第5話 今の両親


 俺が走り込みを始めてから二ヶ月ほど経った。

 

 「ふ、ふ、はぁ、はぁ」


 二ヶ月前に始めた村外周のランニング。

 毎朝走って、今では村を二周走ることぐらいは出来るようになった。


 最初に比べて、少し持久力が伸びてきたと思う。


 「おい、シュウ。また走ってんのか?」


 「え?……ああ、そうだな」


 ちょっと前に始めた朝からのランニングは習慣化している。

 今日も持久力を付けるために走り込みをしている。


 そんな中、レオに声を掛けられた。


 咄嗟に俺は身構えてしまった。

 レオはやっぱり前世のアイツに似て、苦手である。

 

 しかしレオはそんな俺の事は知るよしもなく、質問を続ける。


 「へぇ…お前ここの所、毎日走ってるよな。何か理由でもあるのか?」


 茶髪の髪を揺らしながら聞いてくる。


 「別に理由があるって訳じゃ………いや、まぁ……強くなるためかな」


 隠したところで別に大した事は無いので、正直に話す。


 すると、レオは目を少し開いて驚いた表情を作り、顔を近づける


 「強くなるため?そ、それってもしかして”俺と同じ”で…ぼ、冒険者になるためか?」

 

 レオはやたらと冒険者という単語を強調させて言った。

 俺の気のせいか、なんだか目も輝いているように見える。


 俺はいきなり迫られたことに若干顔をひきつかせる。


 「うーん……興味ぐらいはあるかな」


 でまかせでない。

 ドリトルさんを見て、ここ最近は興味があるのは確かだ。


 ラノベでいったら主人公が冒険者になるのが、基本パターンだからな。

 いずれ俺もこの村から出て、冒険者になろうかな…くらいは思っていた。


 しかし、そんな俺の回答にレオは顔だけでなく、体ごと近づける。


 「本当か!じゃあ、シュウは強い冒険者になるための訓練をしていることか」


 う……この距離の詰め方、アイツそっくりだ。

 俺にもフレンドリーに話掛けるところとか特に。


 「おい!近すぎだ!」


 なので条件反射で身を引いてしまった。


 でもレオはそんな反応した俺を気にしなかった。


 「あ、ごめんな。俺もドリトルさんみたいな冒険者に憧れているから、つい嬉しくなったんだ」


 レオは照れながら自身の夢を語る。


 レオはドリトルさんのことを深く慕っている。

 いつも優しく、それでいて力強さを感じさせる風貌に羨望してしまったのだろう。


 「俺も十二歳になったら、この村を出て、冒険者になるんだ」


 「………」


 その時、俺の脳内によぎったのは、あるセリフだ。


 『俺もいつか消防士になるんだ』


 それは前世でアイツが俺に言った言葉。

 レオの言葉を聞いて、つい思い出してしまった。


 「………なぁ、もう行っても良いか?」


 「え?そっか、呼び止めて悪かったな」


 レオはにこやかに笑いかける。

 そんな彼を横目に俺はまた走り出す。


 

 走っている途中で思う。

 レオとしゃべっていると、ドンドンと前世の友達だったアイツとの記憶を思い出してしまう。


 


 そして、その日の夜。 


 俺はこの世界の父さんと母さんとで夕食を食べている時だった。

 

 「聞いたぞ、シュウ。冒険者になりたいのか?」


 「え?」


 黙然と食べていたところで急に話しかけられたので、思考が一瞬停止する。


 見ると、俺や母さんとは違い、黒い髪を短く切ってある父さんが疑問の顔で尋ねている。

 

 何故父さんが、俺が冒険者になろうとしていることを知っている?

 それを知っているのはレオだけ……ってまさか!


 「聞いたって……もしかして…レオから?」


 俺は目を細めて聞く。


 「そうだ。今日、畑仕事から家に帰る時に偶然会って。レオ君なんだか妙に機嫌が良さそうだったから理由を聞いてみれば、シュウも冒険者を目指している事が分かって、同士が出来たみたいで嬉しいって言っていた」


 「まぁ!」


 母さんが手を口に当て、驚いていた。

 俺が冒険者になろうと考えていたことは、母さんにも言っていなかったからな。


 「シュウちゃん本当なの?」


 母さんは真面目に聞いてくる。


 「えっと………うん……そう、だけど」


 「そう……」


 母さんは考え込む。


 これは反対されるのか。


 冒険者は魔物と戦う。

 つまり死ぬ確率が大幅に大きい職業。

 子を心配する親なら反対すると思われる。


 ……いや、そもそも俺の将来なんて、関心は持たれないかもしれない。

 

 前世の父親と母親がそうだったように。


 『お前なんて、俺の息子じゃねぇ!!』


 『ああ、全く。あんたなんて産まなきゃ良かった』


 前の世界の両親が俺に放った言葉はしっかりと俺の心の傷に刻まれている。

 前世の両親はいろいろあって、今はすっかり大嫌いになってしまったから、この世界の両親と接するのが怖かったんだ。


 しかし、そう考えていた俺の思考を壊すように、次に出た母さんの答えはどちらも違っていた。


 「確かに冒険者は危険な物だって事は知っているわ。でも私はシュウちゃんが選んだ道は応援するわ」


 「………」


 少しばかり思考が止まる。

 母さんの言葉には、俺の冒険者への道を馬鹿にする事は無く、むしろ賛成さえしてくれた。


 母さん……。


 「俺もだぜ。シュウが決めた道なら、二人で応援するぞ」


 父さんまで……。


 俺は二人の顔を見る。

 二人とも俺を優しく笑いかけている。


 そう言えば、この世界に転生してから、初めて両親の顔を真剣に見たかもしれない。


 ……確かに、いつまでも前の父さんと母さんのことを引き合いに出すのは不毛かもしれない。


 俺はもうちょっと今の父さんと母さんを見るべきなのかもしれない………。


 今夜はそう思いながら眠りについた。









 『はぁー……ようやく準備が整ったニャア。疲れたニャア』


 それは誰が言ったのか。


 どこからともなく聞こえる気だるい声。


 暗い空間の中に浮かび上がる二つのギョロリとした目。

 その目には、自室で複雑そうな表情で眠る灰色髪のシュウが写っている。


 『巫女様…このガキや、面倒な性格ですニャア』


 声の主はそれ以上何も言わなかった。


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