弍(特)


田んぼや古民家に囲まれぽつんと佇む少し大きな御屋敷。

庭にある1本の大きな桜の木の桜は散り、青々とした葉を付けている。

池の鯉はとても鮮やかで、池に夕陽が映り込み、より鮮やかさを増している6月の夕暮れ時。

屋敷では風鈴の清らかな音色とは裏腹に、ドタドタバタバタと忙しそうな音が響き渡っていた。


『嫁入り本番前とはいえ、予行練習でも気を抜いてはなりません、全力で取り掛かるのです!』


屋敷の女中たちがせっせと忙しなく準備に取り掛かる。


どうやら、コハルの嫁入り道中の予行練習をするみたいだ。

花嫁衣裳ではないが立派で可憐な着物で正装し、嫁入り本番さながらの化粧を女中頭トミ(人間年齢で83歳)の指揮の下、おこなわれた。


『お美しやコハルお嬢様。』


その場にいた誰もが、正装しお化粧したコハルに見惚れた。

花嫁衣裳ではないものの、綺麗で可憐な着物に整った顔、まとめあげた髪に刺さる色鮮やかな髪飾り、白粉おしろいなど塗らずとも透き通る様な白い肌に薄ら紅く染まる頬。

情熱の赤と言わんばかりに口紅は濃いが、艶と張りがありプルんとした唇。

微かに香る金木犀の甘い香りのする香水。

絶世の美女とは正にコハルの事だろうと誰もが認めてしまうくらい綺麗だった。


『本当にお美しやコハル様。ミハル様にも負けず劣らずでございます。』


コハルの美しさにザワつく女中たち。

女中たちは以前、ミハルの嫁入りも経験しており、ミハルもかなりの美女だったようだ。


『これ。コハルお嬢様の前でミハル様の話はするでない。』


嫁入り道中に逃亡し家を裏切ったとされているミハルの話は、屋敷では禁句だ。

ましてや、家族やコハルの前では言語道断。

なのでトミは女中たちをキツく叱る。


『トミ。良いのです。彼女たちを叱らないで。ミハルお姉ちゃん、すっごく綺麗だったよね!』


色んな感情渦巻く心を落ち着かせ愛想ではあるが完璧な笑顔をつくり女中たちに優しく言うコハル。

そんなコハルを見て女中たちは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


『コハル様、お時間でございます。参りましょう。』


コハルの父、シゲカズ(人間年齢で52歳)の使いの者がコハルを迎えにやってくる。


コハルはシゲカズの使いの者について行き、用意された籠にそっと乗り込み正座する。


そして、嫁入り道中の行進練習に行くのであった。



嫁入り道中は、人間には見られてはいけない。

とても神聖な儀式であるため人間に見られてしまうと縁談は仕切り直しや破談となってしまうからだ。

なので雨を降らせ、人間がそそくさと雨宿りしいなくなった隙に行うのである。

もちろん、そんな神聖な儀式の途中で逃げ出すと破談になってしまい、重罪となる。

家の地位は地に落ち、罪人としてその場で取り押さえられ死刑となることもあるだろう。



嫁入り道中の行進が始まり少し経つ。

コハルは、嫁入りする覚悟を中々決めれずにいた。

そこうしていると、どこからから懐かしい匂いが漂ってきた。



今日の私とは少し違う金木犀の香りだった。

とても懐かしい。思い出が蘇ってくる。

その香りがどこから来ているのか知りたくて、少し開いてる障子窓から外を見たんだ。

そしたらそこには人間のあなたがいた。


コハルは物陰に隠れこちらを呆然と見つめる人間、陽日の姿を見たのだった。



その時私は「人間に見られた」なんて事より「お姉ちゃんは生きていたんだ」って嬉しく思ったの。



そして、コハルは美しく真っ赤な口紅を塗られた口を開き、震えたか細くちいさな声で囁いた。



『・・・お姉ちゃん・・・』

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