第7話 十二の式神そして鼠との契約



 十二体の式神。


 俺はここに来る前に十二個の扉の内、光っている扉を潜ったらコイツに出会ったんだ。

 つまり、あの十二個の扉それぞれに、その式神とやらがいるって事だ。


 「それでお前が俺の式神って事だけど、具体的に俺はお前をどうする事が出来るんだ?」


 俺は身を低くした状態で言う。

 すると鼠は、


 『うーん…このままじゃ、話しずらいよね。だから………よっと!』


 「?!」


 何をするのか観察していた鼠の体が白く光り出したので、少し驚いた。

 

 そして鼠はみるみる内に体を大きくさせ、なんと……人の姿になった。


 六歳の俺と同程度の身長である男の子に変身する。

 人になった鼠は驚いた俺に気にせず、ちょこんと床に正座している。


 見た目は俺と同じぐらい、五、六歳の男の子。

 髪の毛は短めに切ってあり、俺と同じく灰色…いやここは鼠色かな。 


 前世の祭りや銭湯のお客などで着た事がある浴衣を着用していて、柄も何もない茶色い質素な浴衣である。


 俺がジロジロと見ているのにも関わらず、人となった鼠は目を輝かせて俺に何かを期待するような目でニコニコとした笑顔を浮かべている。


 『これで話しやすくなったでしょ』


 「お前……人になれるんだな」

 

 もしくはもともと人で鼠に変身できるかのどちらかだ。


 あと、人になった鼠の口元はピクリとも動いていない。

 鼠の時もそうだが、この鼠は口を使って話していない気がする。


 鼠からの声は全て頭の中に響いている感覚なんだよな。

 何というか、心の声を伝える念話のような。


 『うん、そうだよ。それでさっきのご主人様が聞いたボク達式神をどうこうするかだけど、単純だよ。それぞれの空間にいる式神と契約すれば、その式神を顕現できる。例えば、ボクと契約すれば、ボクをこの空間から出すことが可能になって、ボクはご主人様の指示通りに動く』


 まるでラノベによく出てくる召喚士みたいなものだな

 だが、またしても分からない単語……契約。


 「契約って?」


 『その言葉通り、お互いの合意で成立する契りみたいなもの』


 「契約はどうすれば出来るんだ?」


 『う~ん、契約の内容はそれぞれの式神によって違うと思うんだよね』


 人化した鼠は幼い腕を組んで、悩む素振りをする。

 

 じゃあつまりこう言うことか。

 全部で十二体いる式神とそれぞれの方法で契約できれば、俺は全ての式神を顕現でき、意のままに操ることが出来るって事か。


 そう考えると、なんだかワクワクしてきた。

 一気にファンタジー感が増してきた。


 前世に持ち得なかった特殊な力を前に俺は少々高揚感を持っていた。

 しかし、


 「それでお前との契約はどういった内容なんだ?」


 そうだ。問題はそこだ。

 契約内容が無理難題ならどうすれば良いのか。


 俺を固唾を飲んで、鼠の回答を待つ。

 ……だったのだが、当の本人は何を言っているんだと言わんばかりに首を傾ける。


 そして次の瞬間には満遍の笑みを浮かべ、言い放つ。


 『契約内容はボクをちょくちょく外に出してほしい事、それだけ』


 それは余りにも単純で簡易的な内容であった。

 簡単すぎて何か試されているのか探ってしまうほど。


 「そ、そんなことで良いのか?」


 『はい!ボクはそれでもう満足だよ』


 曇り一つ無い笑顔には嘘が見受けられない。

 少し話が旨すぎるような気がするが、ここは一つ乗ってみるとするか。

 

 「分かった。そんなことで良ければ、お安いご用だけど」


 『契約成立だね』

 

 鼠はその幼い容姿に喜びを纏わせる。


 「それで今から契約書みたいな物でも書くのか?」


 失礼ながら、前世の映画で見た悪魔との取引の映像が浮かび上がった。


 これを聞いた鼠は小さい体、と言っても俺と同じ体格をすっと立たせ、俺に近づく。

 そして、これも俺と同じ灰色もしくはねずみ色の髪の毛を見せるように頭を下げる。


 『そんな物必要ないよ。ただボクの頭に触れてくれれば』


 そう言われた俺は言われた通り、下げられた頭に手を置き、触れてみる。


 サラサラだ。

 動物の鼠を触ったときは体毛の暖かさと柔らかさでクッションをイメージしたが、人化した際の髪の感触は高級なシャンプーをふんだんに使用したような滑らかな髪だ。


 こちらもつい撫でてしまいたいと思った時、


 「っ?!!」


 まるで鼠と俺とが見えない線で結ばれたみたいな感覚が全身に走る。

 

 『これでいつでもボクを呼び出せる。目覚めたら必ずボクを顕現してね』


 「……あ、ああ」


 乾いた返事しか出来なかった。

 ここで鼠は何かに気づいた感じで俺に尋ねる。


 『あ!そう言えば、まだご主人様の名前を聞いてなかった。なんていう名前なの?』


 「え?そっか言ってなかったな。……俺はシュウだ」


 俺の名前を認識した鼠はシュウ……シュウ……シュウ……と何度も口元で呼応する。


 『分かった。シュウ様だね。シュウ様!!』


 その綺麗で純粋な目からはキラキラ星が連想されるほど輝かしく煌めき俺に喜びの眼差しを向け、いきなり俺に抱きつく。


 「お、おい!ちょ、ちょっと待て!」


 いきなり抱きつかれ面食らったが、何とか引き剥がす。


 ……すると、視界が歪んできた。


 『あ、そろそろ時間だね。ではシュウ様……今後ともどうぞよろしくお願いします』


 鼠は俺がこの空間に来てから一番礼儀正しい様子で、正座して頭を深く下げる。


 「こ、こっちこそ………よろ……し………」


 言い切る前に俺の意識はそこで途切れる。









 『………』


 シュウがいなくなった空間で鼠は正座したまま、先程の笑顔は嘘のように顔を伏せ、真剣な表情を浮かべている。


 ややあって、上げた顔には固い決意が張り付いている。

 

 『”今度は”ご主人様を…シュウ様を絶対に死なせない』




 





 目が覚めたときは、朝になっていた。


 俺は布団から起き上がり、自身の体の調子を確認する。


 目が覚める前、俺は十二個の扉が空間や心に直接話しかけてくる鼠と会話していた。

 普通に考えれば、夢である。


 だが、以前見た白い蛇の夢の時と同じ、これらの出来事は鼠との会話を取ってみても、詳細に思い出せる。

 夢なんて、覚めれば殆どの事を忘れてしまうのに。


 やはり夢でないのか。


 そこで最後の方に鼠と交わした内容がよぎる。

 

 【これでいつでもボクを呼び出せる。目覚めたら必ずボクを顕現してね】


 アイツはそう言っていた。

 夢でないのなら、出来るはずだ。


 そう思って、鼠を顕現させようとして、思考が一旦ストップする。


 ………えっと、顕現ってどうやるんだ。

 あの空間の中では肝心の顕現方法を聞いてなかった。

 はぁ…重要なところで俺は………。


 仕方が無いので、前世のアニメのまねごとのように両手を前に出して唱えてみる。

 勿論、母さんに聞かれないように小声で。


 「ね、鼠よ……で、出てこい……………え?うわ?!」


 唱えた瞬間、”それ”がくる感じを覚える。


 始めは体の奥底から力が湧き上がる感覚がして、その次に両手全体に"何らかの力"が行き届いている感覚が現れる。 

 その後すぐに、感覚的な変化が視覚的な変化になる。


 いきなり目の前に、先程会話していた灰色髪の幼い男の子が出てくる。

 まるで瞬間移動をしたかのように、一瞬で。


 この世界に転生してから、ファンタジーぽい事をした瞬間であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る