第2話 二度目の人生
四方三十平方メートルの部屋の中。
明かりは付けていなく、カーテンも閉め切っているので、昼間にもかかわらず部屋の内部はとても暗い。
耳を澄ませても自分の息遣いしか聞こえない静寂の中、俺は自分の目の前と足元をゆっくり見詰める。
座高を最大限に上げた可動式の机の椅子、その上に自分は立ってた。
そして俺の眼前には工具屋で買ってきたロープが先端を輪っか状に結ばれており、天井から垂れ下がっている。
「………」
俺は何も考えずにそっとロープの輪っかを手に取って広げてから、首を通す。
後は立ってある椅子から足が離れれば、自身の体重でロープの輪っかが締まり、体内と体外との空気の移動が遮断される。
そうする前にふと、自分の両親や身近にいた大人達そして友達と"思っていた"人達を思い起こす。
思い起こしたところで何かが大きく変わるわけじゃ無いが、やはり今まで信じていた分、それを裏切られれば殺意と失望、諦め、憎悪など有りとあらゆる負の感情が沸き起こってくる。
今更それを考えても仕方がないか。
もう一秒でも早くこの世界から逃げたい。
大きく深呼吸をしてから、一気に足を椅子から離した。
ギシッ!!
直後に襲いかかる首への強烈な圧迫感。
最も簡単で手取り早いとネットで書かれてたが、想像したよりも苦しいし、辛い。肺がどんなに酸素を求めても、口からはう、う…と言う小さい苦情の声が漏れるだけだった。
死ぬ。
視界が徐々に暗転する。
それから何も聴こえなくなった。
「っ?!!」
強烈な恐怖によって就眠から覚醒へと意識を強制的に持ってかれた。
すぐに上体を起こし、手を首筋に当て、自身の安否を確かめる。
額には汗が溜まってた。
息も大きく乱れており、いきなり全速力で走らされた後みたいに肺が酸素を求めようと、気管支の中を肺内と外の空気が激しく行き交う。
額には汗が溜まってた。
息も大きく乱れており、肺が酸素を求めようと、気管支の中を肺内と外の空気が激しく行き交う。
俺は前世の記憶を保持したまま、元いた世界とは違う、異世界に生まれたのだ。
いわゆる転生だ。
何も痛みを感じない。
先程まで首吊りにより締め付けられていた感覚はいつのまにか亡くなっており、妙に心地よい感じがした。
変だなと思い、閉じていた目を恐る恐る開ける。
暗転していた世界に光が差し込まれ、直ぐ視界全体を埋め尽くす。
そこには白い世界があった。
見渡す限り地平線の彼方まで汚れ一つ無い白一色の空間。余りに非現実的な景色にまともに思考する事も出来なかった。
しばらく唖然としていると、
「お主、※※ ※※か?」
突然、誰かが自分の名前を呼んだ。
それは父親が俺に付けてくれた名前。
今では聴くことも口に出す事も嫌悪感と怒りを伴う名前。
咄嗟に顔を歪めながら声のする方に目を向けると、そこには白い髭を刈り揃え、背丈が高く丈夫な金髪の初老の男がいた。
俺より背が高い老人は古代ギリシャの一般的な人が身につけているキトンという服のようなものを着用している。
俺は静かにこちらを伺うように老人の持つ鋭い眼光に威圧感を覚え、佇んでしまう。
「※※ ※※で合ってるか?」
再び自身の名前を呼ばれる。
「そう……です…」
「そうか…単刀直入に言うが、お主は死んだ。そして今から別の世界に転生させる」
「………はい?」
何を…言っているだ?転生?俺は悪い夢でも見てるのか?
突然のことで激しく動揺する。
「いきなりの事で驚いておるじゃろ」
「あの…ここは何処ですか?」
俺は怪訝になりながら、周囲の何も無い白の空間を再度見渡して言った。
「此処か?死後の世界とも言うべきかなの」
「俺はどうすれば……」
「さっきも言ったじゃろ、転生させてやると。もう一回人生を送れるのじゃ。どうじゃラッキーじゃろ」
「…少し前に生きる事を辞めたんですよ。もう…生きたくないです。何で転生させるのですか?」
老人は申し訳なさそうに、
「すまんな。ワシは転生体を転生させるだけの役割しか与えられて無くての。何故お主が選ばれたのか分からぬ」
老人の話を全面的に信じたわけでは無いが、一度人生を投げ出した身。
もう、どうにでもなれの体だった。
「なぁに次の転生先で人生を謳歌するのも良い。出来ればお主には幸せになってほしい」
「………………分かりました。転生させて下さい」
「うむ、理解が早くて助かる。では、お主が転生する世界について説明する」
そう言って老人はこれから生まれる世界について教えてくれた。
どうやら、その世界は剣と魔法がある世界であり、多くの種族が存在し、種々様々な魔法や能力と言うものがある世界らしい。
まるでラノベみたいだ。
「この世界でお主のやりたい事、前世でやり残した事をすれば良い」
「前世でやり残した事ですか?」
老人を馬鹿にする気持ちは無いが、今さっき自殺をしたばかりの人間にやり残した事があると思うのか?
俺は未練がないから命をだったんだ。
だけど、そうだな……。
「もし生まれ直したら……強くなりたいです」
「ほう、強く?」
「はい。俺が死んだのは、大元は俺が弱かったからだと思ってます」
脳内に浮かんだのは高校生の俺がクラスの皆んなから文字通り袋叩きにされる自分。
あの頃の俺はクラスの連中に恐怖の念を持っていた。
それと同時に連中に仕返しをしたくても出来ない遺憾と弱い自身への怒りを抱えていた。
だから前世の同じ自分にならないようにするために強くなりたい。
老人は破顔一笑をする。
「そうか!強くなりたいのか。それなら朗報だ。お主と言うか転生者には、特別な能力が備わっている」
「特別な能力?」
「どう言った能力はワシにも分からぬ。じゃからお主自身で色々試せ」
やっぱりラノベみたいだ。
能力が使えるなんて、いきなり言われても分かる訳ない。
「何か聞きたい事は無いかの?」
「いえ、ありません。さっさと転生して、早く前世の記憶を忘れたいです」
すると老人はゆっくりとこちらに近づいてくる。
目の前に来てから手を俺の頭に当て、優しく撫でた。
「………そうか…お主のこれからの人生に本当の幸福がある事を願うぞ」
「っ?!」
本当に優しい言葉に、優しい手つき。
とても久しぶりに感じた人からの優しさに思わず涙が出そうになる。
泣くのを必死に堪えていると、足元が急に光り出した。
そうか、これから二度目の人生が始まるのか。
しかし、そう考えたのも束の間、
「あっ待って下さい」
折角なので、最後に疑問に思った事を聞いてみた。
「貴方って………人?……何ですか?」
それを聞いた老人は一瞬考えた後、こう応えた。
「そうじゃの…お主の世界で一番近いのは……」
次の言葉を待っていた俺の視界に二つのものが入り込む。
老人の背中から出てきた"白い三対の翼"。
そして頭の上に現れた"光輪"。
「天使かの」
そうして俺は光に包まれながら転生した。
俺が転生し、誰もいなくなった場所を天使と言った老人は暫く眺め、
「ふう、行ったか。それにしても何故転生する者たちは、こうも一癖も二癖もある経歴ばかり何じゃ?いや、だからこそ力を持った転生体は人生に狂わされるのか?」
老人は自問自答する。
彼をこの白い世界に呼び出す前に、少し彼の前世を見た。
赤ん坊として生を受け、成長し、学校へ通い、友達と遊び、事件が起き、いじめに遭い、友達に裏切られ、自身で命を断つまでの流れを。
それが彼の人生の全て。
「転生体は良くも悪くも向こうの世界でも人生に大きな試練が降り注がれる。願わくはあの少年には後悔の無い人生を送ってほしい」
老人はおもむろに目を細めたと思ったら、険しい双眼が白く輝き出す。
「ぬ?!これは!転生先に我が同胞!"神"よ、貴方には明確な意図が有るのですか?」
そう独り言をした後、
「どうか”二人”に幸多き事を」
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