐに1匹の狐の像が道の真ん中にあった。
その像の奥へと歩を進めると、お賽銭箱の置いてある小さな小屋にたどり着いた。
そして、ウカは何かに導かれる様にその小屋へ歩み寄り、小屋の戸を開けた。
『よいーよいーよいーよいっ!』
開けた戸の先で見たものは、大名行列とその周りでガヤガヤと賑わう人の姿をした狐だった。
本当に人間と間違えてしまうくらい完璧に人の姿をした者と、体だけ人で顔が狐の者がいた。
そして、大名行列の中心には人が乗れる大きさの籠があり、そこには女性がいた。
夏の暑さが和らぎ、カエル達が合唱し始めた頃、涼しい風が網戸から入ってくる。
辺りは暗く、月明かりだけが暗い夜道を照らしていた頃、陽日はウカから聞いた話を頭の中で何度も再生させ、もう一度だけでいいから狐の嫁入りを見たい、その時は自分もウカの様に後をつけてみようと思いながらその日を終えるのであった。
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