第11話 四つ耳の兎



 「でっか……」


 目の前の巨大な門は、これまた周囲の高い塀に対する玄関なようなものだ。


 まさに時代劇の偉い人が住んでいそうな屋敷の門である。


 後ろを見ると、ちゃんと入ってきた扉がある。


 昨日はここから庭にある一軒家の中にいたマメキチと出会ったんだ。


 マメキチは俺の式神であり、十二体いる内の一体目。

 てことは、この屋敷の中に二体目がいるはず。


 またしてもファンタジー感が増した事で少し高揚したが、一つ深呼吸する。

 そして門の前に行き、手をかける。


 ガコッ…。


 門は普通に開封できた。

 六歳の俺にはデカすぎるが、何とか開けた。


 門を潜ると、中には予想通り貴族が住んでそうな立派な屋敷が存在していた。


 しばらく屋敷の景観を見入っていたが、歩を進る。

 誰が聞いているとは知らないが、お邪魔しますと言いながら屋敷内に上がらせてもらう。


 あ!勿論、靴を脱いで上がるよ。

 日本人としての基本である。


 後…今更ながら気づいたが、俺は寝る時の寝巻き姿ではなく、今日の昼に着ていた簡素な服装である。

 どういう原理だろう?


 ……異世界って不思議。


 屋敷内に入った俺は色々な部屋を見て回った。


 「凄ぇ、マジで江戸時代の屋敷って感じ」


 そう言ってしまう程、屋敷の内部は細部に至るまで歴史の教科書や博物館で見たことがある屋敷の内装であった。

 しばし、ツアー感覚で屋敷を見て回った。


 十分ほど歩き回ったが、


 「広い……」


 しかし如何せん、この屋敷は六歳の俺には広い。

 マメキチは俺の家と同じぐらいの規模の一軒家だったが、この広い屋敷には大きな居間や茶の間、台所、納戸、蔵らしき部屋など多くの部屋があった。


 それらを一つずつ見ているが、肝心の式神は見当たらない。

 ていうか、この屋敷には人が生活している痕跡すら見当たらない。


 屋敷内は無音で誰もいなく、段々と不気味に思えてきた。


 しかし隅々の部屋を確かめていた時だった。

 俺は恐らく屋敷の端に存在する部屋で”ソイツ”を見つけた。




 その部屋に入った瞬間にそこが書斎だと分かった。


 部屋の大きさは学校の教室の半分程度。

 大きな本棚が横に列を成しており、まさに図書館の小型版である。


 入った時は微かな埃臭さや本特有の紙の匂いが鼻口に来たため少しだけ咽せた。


 部屋内の本棚を満たす多くの書物に目を引かれた。


 「なんて本の数……」


 この世界に転生してから初めて見る本。

 しかもこんなに沢山。


 好奇心で一つ手に取って開いてみる。

 ………全く読めない。


 俺は手に持った本を元に戻して、次の本を本棚から引き抜く。

 ……やっぱり読めない。


 何度か繰り返したが、ここにある本は全て日本語で書かれていなかった。

 しかも文字の形から判断するに、ここに存在する多くの本は一つの言語だけで無く、あらゆる言語で書かれた物となっている。


 その全てが俺の知らない言語。

 バリエーションに富んだ書斎だ。


 「ん?」


 それでも、ある本を開いたときに見たことがあるような文字に行き渡る。


 平仮名でもカタカナでも漢字でも無い。

 漢字と英語を混ぜ合わせたような奇妙な文字だ。


 この文字、何処かで見たぞ。

 何処だ?

 つい最近だぞ。


 思い出すため、記憶を弄っている時であった。

 

 『人の書物を無断で見るのは感心しませんこと』


 「っ?!」


 昨日のマメキチの時もそうだが、いきなり脳内に声が響くのは滅茶苦茶驚く。


 慌てて本を閉じ、元あった場所に戻して辺りを見る。


 声の主は書斎の奥の方にいた。

 何というか存在感が薄くて今まで気づかなかった。

 

 彼女は横顔を見せながら畳の上に正座して、本を静かに読んでいた。


 座ってはいるが、身長は今の俺より大きそうである。

 歳の方は十歳ほどかな。


 肩にかからないぐらいの白いおかっぱ髪。

 その横顔はとても整って綺麗である。

 

 着ている物はチョロ吉が着てある茶色の質素な浴衣と違い、綺麗な着物を着用していた。

 襟元は白くそれ以外は赤い色彩であり、前帯は橙色、帯締めや帯揚げは薄紅色となっている。


 所々に花を模した色とりどりの刺繍が織られている。

 特に襟元や袂、袖には菊や牡丹、百合などの百花繚乱というべき花々が咲き誇っている。


 江戸時代の幼い貴族令嬢と言われれば、素直に納得する。

 

 俺はゆっくりと少女に近づく。

 少女は俺の接近に全く動じていなく、それは俺が真横に来ても本を読んでいる。


 余程本が好きなのかな?

 俺は少女に尋ねる。


 「えっと……お前が俺の式神だよな?」


 この問いに少女はため息を一つ付き、静かに本を閉じてから初めて俺に顔を向ける。


 その無表情にある深紅の瞳には、言い知れぬ鋭さがあった。

 

 『初対面の方にお前呼ばわりは失礼であります。人に何かを尋ねるときは、まずは自分の名前を教えるのが道理でございましょう。………新しい主様』

 

 少女の口は動いていない。マメキチと同じ、口で話していない。

 式神は皆、心の声みたいなもので話しているのか?


 しかもこの式神、見た目通り言葉も仕草も礼儀正しい。


 ……いやいや、そんなこと考えてるときでは無いな。


 「あ…ああ、悪かった。俺の名前はシュウ…だ」


 言われたとおり少女に、俺は自身の名前を教える。

 少女は暫し、シュウ…シュウ…と俺の名前を反芻するように口ずさむ。


 『なるほど、新しい主のお名前はシュウ様ですね』


 先程までの尖った雰囲気が小さくなる。

 そして佇まいを正し、綺麗なお辞儀をする。


 『私は兎と申します。以後お見知りおきを』


 「うさぎ…ウサギ…兎?」


 兎って、動物の兎の事か?

 マメキチが鼠になれる事を考慮すれば、この少女も動物に変身できるって訳か。

 

 『ああ、このままで分かりにくいでしょう。……ですので』


 そう言った途端に少女の体が白く光り出したのだ。


 みるみる内に少女は一匹の獣に変貌する。


 真っ白い体毛に真っ赤な目、上にピンッと立った三十センチメートルほどの長い耳。

 俺の腕に納まれる小さい体。


 間違いない、兎だ!


 「あれ……?」


 前世の世界にいた動物の兎そのもの……と思ったら違った。


 兎には当然耳が存在するが、肝心の耳が一、二、三……”四つ”もあるのだ。

 顔の半分より片方に二つずつ耳が生えていると言うわけだ。


 つまり四つ耳。

 マメキチの鼠姿は地球の鼠そのものだが、この兎は明らかに違う。


 

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