第12話 本好きな兎
四つの耳を持った兎を前に、俺がとった行動は……ただひたすらに耳や毛並みを撫で回すことだった。
『あ…う………こ、こら!』
「可愛い……」
突然の俺の行動に苛立ち、丁寧語を辞めて反論する兎。
それを無視して俺は耳を撫でる。
うん…柔らかくてモフモフだ。
体温もちょうど良い感じに暖かく、触り心地抜群である。
つい撫でる手が止まらない。
実は俺…動物は大好きで、こういう小動物を見ると、可愛さから衝動で触りたくなってくる。
普通に考えて、こんな耳が四つもある兎を前世の地球で見たら不気味に思うだろう。
だが、そこは異世界だからなって事で割り切っている。
『もう!いい加減にして下さいまし!』
とうとう兎が怒った。
頭を振って俺から距離を取る。
そして兎の姿になる際と同じく白い光を放ち、また少女の姿へと変わる。
『いきなり体に触るのは不可侵極まりありません!!』
白いおかっぱと赤い目の少女が顔を歪ませて、俺を睨む。
初対面の冷たい印象と相まって、怒り顔はなかなか迫力があるな。
「うん………ごめん。可愛くて…つい」
少女は本当に深いため息を吐き、佇まいを直す。
「お前って……兎だったんだな」
『そうです』
少女……もとい兎は肯定する。
考えてみれば、人の姿の雰囲気はどことなく兎に似ているな。
人の姿は髪が白く目が赤いためか、兎の時は体毛が白く目が赤い。
『それで……シュウ様は一体どのようなご用件で、私の空間に断りも無く侵入したのでしょうか?』
「し、侵入って……」
何だか言葉の端々から俺を歓迎していないオーラが出ている。
マメキチは凄く元気一杯で友好的だったんだけど。
眼前の少女の姿をした式神は丁寧なんだけど、結構冷めた性格で友好的とは思えない。
本当に俺の式神なんだろうか?
「よ、要件というのは、つまり……お前と契約するためだ」
『契約……』
少女は契約という単語を聞いて、眉根を寄せた。
契約に難儀を示している様子だ。
はて?契約するで合っているのんだよな?
俺は昨日のマメキチの言ったことを頭で流す。
【それぞれの空間にいる式神と契約すれば、その式神を顕現できる。例えば、ボクと契約すれば、ボクをこの空間から出すことが可能になって、ボクはご主人様の指示通りに動く】
【契約の内容はそれぞれの式神によって違うと思うんだよね】
マメキチはそう言っていた。
ならば、この式神にも俺と契約する条件みたいなものがあるはずだ。
マメキチの場合はちょくちょく外に出してほしいという簡素な条件だったけど。
この様子じゃ、一筋縄では行かなそうだ。
しばらく難しい顔をしていた少女は深く息を吐く。
『シュウ様は……どのような理由で私と契約を結びたいのですか?』
「理由?」
そんなの深く考えたこと無かった。
天使様に転生者には特別な能力があると聞いて、俺の能力は十二体の式神を操る能力である判明した訳だ。
そりゃあ、前世のアニメや漫画でよく出てる異能力みたいなものを手に入れたんだ。
ワクワクしてしまうのは男の子として当然だろ。
ならば、その十二体の式神を操るために全ての式神と契約しようと考えるのは自然な流れでは無かろうか。
「まぁ…強いて理由を上げるなら……強くなりたいから、かな」
『強く…なりたい』
これは嘘偽りの無い答えだ。
【もし生まれ直したら……強くなりたいです】
これは死んでから白い世界で天使様に言った事。
俺が自殺した根本的な原因は”高校でのいじめ”だ。
高校に通って、ある時期を境に俺のいじめが毎日のように始まった。
物を壊されたり、足引っかけられたり……殴られたり。
いじめる連中やそれを見て笑う連中、それを見て見ぬふりをする連中、そしてそんな連中に対して何も出来なかった自分自身に結局死ぬまで何も出来なかった。
だからこそ強くなりたいと思った。
俺だけでなく、いじめられる奴の共通点は”弱い”という事。
弱いを脱却する方法は勿論強くなること。
それで俺は強くなる一巻として、少し前に走り込みを始めたんだ。
……レオの介入という最悪な事態にはなったが。
そんな訳で強くなるために、自分の能力も強くするに越したことは無い。
さて、少女の返答は如何に。
『なるほど、強くなりたいと』
少女は顎に手を持って行き、考え込む仕草をする。
『だから私と契約したい訳ですね。そうですか……………新しい主様は”そういうお方”と』
あれ?納得しちゃった。
失礼だけど、少し拍子抜けだな。
強くなりたいという俺の願望に妙に理解を示してくれる。
この少女のことだから、てっきり強くなりたい理由って何ですか?とか聞いてくるのかと思った。
これはもしかして言い流れなのでは?
最初はこの式神の性格に則して、契約の内容は難しい物になるんじゃ無いかと思い込んだけど、これは契約内容とかはそこまで思い物にならないのでは?
『ところでシュウ様。つかぬ事をお聞きしますが、本をお読みになっていますか?』
これまた唐突だな。
本好きな少女……いや、本好きな兎には重要な事なのか?
「本?……いや、読んだことは無いかな。そもそも俺……字、読めないし」
これも嘘偽り無い答えだ。
だって俺が転生してきた村がどの国の何処にあるか知らないけど、南に森、北に草原と囲まれた場所からド田舎って事ぐらいは分かる。
そして共同井戸とか家が大体、木造構造とか考えれば、村の文明レベルなんて、たかが知れてる。
俺の家に本なんてたいそうな物はないし、多分他の家にも無いだろう。
父さんも母さんも文字は読めなさそうだし、村全体の識字率なんて考えなくても察する事が出来る。
文字を学びたくても、学習できる環境じゃないんだよな。
そんな環境知るよしもない少女は目を再びキリリッと細める。
『そうですか。………………申し訳ありません。私は貴方の式神……ですが、字も読めないお方を主と認める事は出来ません。当然契約も出来ません』
………は?!
字の読めないような学の無い奴の手下になんてなりたくないって事か?
でも、ちょっと理解が……、
『私の答えは以上です』
言いたいことは言い切った感じで少女は落ち着いた顔をする。
まさかの契約の条件が字を読めるようになることか?
「え?でも字が読めないのはどうしようも………うっ?!」
反論しようとした俺の視界は突如、歪んでくる。
あ、これ…時間がきたんだ。
昨日もマメキチのいる空間で視界が歪んで、気づいたら目が覚めていた。
それは目の前の少女も理解したのだろう。
『………時間のようですね。では、シュウ様……また会いましょう」
少女はゆっくりとお辞儀をする。
そこで俺の意識は途切れた。
シュウがいなくなった空間で少女は、徐にため息を吐く。
先程まで読んでいた本を元あった場所に戻す。
そして少女は唐突に目を閉じ、片手で人差し指と中指を立てると、少女の足下が白く光り出す。
『〈翔〉』
タンッ!
十歳程度の見た目の女の子が繰り出すジャンプとは思えない跳躍を見せる。
少女は本棚の一番高い場所にあった本を抜き取り、シュウが最初に会ったときのように黙々と読み始めるのだった。
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