第10話 冒険者を目指す理由


 「よいしょ……おりゃあ!!!」


 レオが輪切りにされた樹木を切ろうと斧を持った腕を振り下ろす。 


 直後にトン!!という軽い音が鳴る。

 斧は樹木に少しだけ食い込むが、それ以上進んでいない。


 「ふむ、レオ…もう少し腰を入れて、振り下ろすのじゃ。こう、肩を降ろす感じで」


 ドリトルさんがジェスチャーで斧の正しい振り下ろし方を教えている。


 それをレオは真剣に聞いている。

 自身が尊敬する人のアドバイスを一言も聞き漏らさないといった様子だ。


 ……え、俺は何しているか?


 俺はレオが薪割りをしている少し離れたところで、地面に腰を下ろして休んでいるよ。


 レオがやる前に俺も薪割りをやってみたけど、そもそも六歳の俺には斧は重すぎるし、一回振り下ろすだけでも手の平も痛く、肩が脱臼するかと思った。


 数回やっても樹木はビクともしなかったので、さっさとレオに交代して俺は休憩している。


 それにしても、よくあんな重たい斧を何度も振り下ろせるな。


 疲れないのか。

 今朝の走り込みといい、レオは体力馬鹿だな。


 ザッ。


 そんなことをボンヤリ考えていた時、俺の隣に誰かが座った気配があった。

 横を確認すると、ナギサだった。

 

 体育座りをしていて、彼女のプラチナブロンドの髪が微風でかすかに靡いている。


 俺は視線をレオの方に戻しながら考え込む。

 何でナギサがいきなり俺の隣に座ったのか気になったが、それを聞くための会話の取っかかりが分からない。


 この世界そしてあの村の住民として転生したけど、六年と少しの期間、俺は彼女とろくに会話したことが無い。


 ……気まずい。

 

 どうしようかと思い、もう一度彼女を見ると………目が合った。

 彼女が持つ海と同じ色で、それでいて神秘的だが、冷たい印象を受ける蒼眼が俺を捉える。


 「………」


 なんて言えば良いのか逡巡していると、向こうから声を掛けられた。


 「ねぇ……なんでシュウくんは冒険者になりたいの?」


 飛んできた言葉はなんてことの無い質問だった。


 「え?それは……いきなりだな」


 「少し気になっちゃって」


 俺が冒険者になりたいのは少し冒険者という前世の地球には無い職業に興味を持ったからであり、劇的な理由があるわけでは無い。


 多分レオが、『俺達同じ冒険者を目指す物同士で切磋琢磨していました!!』とか言ったからだ。

 俺には冒険者になりたい強い理由でもあるのでは無いかと思ったのだろう。


 「う~ん…何となく…かな?」


 「何となく?レオくんが言ってる…おじいちゃんのような冒険者になりたい、とかじゃなく?」


 ナギサは首を少し傾ける。


 「俺は別にレオみたいに冒険者に憧れてるって事じゃ無い。ただ少し興味があるだけ」


 俺の答えに彼女は一瞬キョトンとしたが、視線を前方に移す。


 そして顔を前に向けた状態でよく分からないことを言い出す。


 「そっか……てっきりシュウくんが”魔法を使える”から冒険者になりたいんだと思った」


 …………ん?何言ってんだ?

 俺が魔法を?どういうことだ?


 まさか……俺の式神の能力のことを言っているのか?


 「どういうことだ?俺が魔法を使える?意味が分からない」


 能力のことは抜きにして、当然俺は魔法なんて、この世界に転生してから使った事なんて一度も無い。


 俺の指摘に、ナギサは顔を俺の方に戻す。

 その綺麗な顔は不思議そうにしている。


 だが、その青い目は完全に俺の目を捕捉している。


 「え?でもシュウくんは前に魔法を使ったことがあるよね?それに今もこうして身体から………」


 「おーい!シュウ!こっちに来て手伝え!」


 ナギサの言葉を遮るようにレオの声が俺の方に飛んでくる。


 レオは樹木に刺さった斧を持って、叫んでいた。

 恐らく振り下ろし、食い込んだ斧が抜けずに四苦八苦しているのだろう。

 

 「あ……今行く!」


 俺はその場から逃げるようにしてレオの方へ行く。

 ナギサの言葉の続きは気になったけど、何故かそれ以上聞きたくない気持ちもあった。


 何だか自身の内面を見透かされているような気がして。


 レオの所に行くと、


 「ちょっと抜くのを手伝ってくれ。ぐっ!俺じゃ抜けねぇ!」


 「わ、分かった」


 レオと二人で斧の持ち手を掴んで、せぇの!!の合図で一斉に引く。


 その光景を微笑ましく見るドリトルさん………と二人というか、俺をジッと見るナギサ。




 結局、樹木は全てドリトルさんによって、ちょうど良いサイズに切られた。

 うん……俺とレオは手伝いでは無く、ただの伐採見学と薪割り体験に来ただけだったな。


 まぁ、ドリトルさんは全然気にしていないみたいだけど。


 森から村への帰路についた俺達は細くカットされた木材を運んでいる。今日はこれ以外に出来ることが無かった。

 

 そもそも元はと言えば、レオが勝手に俺を連れ出したんだ。

 冒険者というものを直接学びたいとか言って……。


 「そうか、レオはずっと前から冒険者になりたかったのか」


 「そうなんですよ。シュウ以外の友達には冒険者になりたいと思ってる奴は一人もいなくて、親父も俺が冒険者になることは余り賛成していないみたいなんです」


 そりゃあ普通は子供が魔物と戦う冒険者になりたいなんて言ったら難色を示すだろう。


 俺の両親は賛成してくれたけど……何というか俺に甘いというか、冒険者というものをそこまで分かっていないというか。


 ………ん?ちょっと待て。

 いつから俺はレオの友達になったんだ?


 「でも昨日シュウが冒険者を目指していると知って、本気で冒険者になろうと決心したんです。そのためにも親父を説得しないと」


 「う~む…ではワシが一度、村長…レオの親父さんをおぬしと一緒に説得を試みるかの」


 「本当ですか?!ありがとうございます!!」


 ドリトルさんの提案に、当然レオは一も二も無く賛同する。


 そんな会話を聞きながら、肩にのせた木材を落とさないように黙々と運んでいる。

 六歳の俺には二本の木材を持って運ぶだけで精一杯だ。

 

 しかしチラッと横を見ると、十本以上を両手に抱えて易々と運ぶナギサの姿。

 ドリトルさんは、もうなんか斧を片手に持ちながら、もう片手に凄い沢山の木材を抱えている。


 レオだって四本だけなのに。………俺の二倍。


 ツルッ。


 「……あ!やべ!」


 森の中は地面が不安定な所もあるので、俺は盛大に転んでしまう。

 その拍子で木材を落としてしまう。


 「大丈夫か、シュウ?」


 「無理すんなよ」


 ドリトルさんとレオが心配する。

 八つ当たりだけど、俺より木材を持っているレオが腹立たしい。


 俺は膝にかかった砂を払って、木材を拾う。


 「だ、大丈夫です」


 とは言ったが、実際俺は今朝の走り込みの後の、慣れない森歩きと木材二本抱えての運搬の状況で疲労がかなり溜っている。

 木材を拾おうとする動きも緩慢である。


 それをナギサは見抜いたのか、


 「ねぇ、重いよね。それ?」


 「いや別に………お、おい!」


 俺が言い終わる前に、彼女は俺が運んでいた二本の内の一本の木材を奪い取って、自分の手元の木材の束に加える。

 持つ木材が一本増えたのに、彼女は余裕綽々だ。


 余計なお世話………とは思わなかった。

 正直、二本でもキツかったので、助かった。


 男としては女の子に自分の荷物を持ってもらうのは悔しいけど。


 俺は諦めて、残り一本の木材を運ぼうとした時に、

 

 「……これは?」

 

 不意に近くの木の根元に生えている特徴的な見た目の茸が目に入る。


 大きさは拳一途分、茸としては大きい方である。

 全体的に紫色で、傘には赤い斑点が描かれている。

 見るからに、毒々しい。


 よく見ようと、興味本位で顔を近づけた。

 すると、ドリトルさんは、


 「これ!!それに触るな!!」


 「へ?!す、すみません!!」


 ドリトルさんの怒号に俺だけで無く、レオとナギサも驚く。

 それを見て、ドリトルさんは一度落ち着き、


 「急に怒鳴って悪かった。だが、その茸は"アカダシキノコ"というものじゃ。食べると口や目、鼻、耳、ありあらゆる場所から血が吹き出して死ぬ恐ろしい茸。触っただけでも皮膚がただれ腐る。この辺で生えてるもので最も毒が強いやつじゃ」 


 「え?そんなにヤバい茸なんですか?」


 「そうじゃ。だから、それには絶対に触るな」


 改めて、そのアカダシキノコを見て、思う。

 そんなに恐ろしい茸が村の近くの森にあるのか。


 異世界って怖い。


 その後は何も無く、村に帰った。

 しかし就寝するときは、いつもとは慣れない事をしたせいか、筋肉痛が酷かった。









 その日の夜。


 「まただ……」


 昨日に引き続き、眠って気づいたら、今日も周囲が十二個の扉で囲まれた空間にいた。


 そして昨日と同じく、足下の円が光り出す。 


 円から伸びている十二個の扉にそれぞれ繋がっている十二本の線の内の一本もまた光り出す。


 昨日はマメキチの扉に繋がる線…俺が始めに立っていた場所の正面から七時の方向の線が光っていたが、今日は十時の方向の線が光った。


 同じく線に繋がる扉も神秘的に白く輝きだした。


 俺はその扉を押す。

 まばゆい光が俺を包む。


 目が慣れると、俺は江戸時代の大名や位の高い貴族の令嬢などが住んでいそうな大きな屋敷の門の前にいた。

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