第3話
それから、出勤ごとにロボットの数は増えていった。向かいの席の同僚も、課長も、今年入ったばかりの新入社員までも、グレードは違えどサブ・ロボットに置き換わっている。どうも部長がサブ・ロボットを導入したことで、それまで遠慮していた層が一気に踏み切ったらしい。
笑ってしまったのはパート社員の今野さんがロボットを導入していたこと。あれほど怪訝そうな目で、これ見よがしに遠巻きにしていた癖に、ずいぶんあっさりと手のひらを返したものだ。
「おはようございます、川島さん」
数台のロボットが同時に声を出すこの状況にも、慣れてしまうと何とも思わなくなるもので、僕はごく自然に「おはようございます」を返す。昼休みの食堂はずいぶんと人口密度が下がり、広いテーブルを悠々と占拠しては今時珍しい紙の新聞を広げてみたりなんかもする。ロボットは全員礼儀正しく、理性的で、道徳的だ。ゴミを出さないから社内がどことなく小奇麗で、散らからないし、空気もクリーンな気がする。
社員食堂から持ち帰ったコーヒーをひとくち飲んでから、音楽プレイヤーの電源をオンにした。プレイヤーから伸びたコードは棟田くんのロボットの脇腹のジャックに差し込んである。
少し前、棟田くんのロボットが絆創膏をくれた週明けに、僕はぜひ何かお礼をしたいと告げてみた。彼は少しだけ言いにくそうにしながらも「音楽を聴きたいです」と答えた。以来、このようにして音楽データを共有しながら仕事をしている。
ちなみに、彼が桜井さんの靴擦れに気が付いた理由を聞けば、「リズムです」と答えた。
「桜井さんの歩くリズムがいつもと違っていたから、ってこと?」
「はい。歩行音が異なるのはパンプスを新調したせいですが、歩行のリズムに違いが出るのは負傷の為かと」
あまりにもクールな回答で僕は思わず口笛を吹いたものだ。
「今日はR&Bにするね」
「それは嬉しいです」
不思議なことにと言うべきか、当たり前だと考えるべきか、彼にも音楽の好みがあることが段々とわかってきた。
日本の古い歌謡曲や、バンドミュージック、世界的にヒットした洋楽は曰く「聴き覚えがある」らしい。いちばん好きなのはR&Bで、ラップに合わせて胸のランプを青緑色にチカチカ光らせたりもする。なかなか洒落た明滅だ。逆に不評なのは落語の音源をかけた時。「大変申し上げにくいのですが、音楽を、お願いできないでしょうか」と遠慮がちに、でもしっかりと主張されたことには驚いた。
僕らは音楽に合わせてキーボードをタイプし、ブレイクと共にエンターキーを押下した。仕事は順調に進み、世の中には探せばいくらでも素敵な音楽が溢れている。
「川島さんは、外国株式の購入はされていますか?」
その日の帰り際、パソコンの電源を落としていると棟田くんのロボットが小さく絞ったボリュームで話しかけてきた。こんな風にして業務外の会話が発生することも最近では少なくない。特段驚きもせずに僕はロボットの方を見る。
「そのうちに、とは思っているんだけど、どうもスイッチングの手続きが面倒で後回しにしてるんだよね」
「そうですか」
彼は、いつものごとく少し考えるような間を開けてからこう言った。
「早めのご購入をお勧めします。そうですね、出来るならば今晩、手続きだけでも済ませると良いかと」
「……相場予想の機能がついたのかな」
「そのようなもの、です」
それきり、シュイーンというわずかな音を立てながらスリープモードに移行する。僕は「おつかれさま、また明日」と声をかけてから職場を後にした。
その晩、予てから継続購入していた株式の投資先を、言われた通りの外国株式に掛け替える手続きを行った。思っていたよりも面倒はなくて、手続きはスムーズに受理され、明日の朝には順調に変更が完了する。
「出勤したら彼にお礼を言わなくちゃ」
新しい音楽データをダウンロードしながら、気が付けば僕は鼻歌を歌っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます