第4話 白い蛇



 その日の夜、俺は夢を見た。


 俺は草原の上に立っていた。


 雲一つ無い晴れ渡った空の下。

 心地よい風が吹いて、足元の草を揺らす。


 「ここは……」

 

 何処だと思ったのも束の間。


 「っ?!」


 気づけば目の前に巨大な白い蛇がいた。

 

 驚き、息が詰まる。


 家よりも遥かに大きなその蛇の口は、子供の俺なんて一口どころか半口で丸呑みできそうである。

 蜷局を巻いており、俺の方をジッと見ていた。


 アルビノのように純白の鱗を纏っており、日差しにより白銀の光を放っている。

 どこまでも青い空と緑の草原の中にある、白の光沢は一種の幻想的な光景である。


 「………綺麗だ」

 

 俺を見つめるその赤い目はどういう訳か、危険さはなく、むしろ知性と聡明さを感じさせる。

 こんなに大きい生き物に見られているのに、俺の中には恐怖はなく、不思議と安心感があった。


 この蛇は一体?


 疑問に思っても、ここは夢の中なのか答えは返ってこない。

 いくら見つめても、蛇は微動だにせず、俺を凝視する。


 と思ったら。


 フフ……。


 その白い蛇は笑った気がした。

 感覚的にしか分からないけど、確かに笑った気がした。


 まるで赤ん坊に微笑む母親のように。


 「うっ?!」


 ドクッ。

 三半規管をやられたみたいに、急に視界がぼやける。


 そのまま視界はどんどん悪くなる。

 やがては視界全体が暗くなり、完全に見えなくなってしまう。









 「変な夢だったな」


 そう独りごちる。


 昨日は首を吊る夢で、今日は白い蛇の夢。


 あの白い蛇の姿は目を瞑れば鮮明に思い出せるほど脳裏に焼き付いている。

 何故だか、忘れられない。


 とにかく不思議な夢だった。



 

 朝、家の外に出た俺は屈伸や手足をほぐしたりして準備運動を行なっていた。

 怪我をしないように入念にストレッチを施しておく。


 一通り終わった後、俺は村の入り口に向かう。


 俺の村の入り口は東西南北で四つあり、俺の家はやや西寄りにあるので、西の入り口に向かった。


 入り口に着いた俺は村の外周を時計回りに進むように走り始める。


 「ふっ…ふっ…ふっ…」


 あくまで自分ペースで走っている。

 

 子供、それも今日から走り込みを始めたばかりなのですぐにバテる。

 それでも決して足は止めず、歩きながらでも体力を回復させつつ、余裕が出来たら再び走り出す。


 俺が走り込みをしている理由はひとえに強くなるためだ。


 転生する前、俺は天使様に生まれ直したら強くなりたいと言った。


 それは勿論嘘ではない。

 あの時は本当に転生できるか疑心を持っていた事もあり、やけになって答えたことは否定できない。

 

 だが、強くなりたいこともまた事実。

 だからこその走り込みだ。


 アニメや漫画でよくある、強くなる一歩は持久力を付けることとあったからだ。


 ……でも、それにしてもキツい。

 村の半周しただけで汗がダクダクだ。

 

 西の入り口でスタートして、反時計回りで南の入り口、つまり四分の三週でとうとう足を止めてしまった。

 

 「はぁ、はぁ……ちょっと休憩」


 俺は膝を曲げ、息を整える。


 暫くその場に留まっていると、


 「シュウ……くん?……何してるの?」

 

 横から鈴を転がしたみたいな清涼の声が掛けられた。


 顔を側方に向けると、老人と手を繋いだナギサがその美麗な顔を怪訝にさせて俺を見ていた。


 「はぁ…見ての通り走り込みで持久力を付けてんだ」


 「……そ、そうなんだ」


 彼女はどう返していいのか分からないと言った感じで返答する。


 まぁ、少し前まで走り込みをする素振りすら見せなかった俺が持久力を付けてると言ったんだ。

 彼女からしたら訳が分からないはず。


 ナギサが不思議そうにする横で、快活な声が俺の耳に響く。

 

 「ほっほっ。そうかシュウは体を鍛えているのか。それはいい事じゃぞ」


 声を掛けてきたのはナギサと手を繋いだ老人だった。


 彼は髪を刈り上げ、顔にいくつかの傷跡が彫られており、白髪が目立っている。

 しかし年老いているとは到底思えないほど体が引き締まっている。


 そしてナギサと手を繋いでいない方の手は斧を持っている。

 

 この老人の名前はドリトル。

 ナギサの祖父である。


 何でも主に魔物と戦うための職業である冒険者をやっていたらしい。


 昔はここから遠く離れた大都会で冒険者家業をやっており、現在は引退して、この村に引っ越してナギサと一緒に暮らしているのだとか。

 

 元々ドリトルさんはこの村の出身で、数十年前に村を出て以来全く帰ってこなかったが、突然赤子だったナギサを連れて帰ってきたという。


 「あ、ドリトルさん。こんにちは。はい、持久力を鍛えていまして」


 「うむ、元気があって良い」


 「あの、ドリトルさん達は何を?森に行くんですか?」


 俺のいる村は太陽が登ってくる方向を考えて(この世界の太陽が東から登るのどうかは置いといて)北の方向には広大な原っぱがあり、東と西の方向には、この村の食糧源の一つである畑がある。

 

 そしてドリトルさんの家は南の入り口付近にあり、これより南は森しかない。


 村と森の距離はそこまで離れていなく、子供の俺が歩いて十分程度でたどり着く。


 森とは言っているが鬱蒼としたジャングルではなく、林よりも木が少し多いぐらいで日光の木漏れ日が鮮やかに木々を緑色に彩る程度の規模である。


 「ああ、森に食べ物や木材などを集めに行こうと思っての」


 肩に担いだ斧を揺らして言う。


 東西の畑だけでなく、南の森に生えてある山菜や茸、木になっている木の実もまた、この村の重要な食量源である。


 また、この村の家の大部分は森の木から伐採した木材から出来ている。

 たき火のためだけでなく、家の修理に必要不可欠である。


 「そうですか。いつもありがとうございます」


 「なぁに、冒険者であったワシがこの村で出来る数少ないことじゃ」


 あんな風に言っているが、実際ドリトルさんは村の人から感謝されている。


 元冒険者の彼は森の探索が得意であり、採取や伐採もお手の物。

 たまに家の修理もやってくれる。


 彼はこの村に多大な貢献をしているのだ。


 俺はもう一度彼にお礼を言ってから、走り始める。


 ……それにしても冒険者か。

 なんだか、憧れるな。


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