第6話 十二の扉




 その日の夜にまたしても変な夢を見た。


 ………いや、夢なのか?


 俺は見たこと無い空間で一人ぽつんと立っていた。


 俺の周りには多くの扉。

 扉には何らかの紋章が刻まれており、扉自体は意匠もかなり凝っている。


 下を見ると、俺が立っている足下には円が描かれている。

 その円を中心に何個もの線が引かれている。

 そしてその線は真っ直ぐ扉に繋がっている。


 ここは何処だ?


 「……ひぃたぁい」


 自分の頬を引っ張ってみても、痛覚は感じ、夢から覚める気配はない。

 つまり現実なのか。


 これと似たような光景は見たことがある。

 白い蛇の時だ。


 もう一ヶ月前の事だが、今でも鮮明に覚えている。


 あの時はすぐに覚めたけれども、今は待てど待てど覚める気配がない。

 暫く周囲の空間を見渡した。


 けれど埒があかないと判断した俺はようやく歩き出す。


 先ほども言ったが、俺の周囲には多くの扉があり、その数……十二個。

 俺を中心として、ちょうど時計で言うなら一時から十二時の数字が置かれている場所に扉が設置されている。


 いくつかの扉を押してみたが、ビクともしない。

 この謎の空間から抜け出す方法も分からない。


 段々と焦燥感が生じ始めた頃、


 「ん?!なんだ光った?!」


 最初に俺が立っていた足下の円が光り出した。


 そうこうしている内に、光り出した円から伸びている十二個の扉にそれぞれ繋がっている十二本の線の内の一本が光った。

 そしてその線に繋がった扉も光り出した。


 扉は神秘的に白く輝いている。

 その扉は俺が始めに立っていた場所の正面から七時の方向の扉が光っている。

 

 俺は意を決して扉に触れ、押してみる。


 ギシッ。

 扉は先程は押してもビクともしなかったのに、今は何の抵抗もなく開く。

 

 ゴクッ……。

 口内に溜ったつばを一気に飲み込んで、扉を潜る。


 扉の先には、まばゆい光があった。

 まぶしくてつい目を細めたが、徐々にその光量に慣れてくると扉の中の光景が鮮明に網膜に映し出される。




 「ここは?!」

 

 そこは庭だった。何の草木も生えていないただの庭。


 そして庭の前方に一軒家。

 でも時代劇やテレビでよく見る江戸時代の木造の一階建ての家。

 下は木造であり、障子が張られ、屋根は藁で出来ている。


 まるで昔の地球にタイムスリップした気分だ。

 

 後ろを見ると、今潜ってきた扉がある。


 興味を持った俺は正面を向いて、その一軒家に歩き出す。

 そして土手に上り、障子を横にずらす。


 家の中は中央に囲炉裏があり、古そうな箪笥や釜、水を入れる大きめの瓶。


 内装自体も江戸時代の平民の民家そのものである。

 

 家の中は誰もいない。

 耳を澄ませても、聞こえるのは囲炉裏から炭を焼く火のパチパチした音。


 だったのだが、


 『あなたがボクの新しいご主人様?』


 突如として、中性的な、それでも幼い調子の声が俺の鼓膜を揺らす。


 「うわ?!何だ!!」


 突然声が聞こえたものだから、飛び上がって素っ頓狂な声を上げてしまった。


 今の声は?!

 すぐに周囲を見るが、誰もいない。


 暫く辺りをキョロキョロしていると、またしても声が俺の耳に届く。


 『えっと…ここだよ。ここ』


 「へ?!あ、誰だ?ていうか何処だ?!」


 俺は声の主に呼びかける。

 辺りを見渡しも、やっぱり誰もいない。


 『ここ。あなたの足元!』


 「足元?」


 そう言われて、自身の足元を見てみる。


 そこには鼠がいた。


 鼠…そうネズミである。紛う事なき鼠である。

 前世のテレビなどで何度も見たことがある鼠である。

 

 鼠は皆んなが想像する通りの見た目である。

 俺の髪色と目の色と同じく灰色の体毛を持っており、ちょこんと付いている細い尻尾、六歳の俺の手の上にちょうど乗れそうなサイズ。


 鼠は上を見上げて、俺の顔をじっと見ている。

 

 え?……まさか。


 『はい!ボクだよ。初めまして、ご主人様』


 どうやら俺の足元にいたこの鼠が声の主人らしい。


 俺は膝を折り曲げ、鼠をもっと近い距離で視認する。

 そしておもむろに鼠を撫でてみる。


 『わ!ちょっと!くすぐったい』


 「温かい」


 思わずそう呟く。


 鼠の体毛は座布団やクッションに詰まっている羽毛のように柔らかく、体毛ごしから鼠の体温が伝わってくる。


 触り心地の良い柔らかさと温かさで、つい鼠の背中を撫でる手つきが止まらない。


 撫でながら尋ねる。


 「お前が喋ってんのか?」


 すると、鼠は小さな頭をコクコクと揺らす。


 『そうだよ!初めまして』


 「あ…うん、初めまして」


 戸惑いつつも挨拶をし返す。 


 だが、次々に湧いた疑問を解決するために撫でる手を止め、矢継ぎ早に質問をする。


 「って、そんな事より!お前は誰で、ここは何処なんだ?!」


 俺は鼠に顔を近づけて問いかける。

 当の鼠は俺がいきなり迫ってきたせいか、体をビクッとさせた。


 『へ?!えっと……その、まずボクは”式神”というものでして、ここは”老師”様の力によって作られたそれぞれの式神の空間』


 鼠はギクシャクしつつも答える。


 「式神?……それに老師様と空間?」


 『うん。式神はご主人様であるあなたの眷属と言うべきものかな。老師様はボク達、式神の指導者的存在で、空間を司る能力を持っているんだよ」


 鼠はそのように説明する。

 式神と老師について考える。


 まず式神。

 アニメや漫画でよく出てくる陰陽師が和紙を使って、それに術を掛けることで使役することが出来る鬼神。

 基本的に陰陽師以外の人が見ることが出来ず、悪霊退治の際に使用される。

 

 そして老師。

 主に年老いた師匠や先生。

 または年を取った僧という意味合いもある。


 俺が気づいたときに立っていた十二の扉がある空間やこの鼠がいる空間も、その老師とやらが作ったって事か


 こうして鼠が言った単語などの意味を考え、分析したりしたが、ぶっちゃけ頭の中は意味不明の単語が蔓延っている。


 そもそも何故俺がこの空間に連れてこられたのか理解不能だ。


 だが、ここで一つの答えが直感的に沸いてくる。


 俺はこの世界に転生する前に、白い世界で天使様から言われた言葉を思い出したからだ。


 『そうか!強くなりたいのか。それなら朗報だ。お主と言うか転生者には、特別な能力が備わっている』


 あれが本当だとするなら、これこそが俺に備わった特別な能力ではないのか。


 「これが俺の能力」


 そう呟く。

 その俺の呟きに激しく同意するように鼠はまたしても小さい頭をコクコクとさせる。


 『そう、あなたの能力。あなたの能力はボクたち”十二体の式神”を操る能力なんだ』


 この時、異世界にきて六年と少しにして、俺の能力が確定する。


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