第3話 トラウマ未だ晴れず



 「はぁはぁはぁ……」


 先程の悪夢により乱れていた息を整え直す。

 夢と分かってもまだ首筋が絞められているような感じがする。 


 天使様に第二の人生を授かってから、早六年と少しが経過していた。


 そう、俺は本当に転生した。


 赤ん坊の頃は前世や白い世界での記憶が余りハッキリしなかったが、俺が五歳になった頃に、急に思い出した。

 記憶が頭に流れ込むような感覚がして、とても混乱した。


 はぁ…それにしても前世の記憶は本当に要らなかったな。

 

 何故転生には前世の記憶がセットなのだろう。


 おかげで忘れようと思っても、時々夢に出て来るほど前世の事が頭に染み込んでいる。  

 

 折角、新しい人生を送っているのに…。

 過去の記憶に怯える人生なんてまっぴらごめんだ。


 このまま過去に一生取り憑かれたままなのか?

 早くこの呪縛から逃れたい。

 

 ひとしきり自身の首元を確認した後、深いため息を吐く。


 目覚めは最悪だが、しょうがない起きるか。


 寝巻きから普段着に着替えて俺は居間に出る。


 「あら…シュウちゃん、おはよう」


 「……うん、おはよ」


 居間には母さんがいた。


 灰色の髪を揺らしながら、灰色の目で俺を見て、健やかに笑みを浮かべていた。  


 そんな母さんに俺は素っ気ない挨拶を返す。 


 記憶が戻る前の俺は自分で言っても、余り愛想の良い奴ではなかった。

 が、前世を思い出した事でその愛想のなさに拍車が掛かった。


 「もう相変わらず愛想が無いわね。そんなんじゃいつまで経ってもお友達が出来ないわよ」


 …余計なお世話だ。友達なんて要らない。


 前世で学んだ事は、友達というのは上辺だけで成り立つ関係。

 状況が変われば、簡単に手のひらを返す。


 俺の友達だった奴がそうだったように。


 母さんは俺がそんな事を考えている事は知る由も無く、


 「そうそう、お水がもう直ぐで切れそうだから井戸から汲んできて欲しいな」


 「わかった」


 軽く返事をした俺は木桶を持って家を出た。


 俺の住む家は、国の辺境にある田舎村の一角にある。  

 村の中心には共同井戸があり、朝方にあると村の人達はそこで水を汲んでいる。


 つまり今、井戸に行くと村人の多くの人と出会うことになる。


 「あ、シュウ君。おはよう」


 「おう、シュウ。早いな」


 「おはよう。水汲みなんて偉いね」


 共同井戸には沢山の大人達がいて、俺に声を掛けてくる。


 「あ、はい。おはよ…ございます」


 俺は萎縮した感じで顔をやや下に向け、他人行儀な挨拶を返す。


 前世の関係で俺は友達だけでなく、大人にまで信用できなくなっていた。


 勿論分かっている。

 それは前世での俺の周りにいた大人の話であり、この村の大人達をそれと同じ括りにするのは良くない事は十分承知している。


 伊達に六年間、ここで生きてきたんだ。

 この村の人達は親切であるのは知っている。


 頭では分かってるが、どうしても前世の経験から大人は損得勘定の塊であると錯覚してしまうのだ。


 井戸から水を汲み上げ、いっぱいにした水桶の水面に自分の顔が浮かんでいる。


 「………」


 いつも通り、そこにはパッとしない顔が浮かんでいた。 


 灰色の髪。

 灰色の瞳。

 髪も目も、母さんと同じ。


 それに加えて、憂鬱な今の気分と相まって、死人みたいな顔を作り出している。


 前世のトラウマのせいで俺は村の友達や大達、実の親にすら、いつも殻に篭るような対応をしている。


 どうしても人を無条件で信用できない

 過去の事は時間が解決してくれるかと思ったけど、一向に治る気配が無い。




 自分の顔を見て、自問自答をしていると、


 「あら、おはよう。ナギサちゃん」


 「おはようございます」


 幼い、それでも鈴を転がしたような声が聞こえてきた。


 見ると、俺と同じぐらいの背丈の女の子が木桶を持って共有井戸から水を汲もうとしていた。


 彼女の名前はナギサ。

 この村にいる数少ない子供の一人。


 俺と同い年の六歳である彼女は、百人中百人が可愛いと答える美少女である。


 大きな目と整った鼻と薄紅色の艶のある唇。

 目はまるで中にサファイアの宝石で作られた水晶体を入れている様な青色の瞳。

 肩より先ぐらいまで伸ばしてある髪は、白い髪に金を溶かし込んだプラチナブロンド。

 真っ白過ぎでもない、不健康さを感じさせない白磁の肌。


 そんな彼女は、活発にしゃべるわけでも無く、余り感情的な顔を表に出さない。

 俺も彼女に対して、そこまで関心がある訳もない。


 コクッ…。

 だからこうして、俺達はお互いの顔を見ながら、無言で真顔で会釈している。

 

 俺はさっさとこの場を離れて、家に戻る。




 だが、その途中で


 「おーーい、シュウ。今から皆んなで遊ぶんだけど、お前もどうだ?」


 大声で俺に声を掛けてきたのは、この村の村長の息子であり、村の子供達の中で最年長のレオである。 


 癖っ毛のある明るい茶髪を見せながら、手を振っている。 


 レオはこの村の子供達のリーダーであり、村中の大人達から厚く信頼されている。


 レオも村長の息子と言う自覚を持っており、誰に対しても分け隔て無く接してくる。

 俺に対しても。


 「…………」

 

 だからこそ、あいつとは一番関わり合いになりたくない。


 別にあいつが悪いわけじゃ無いが、あいつを見ていると、どうしても前世の頃の俺の友達だったアイツの事を思い出してしまう。


 俺はレオの誘いを無視し、無言で歩き去って行く。


 何やら後ろの方で、レオの近くにいた俺と同じぐらいか少し幼い子達が、なんだよあいつ、なあレオ行こうぜ、レオの誘いを断りやがって、と騒いでいた。




 家に戻り、木桶に汲んできた水を瓶の中に入れる。


 「母さん、水を汲んできたよ」


  「ありがとう。助かったわ」

 

 今にいる母さんに報告した後、俺は思う。

 ……そう言えば、天使様がいた白い世界で、俺には特別な能力が備わっていると言っていたな。


 そこで自身の手のひらを開いたり、握って力を入れてみても何の変化も起こらない。

 

 その特別な能力が備わっている感じはしない。


 やっぱり能力等の話は俺を元気付けるための嘘だったのかな?


 


 結局今日は何が起こる事もなく、俺は就寝した。

 しかし、その夜……。


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