塔の上の殺人事件 作:砂糖製菓
【問題編】
むかしむかし、魔女村というところに、ラプンツェルというとても長くて美しい金色の髪をした少女が住んでいました。少女は小さいころから魔女によって何年も塔に閉じ込められ、そこから出ることを許されませんでした。
魔女村には、魔法が使えて老婆のなりをした魔女の他に、その弟子である四人の魔女見習いたちが住んでいました。魔女見習いたちはまだ魔法は使えませんが、毎日魔女を手伝いながら修行に励んでいました。
ある日、魔女見習いのひとりであるエイという少年は、屋敷で魔法の本を読んでいる最中に窓の外に目をやります。そこではちょうど、魔女がラプンツェルの髪を使って塔に上っていました。魔女は毎日、昼になるとああやってラプンツェルに会いに行くのです。そこで何をしているのか、エイは知りません。ただ、エイはたまにラプンツェルをかわいそうに思います。なぜなら、塔のラプンツェルの部屋は、外から見てもわかるくらい小さいうえに、魔女はいじわるな性格だからです。塔にはラプンツェルの髪を使わないと上ることができないのに、それでもラプンツェルが毎回髪を垂らすのは、魔女がラプンツェルに魔法をかけているからに違いがありません。「ラプンツェル、ラプンツェル、髪を降ろしておくれ」この呪文を聞いたら、ラプンツェルは髪を降ろすしかありません。
そんなことを考えながら、エイは再び本に目を戻しました。その時です。塔の方から「ギャー」という悲鳴が聞こえました。エイはすぐにそれが魔女の声だと気づきました。何か良からぬことが起きたに違いない、そう感じたエイはすぐさま屋敷の出口の方へ駆け出します。
魔女村は大きく分けると、屋敷、広場、森、塔に分かれています。広場は村の中心です。屋敷と森は、広場に沿って隣り合うように存在し、森は細長く広場の外周の四分の一ほどを占めています。塔は広場から見て、屋敷の裏側にあります。屋敷の出入り口は広場の方にあるため、エイは塔に行くために、そこに背を向けて屋敷を出なければなりませんでした。
エイが屋敷から出るとすぐに、広場の方から走ってきた同じく魔女見習いのビイに遭遇しました。ビイも魔女の悲鳴が聞こえて塔へ向かっているようです。ふたりはともに塔まで走りました。五分ほどでたどり着くと、そこには先にシイがいました。三人はもうひとりの魔女見習いの姿をさがすため、あたりを見渡しました。そうして悲鳴から八分ほどした頃、森の方から四人目の魔女見習いであるディイの呼ぶ声がしました。本当はエイは、さっきから塔の上の様子が気になっていましたが、ディイの声がなんだかとても切羽詰まっているように聞こえたので、エイはしぶしぶ森へと足を運び、他のふたりもエイについて行きました。
魔女村の森には道という道がなく、木の根に足を掛けそうになりながらも、ディイの呼び声を頼りに駆け足で十分ほど行ったところでしょうか、やっとディイの姿が見えました。さらに近づいていくと、そこでエイは息をのむことになります。ディイの足元に、誰かが倒れているのが見えたからです。三人は慌てて駆け寄り、その顔を見てさらに驚くことになりました。倒れていたのはラプンツェルだったのです。しかも、彼女の一番の特徴である長い髪がバッサリ切られていました。ディイは静かに、ラプンツェルはもう死んでいるのだと伝えました。確かに、ラプンツェルの首には絞められたような跡がありました。エイの悪い予感が当たってしまったのです。「それじゃあ魔女も」、そんな言葉がエイの脳裏をよぎり、エイは知らぬ間に塔に向かって走り出していました。後ろから三人が追ってくる足音が聞こえます。
塔についた四人は、塔の上の部屋を見上げました。魔女の悲鳴はこのあたりから聞こえたのです。魔女の姿が見当たらないということは、きっと魔女は塔の上にいるに違いありません。残念なことに、ラプンツェルの髪がないので塔には上れません。エイは無力感から塔の周りに生えている生垣を蹴りつけました。この生垣のおかげで塔の上から無傷で飛び降りることはできますが、それも上ることができないのならば意味がありません。魔女村にはロープも置いていなかったので、四人は諦めてせめて塔の上の様子を確認しようと、屋敷に向かいました。
屋敷の屋根に上って塔を見ると、塔の部屋にある唯一の窓から部屋の手前部分が見えました。真っ先に屋根に上ったエイは、塔の部屋を見て、悪い予感がまたもや的中してしまったと悟りました。塔の部屋は動き回るのがほとんど無理だと思えるくらい狭かったのですが、その瞬間のエイはそんななど気にならないくらい、見えているものに動揺していました。エイの目には、窓の留め金の向こう側で、胸元が真っ赤に染まって倒れている魔女と、ちょうどその心臓のあたりできらりと光るナイフの柄が映っていました。遅れてやってきた三人も、同じ光景を目にして悲しそうな顔をしました。
「誰がこんなことをしたんだ」
気づくとエイはそうつぶやいていました。ふたりを殺した犯人が魔女見習いの中にいるとは考えたくはありませんでしたが、魔女村には魔女によって結界が張られているので他の人が入って来られるとは思いません。
「とりあえずここから降りて、今日の各々の行動を話していかないか」
ビイも犯人が誰か気になる様子で、そう提案しました。他の三人は頷くと、四人は屋根から降りて広場へ移動しました。
「まずは僕から話すね。今日は、魔法書を読みたくてずっと屋敷にいたよ。目当ての本が見つからなくて、ずいぶん屋敷中を歩き回ったかな。昼頃になってやっと探していた本を見つけたから、塔の方に窓のある部屋でそれを読んでいたんだ。途中、窓の外を見て、魔女が塔に上っていくのを見たよ。そしたら悲鳴が聞こえたから、回れ右して屋敷の出口に向かったんだ。屋敷から出たところで広間の方から来たビイに出会ったよ。その後はふたりで塔まで走って、悲鳴から五分くらいで塔に着いたと思う。そこで先に塔にいたシイと合流したんだ」
エイがそう説明すると、三人は頷き、次はビイが話しました。
「俺は広場で魔法陣の練習をしていた。そうしていると魔女の悲鳴が聞こえたから、ただ事ではないと思って塔に向かおうとした。屋敷のそばを通った時に、そこから出てきたエイと遭遇してその後はエイと同じだ」
お次はシイの番です。
「今日は森の屋敷に近い方で妖精をさがしていた。生憎、成果は芳しくなかったけどな。そうしたら例の悲鳴が聞こえたから塔へ向かって走って、三分くらいしたころに到着した。二分くらい、どうにか塔の上を確認するすべがないかとその辺を動き回っていたら、屋敷の方から走ってきたエイとビイと合流した」
最後はディイが話します。
「私は魔女から魔法草を取ってくるよう頼まれていて、森の奥の方に行っていたの。魔女が珍しい草ばっかり欲しがるから、まだ全然見つけられなくて。でも、もうその魔女もいないし私たちはそれを扱えないから、せっかく摘んだ草たちも無駄になっちゃうわね。昼になって、なんか塔の方で悲鳴が聞こえたような気がしたからそっちへ向かったの。そしたら人が倒れていて、よく見るとそれはラプンツェルで。私は必死になってみんなを呼んだわ。そしたらみんなが来てくれて、その後は全員で行動したわよね」
ディイはか弱い見た目をしており、そのせいか魔女からよく雑用を押し付けられていました。それにしても、とエイは思います。魔女もラプンツェルもいなくなってしまったのですから、魔法を習得できていない魔女見習いたちは、これからどう過ごしていけばいいのでしょうか。そんな不安がエイたちの心を駆け巡ります。
【読者への挑戦状】
初めまして、読者諸君。かくして、魔女村に空前絶後の災いが降り注いでしまったわけだが、幼少期に『ラプンツェル』を愛読していた筆者としては、憧れだったラプンツェルの身にこのようなことが起きてしまったことが悲しくて仕方がない。
閑話休題、読者諸君には是非ともこの殺人事件の犯人を当ててもらいたい。ここで、公平を期すために筆者はこれらのことを約束する。
一、 地の文に書かれていることはすべて真実である。
二、 ラプンツェルと魔女を殺した犯人は同一人物である。
三、 犯人は単独犯であり共犯者の類はいない。また、証言の中で噓をついているのは犯人だけであり、その他の者は真実を語っている。
四、 犯人はこれまでに名前が出ている人物のいずれかであり、新たな第三者が登場するといったことはない。
犯人を指摘するための手掛かりはすべて出そろっている。あとは読者諸君の確かな推理力が正しい犯人にたどり着けるかどうかだ。それでは諸君が無事に犯人を見つけ出し、魔女村に再び秩序が戻らんことを筆者は祈っている。
【解答編】
「僕はディイが犯人だと思う」
エイには先ほどから、頭の奥からふつふつと湧いてくる考えがありました。今こそ、それを披露すべきだ、そんな気がしてなりません。エイは語ります。
「魔女は昼になると、ラプンツェルの髪を使って塔に上ることはみんな知っているよね。ディイは魔女が塔の上にいる間に、自分も塔に上ってそこで魔女をナイフで刺したんだ。その時に、魔女が発した悲鳴が僕らが塔へ駆けつけるきっかけとなった。そして、僕が屋敷の出口に向かうために塔から目を背けている間に、ディイはラプンツェルとともに塔を降りて森の方へ走った。塔から降りるにはラプンツェルの髪は必要ないから、きっと降りる前に、塔の部屋で切ったんだと思う。あれだけ長い髪だもん、重いに決まっているし移動するのが大変だからね。森に行ったのは、魔女の悲鳴で僕らが駆けつけてくるのを察したからじゃないかな。ディイが僕らを呼びつけたのは悲鳴から八分くらいした時だよね。僕らが塔からラプンツェルの死んでいるところまで駆け足で行ったときは、確か十分くらいだったから走っていけばたどり着ける距離だしね。他の人はといえば、僕とビイは悲鳴を聞いて少ししたころ、シイとは五分くらいしたころに会っているから、その間にラプンツェルを森の中まで連れて行き戻ってくるのは無理なんだ。だから犯人はディイしか考えられない」
エイは自信満々に言って口を閉じました。きっとビイもシイも賛同してくれるだろう、そう思ってビイの顔を見ましたがなんだか様子が変です。だけれども、ディイの方は焦っているに違いと思い今度はディイの顔を見ますが、こちらも少し困っているだけで焦りは一切感じられません。エイは内心困惑し始めていました。
「エイの話にはいくつか疑問点がある」
そうやってビイが語りだします。あれだけ自信のある推理だったために、エイは驚きました。ビイはこれから何を言い出すのでしょうか。ビイが続けます。
「まず、ディイが塔に上った時の話だが、確かに俺らは、ラプンツェルは呪文さえ唱えれば、それを言ったのが誰であろうと髪を降ろすことは知っている。だがら、ディイも例外ではなく髪を降ろしてもらうことは可能だ。しかし、それを塔の部屋にいた魔女が黙って許すと思うか。あいつは魔法を使える上にいじわるだ。そんなことがあれば、必ずディイが上るのを阻止したと俺は思う」
「でも、魔女が何か理由があってディイを招き入れた可能性だってあるわけだし、僕はそんなに重要視することでもないと思うな」
エイは反論を試みました。確かにビイの言うことは一理あるような気がしましたが、それ以上に自分の考えが間違っていたとは思いづらかったからです。
「今までに魔女が、俺たち魔女見習いに塔に上るよう指示したことがあったか。疑問は他にもある。ラプンツェルの髪は塔の部屋で切り落された、という考えには俺は賛成だ。だが、その後がどうも納得いかない。エイの話だと、ディイは塔から走って八分くらいでラプンツェルの死体が見つかったところまで行けたというが、ラプンツェルは塔の上と森の中、どちらで殺されたと考えているのかい」
ビイの思わぬ質問にエイはまたもや驚きましたが、慎重に答え始めます。
「それは、森の中なんじゃないかな。塔の上だとディイはラプンツェルの死体を背負ったまま走ることになる。ディイはそんなに力持ちじゃないから、その状態で走ってあそこまで行けたとは思いにくい。逆にラプンツェルが生きていれば一緒に走っていくことはできた」
「本当にそれは可能だったのか」
エイは混乱しました。ビイが何を言いたいのかよくわからなかったからです。その時、ディイが何かを思いついたように「あっ」と声を出しました。ビイはディイに話すよう促します。ディイは小さく頷くと話し始めました。
「私ね、思ったの。ラプンツェルは走れないんじゃないかって。みんなも知っている通り、ラプンツェルは小さいころから何年も塔で暮らしていたでしょう。あのお部屋って私たちも見たからわかると思うけど、走るどころか歩くこともできないくらいにすっごく狭いの。つまり、ラプンツェルはもう何年も足を使って移動してないと考えられるわ。その状態で急に塔の外に出て、道もない、木の根だらけの森を、普段から歩いている私たちが駆け足で十分もかかる距離を、たったの八分で走ることはできるのかしら」
話し切ったディイはほっと息をつきました。ビイは満足そうにしています。エイはといえば、益々混乱してきました。ディイの話はもっともらしく聞こえますが、それを信じると誰も魔女とラプンツェルのふたりを殺せないと思ったからです。
「さらに言えば」
またもやビイが語りだします。
「エイの話の通りディイが魔女を殺したとして、その後は森に向かって走るわけだが、その時に悲鳴を聞いて森から塔へと走ったというシイが、ふたりとすれ違わなかったというのも奇妙な話ではないか」
あれだけ自信のあった推理がこんなにも穴を指摘されて、エイは落ち込んでしまいました。
「それなら真犯人は誰だっていうんだい」
エイは力なく問いかけました。もうエイには事件のことが何もわからなくなっていました。魔女を殺した後にラプンツェルを殺せるのはディイしかいないと思っていたのに、そのディイでさえも犯人ではなくなってしまったからです。
「犯人の名前を挙げる前に考えることがある。魔女とラプンツェルはどちらが先に殺されたのかだ」
ビイの一言でエイはハッとしました。ラプンツェルの方が先に殺されていた場合を、エイは考えていなかったのです。でも、そんなことは本当にできるのでしょうか。エイはビイの言葉を待ちました。
「俺の推理はこうだ。犯人は今朝、他の魔女見習いがそれぞれの活動場所に向かった後に塔へ行き、あの部屋でラプンツェルを殺して髪を切った。その後、ラプンツェルの死体を森に置いて、再び塔へ戻った。この時にはさっきとは違って、走れないはずのラプンツェルを走らせなくても時間には余裕がある。そして大事なことは、塔を上るのに必要なものはラプンツェルの髪であり、ラプンツェル自身ではないということだ。犯人は塔を降りる前に、髪を窓の留め金にでも結わえ付けておいたのだろう。塔に戻った犯人は垂らしておいた髪を使って再び塔に上り、その髪を回収して魔女が来るのを待った。昼になり、魔女がいつものようにラプンツェルを呼ぶと、犯人は髪を垂らし魔女が上っている間は息をひそめていた。そして魔女が上り終えたその瞬間、犯人は魔女の心臓をナイフで刺し、魔女は悲鳴を上げて死んだ。いくら魔法が使える魔女でも、咄嗟のことで反撃が間に合わなかったのかもしれない。魔女が悲鳴を上げたことによって、犯人は他の魔女見習いたちが塔に集まってくることに気づき、慌てて髪を回収し、塔から降りて自分も悲鳴を聞いて駆け付けたというふりをしたんだ。つまり、悲鳴の後すぐに屋敷の外で会った俺とエイは犯人ではない。シイとディイだが、ディイを犯人だと仮定するとシイとディイは森ですれ違うはずだが、ふたりともそんな話はしていなかったからディイも犯人ではない。すると犯人は、さっきからずっと黙っているシイとしか考えられない」
エイはシイの顔を見ました。そして、シイの顔がとても青白いことに気づきました。まるで何かに耐えているような顔です。
「ビイ、お前の推理にはひとつだけ間違いがある。お前は魔女の反撃は間に合わなかったと言ったな。だが、違う。間に合っていたんだよ。魔女は最期の瞬間、俺に呪いをかけた。そいつのせいで時間が経つにつれ、体の中からだんだん痛みが増してきて、今にも……」
シイがそこまで言ったその時です、ぱあんと風船が破裂するような音がしてシイは目の前から姿を消しました。足元を見ると本来は人間の一部だったのでしょうか、臓器やら肉片やらが辺りに飛び散っています。三人の魔女見習いたちは、次の瞬間には起こったことを理解してしまいました。その刹那、魔女村の青空に三人の悲鳴が響き渡ったといいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます