第71話 覚悟


【ナナ視点】


 私とフェンテさんは広場を離れて、早速北の防壁を上っていた。内側からは梯子はしごで簡単に登れるようにしてあった。先に上り切り、フェンテさんを待つ間、森の方に意識を向けてみる。


(ダメだ。暗くて何も見えない)


 私はフェンテさんと常に2人一組で行動するよう指示されていた。なぜなら、照明魔法を使えないからだ。夜の戦いは視界が悪い。村内部の明かりも必要最低限にしてあった。奴らの狙いは村の壊滅だ。村人が無事でも、家屋や畑を荒らされては困るので、なるべく目立たないように明かりを消した。


 よいしょ、とフェンテさんが防壁上によじ登って来ると、急に明るくなった。フェンテさんについて回るこの光の玉のおかげだ。


「照明魔法って便利なんですね」と一息ついているフェンテさんに声をかけると「冒険者にとっては必須魔法だよ。これができないと冒険なんてままならないからね」と返ってきた。フェンテさんにそんなつもりがないのは分かっていたが、なんだか責められているような気がした。


(私も今度ハルトお兄ちゃんに教えてもらお、照明魔法)


「だけど、こんなところで光ってたら良い的だね。一回消そっか」とフェンテさんは言うや否やパッと明かりを消し、辺りが何も見えなくなった。思ったよりもずっと闇が深い。こんなんで戦えるのだろうか。

「敵も光は消してくるだろうから、注意して見ておいて」とフェンテさんが言う。


 注意して見るも何も、全くの暗闇で何も見えない。仕方ないので耳を澄ませて様子を探った。木の葉の揺れる音、虫の鳴き声、風の吹く音。今のところ、不自然な物音はしない。

やがて目が少し暗闇に慣れ、僅かでも見えるようになってきた頃、それまで黙っていたフェンテさんが不意に声を出した。


「大丈夫なの?」フェンテさんに顔を向けるが暗くて輪郭しか見えない。小動物を思わせるような小柄なシルエット。

私は質問の意味が分からず、「何がですか?」と訊き返した。

「あなた人を殺したことないでしょう? 斬れるの?」


 考えてもいなかった。オークの時は普通に躊躇なく斬れた。だけど、今度の敵は悪人とは言え、人間だ。斬れるのか、と改めて聞かれると答えに詰まる。


「き、斬れますよ」とほとんど威勢だけで答えると、「そ。なら良いけど」とあっさりとフェンテさんは話を切り上げてしまった。私の中で『本当の本当に斬れるの?』という不安だけが残り、辺りの警戒どころではなくなった。


「フェンテさんは」と気付いたら声をかけていた。「人を殺したことがあるんですか?」


 周囲を見回していたフェンテさんのシルエットがまたゆっくりとこちらを向く。戦闘の技量で言えば、私の方がずっと上なのに、なぜかフェンテさんから私にはない凄みを感じた。フェンテさんが答える。


「あるわけないでしょ」


 ガクッと頭が落下しかけた。人はふざけていなくても本当にズッコケるのか、と妙なところに関心を抱く。


「紛らわしいムーブしないでくれます?!『あなたはこちら側へ来られるの? ようこそアンダーグラウンドへ』的なこと言ってましたけど?!」

「そ、そんな言い方してないから!」とようやくシリアスフェンテさんからいつものフェンテさんに戻った。やっぱりこっちの方が可愛い。

 

「だけど」とフェンテさんがまた真剣な口調に戻る。「私は多分野盗を殺すのを迷わない。元々、人も魔物もそんなに変わらないって考えだから」

「え、めっちゃ変わりますけど」と反射的に発してしまう。しかし、フェンテさんは反論されることには慣れているのか、特に動じた様子もなく「そう考えるあなただから心配してるの」とだけ答えた。


 


 雷が落ちたような轟音が村中に響いたのは、丁度その時だった。とてつもない衝撃音。防壁が攻撃されている、と察した。


 一瞬体が硬直するが、すぐに壁上から村の内部側へ飛び降りて、音の発生源へ駆け出すフェンテさんを見て、ようやく私も体が動いた。フェンテさんの後を追う。


 目的の場所はそう遠くなかった。


「嘘でしょ……」とフェンテさんの顔が引き攣る。私もフェンテさんの視線の先に目をやる。


 


 防壁が崩れていた。



 

 飛び出した鉄筋はひん曲がり、一部が切断されている。音から察するに放たれたのは1発だ。たった1発で防壁が破られた。

 すぐに防壁の向こう側の堀をよじ登るようにして野盗の頭部が現れた。一人ではない。二人、三人と次々と堀をよじ上ってくる。


(どうしよう、ヤバイどうしよう、ヤバイヤバイヤバイ)


 パニックになりかける私を置いて、フェンテさんが駆けだした。向かうはよじ登ったばかりの大男。

 フェンテさんがナイフを男の首を狙って振る。


(だめ! そんな急所を狙った攻撃は簡単に見切られる!)


 一撃の重さが軽いシーフ等は手数で勝負するものだと前にハルトお兄ちゃんが言っていた。急所狙いは読まれやすい。だから手や足などの末端から刻んでいき、弱まったところで息の根を発つ。それが非力な者の戦い方だと。

 案の定、男は首をのけぞりナイフを躱した。


 ——はずだった。が、一瞬にしてナイフは長さを変え、紙一重で躱したつもりでいた男の頸動脈を裂いて刃が通過した。


 な、と驚愕の言葉を漏らして男が倒れる。私は、今度は感嘆で動きが止まった。


(すごい……! 錬金術を戦闘に活かしてる)


「何やってるの! 早く加勢してよ!」とフェンテさんが声をあげる。


 ハッと我に返り、私は慌てて剣を抜いた。野盗がまた一人堀を上り切り、今剣を抜いたところだった。5メートル先ではフェンテさんが別の野盗を相手にしている。目の前の野盗は私を見るや否や、顔を醜く歪めて笑った。子供だ、と侮っているのがよく分かる。


 私は男が剣を振りかぶるのに合わせて踏み込み、一閃、斬り上げて、その剣を弾いた。男の剣は回転しながら防壁の向こう側へ消えて行く。続け様に剣を振るおうとして、意識せず動きが止まった。

 人間を斬る。その事実に、思うように剣が走らない。

 止まった剣は力なくわなわなと震えていた。


 男は懐からナイフを取り出し、固まっている私に突き刺そうと、腕を引く。ヤバい、と気付いた時にはもう退く時間はなかった。せめて、と防御体制を取る。どこかは刺されるだろうが、首や心臓をやられるよりはマシだ。


 しかし、ナイフが私に到達する前に男は倒れた。よく見ると、フェンテさんが別の野盗の鎧を太い針のように形を変えて伸ばし、私の目の前の男の後ろ首に突き刺していた。5メートル先から攻撃がくるとは思っていなかったのか、男はいとも簡単に息絶える。

 呆然としていると、フェンテさんが寄って来て私の頬を叩いた。


「何が大切なのかをはき違えないで!」


 情けなさと恥ずかしさからポロっと涙が出た。自分に対する怒りが沸きあがる。私は馬鹿だ。大馬鹿だ。

 敵兵の命がそんなに大切なの? それとも稼ぎ頭を失う敵兵の家族が? 自分の手を汚さないことがそんなに大切? ただの平凡で善良な農奴としての人生が?


 違う。


 大切なのはこの村。この村の皆。一度、私はこの村を出て、皆を見捨てて自分だけ助かろうとした。

 だけど。だからこそ。

 今度は、もう、見捨てちゃダメだ。皆を守る。そのために必要ならば私は——



 

 また別の野盗が堀から現れる。

 剣を抜く野盗にフェンテさんが応戦しようとするが、私はその脇を抜けて、男に突進する勢いで距離を縮めた。男の横を通過する時、剣を一文字に振り抜いた。どう剣を振れば良いかは剣が知っている。私はそれをなぞるだけ。男の首がずれ、直後に倒れた。倒れた衝撃で男の首は体から跳ねた。


「ナナ」とフェンテさんが安堵と不安が入り混じったような声で私を呼ぶ。

「フェンテさん。もう大丈夫です。すみませんでした」と頭を下げると「ようこそアンダーグラウンドへ」とフェンテさんがおどけて笑った。わざと明るくふざけているようなそんな笑みだった。

「ふざけてる場合じゃないです」と言いながら私も笑う。




 ふと嫌な空気を感じて、私は防壁の上方を見上げた。



 男がいた。金髪の小綺麗な装束の男が宙を浮いて、防壁の上からこちらの様子を覗っている。


「は。なんだよ。せっかく入口作ってやったのに、まだ誰も殺せてないのかよ」


 ふわふわと上方から高度を落とし、やがて私たちの前に降り立った。小さめの手斧をポンポン投げてはキャッチし、また投げて、と弄んでいた。背中には大斧を背負っている。明らかにこれまでの野盗とは質が違う。

 ハルトお兄ちゃんから話は聞いていた。おそらくコイツが——




 


「ブラックリスター」

 



 

「フェンテさん」と私は男を見ながらフェンテさんに声をかける。こいつ、ヤバいです、と。フェンテさんは「なんでこうなるのよ」と大きなため息を吐いた。

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