第70話 ブラックリスト


 キにぃ、脚食べたことある? と、次男ワライがヘドロのような笑みを浮かべて長男キーに質問を投げかけたのは、森への潜伏が3日目に差し掛かった頃だった。何の脚か、までは言及しなかったのに、当然のように長男キーには伝わる。


「あるにはあるケド、もうごめんだネ。人間はまずいネ。グールの次にまずいネ」と長男キーが答えながら、干し肉を食いちぎる。

「グール食うとかキ兄、正気かよ」と三男レングが顔を歪めた。

 キーが「ちなみにメス、ネ」と付け加えると三男レングは「女か。なら、仕方ねえな」と意見を翻した。


 ゴブダ兄弟はその全員が太っていた。遠目から見ればオークと間違えそうなその脂ののった肉体は、衣類がはちきれんばかりの重量だ。しかし、人を見かけで判断してはいけない。その脂肪の内側には鍛え上げられた筋肉が埋もれている。彼らは冒険者で言えばA級に相当する実力を持っていた。惜しむらくは彼らが帝国の発布した『ブラックリスト』に名を連ねる極悪人であることだろう。裏の界隈では『三匹のゴブダ』と恐れられている。


「キモっ」と金髪の男、グラハが吐き捨てる。

「グラハ坊ちゃま」と執事服の初老の男ナガールがたしなめるが、時すでに遅し。ゴブダ兄弟のよどんだ瞳が6つ、グラハに向いていた。

「てめぇ、生意気だな。泣いて殺してくれって言うまでおろし金でるか」と三男レングが提案すると長男キーが「アレは汚れるし、うるさいし、時間かかるしで、もう嫌ネ」と却下した。

「ねぇ、キミ、どうやって殺されたい? でゅふ」とワライが笑いながら訊ねる。ワライはいつも笑っているが、今の笑みは粘着質で嗜虐的しぎゃくてきな性質を備えている。

「品のない残虐自慢で俺がビビるとでも思ってんのか? 心底気持ち悪いな」とグラハは一歩も引かない。


 グラハは貴族の長男として生まれながら、戦闘の才も秀でていた。魔法も剣術も得意としたグラハは7歳にして領地私兵の大人を模擬戦で撲殺した。

 成人し、近隣貴族とのパーティーに参加するようになると、彼はダンスパーティーの会場で対立派閥の全員を皆殺しにするという凄惨な事件を起こし、その責任を取り、グラハの両親、兄弟に至るまで皆打ち首となった。しかし、グラハは捕まらなかった。捕まえられる者がいなかった、とも言える。グラハは自分に忠誠を誓う一人の執事を連れて失踪した。

 そしてそれから2年後、グラハの名はブラックリストに載るようになった。彼は今でも人を殺す。なぜならそれが今の彼の仕事だから。


「どうやら本当に死にてぇらしいな」と三男レングが立ち上がると、「やめなさい」と黒いローブを頭まですっぽり被った三つ目の少女メランが感情の乗らない顔で言った。

「我々は雇われの身。勝手に戦力を減らすことは許されていない。殺るなら、仕事の後にして」

「うるせぇ。女だろうと、邪魔するなら殺すぞ」三男レングは完全に頭に血が上っていた。次男ワライが「でゅふ、殺すなら脚ちょうだい。女の脚」と涎を垂らし、「ワライ、お前変態みたいネ」と長男キーが楽しそうにツッコミをいれた。

「あいにく、あなたたちに消費して良い魔力はないの」とメランは全く取り合わない。「私たちはこれから『聖剣のマリア』と殺り合うのよ? マリアに殺されたくなければ無駄なことしてないで武器でも研いでなさい」


 少女メランは半人半魔。人間と魔族との間の子だった。親は知らない。物心ついた頃には既に奴隷だった。長い奴隷生活の中、彼女は時間が空けば魔法の練習をした。来る日も来る日も、寝る間も惜しんで魔法の訓練に励んだ。いつかチャンスが来たとき、自分の主人をちゃんと一発で葬り去れるように。

 運が良いことに彼女の魔術適応率は幻魔術が最も高かった。彼女は主人への魔力の行使は禁止事項として定められていたが、主人以外への行使は制限されていなかった。だから彼女は主人の妻を幻魔術で操り、主人を殺させた。妻は愛する夫を殺してしまった事実に耐えられなくなり、自害した。メランにはそれがなんだか可笑しくて、口角を僅かに上げて静かに笑った。

 メランは自由になった。仕事がなくなり、暇になったので、彼女はまた別の人を殺した。初めは殺した者の持ち物を奪って生活していた。しかし、いつしか殺しを頼まれるようになり、彼女は一層殺しにはげんだ。生きるためというよりも、殺しが生活の一部になっていた。朝、顔を洗い、歯を磨き、着替え、そして殺す。

 ブラックリストに名が記されるのにそう時間はかからなかった。


「マリアがなんだってんだ」と三男レングが鼻を鳴らして唾を吐いた。「俺らならあの『聖剣』だって殺れる。惜しむらくはあんな美人を犯さずに殺しちまうことぐらいだ。なぁ、ワライ?」

「ぐふゅ、俺は死んだマリアでも良いから食いたい。脚」

「ワライの脚へのこだわりは何なのかネ。お兄ちゃんちょっと心配ネ」


「言っておくが」と元貴族グラハが割り込む。「マリアを殺る権利は最初に遭遇した者、だからな。俺が殺ってる最中に割り込んで来たら、まず貴様らからバラすぞ」

「ハハ、邪魔はしないネ。オマエがマリアに殺された後に、ワタシらがマリアをもらうネ」

「あー……なるほどな。俺が弱らせた後じゃねぇとお前らにはマリアは無理だからな」


 またギャーギャーとケンカを始める。これが友達同士ならば仲睦まじい、で話は終わるが、彼らの場合一歩間違えれば殺し合いが始まるのだから手に負えない。


「他の連中も、もう既に近くに集まってるみたいだね。そろそろ行くよ」と幻魔術師メランが声をかけると、ちっ、と誰かの舌打ちが鳴った後、それぞれ別々の方向へ散開した。



 村の防壁がたったの一撃で破られたのはそれから5分後のことである。

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