第69話 開戦


 3月の上旬、日が落ちればまだ凍てつく寒さが村を包む。

 襲撃予定日から既に7日が過ぎる。その間、主要戦力は夜中に起きて待機し、昼間に眠るという昼夜逆転の生活を余儀なくされていた。


「あーもうまだ来ないの?!」とマリアが待ち合わせに遅れる友人を咎めるような声をあげる。待っているのは友人ではなく、野盗共なのだが、マリアにかかれば全てが大したことではないように思えてくる。

「これも相手の作戦かもね。じらして、苛立たせて、消耗させる。もう完全に僕らに襲撃は知られている前提で動いているよ、あっちも」


 待っている側にとっては堪ったものではない。いつ来るか分からないものに備え続ける、というのはなかなかに体力を削る。宮本武蔵が佐々木小次郎との待ち合わせに遅れて行った理由がよく分かる。


「てか、今思ったんだけど、野盗が森に入る前に、魔法爆撃で蹴散らせば、私たちの勝ちじゃない?」マリアが指をピンと立てる。しなやかな細い指はとてもS級冒険者の指とは思えない。

「奴らが集団で行軍しているなら、そうだね。だけど、おそらく分進合撃ぶんしんごうげき戦術をとっているはずだよ」

「ブンシンゴーゲキ」とカタコトな言葉でマリアが繰り返す。

「要は兵の移動がバレないように少人数でばらけて進み、現地で合流するってこと。奴らにとって最も恐ろしいのはマリアさんだからね。固まって行けばマリアさんに木端微塵に吹き飛ばされることは重々承知だと思うよ」

「卑怯な奴らね」とマリアがこき下ろす。ハルトとしてはマリアと正面からぶつかることの方が『愚かな選択』だとは思ったが黙っておいた。


「なら、もう森には野盗たちが入って来ているのかな?」

「かもね。いついつ襲撃って伝えられていて、それまでは森に潜伏しているのかも」

「あっちもあっちで大変ね。蚊に刺されちゃうじゃん」とマリアが何故か敵軍の心配をする。蚊どころか、人食いヒルや猛毒の蛇、カエルなど、もっと危ない生物もいるのだが。

「でも、村から1キロ圏内にはまだ来ていないよ」


 ハルトには『サーチ』による感知能力がある。敵がリザードマンやその他の亜人をつれていれば話は別だが、人間ヒューマンということなら1キロ先まで探知は可能。これはバカでかいアドバンテージだった。


「ま、私に任せておけば大丈夫よ」とマリアが笑う。


 ハルトがマリアに出した作戦はたった一言だった。




 ——とにかく強そうな敵を片っ端から倒して。



 

 西南北の小城門は一時的にマリアの土魔法で発生させた岩で埋めてある。つまり、陸からの侵入経路は東の本城門だけだ。

 だが、これも穴は多い。まず浮遊魔法が使える者には城壁は何の意味もない。また、壁を破壊できるだけの強者がいた場合も同様だ。壁が破壊されれば、そこから敵兵がなだれ込んでくる。最も避けたいケースの一つだ。


 だから、東の城門は守りを固めつつも、西南北の防壁付近にも戦力を配置し、敵の足止めをする。そして止まった敵兵をマリアが遊撃し、1人ずつ各個撃破していく作戦だ。


「ハルトくんはどこにいるわけ?」と不意にマリアの質問が飛んでくる。

「え、僕? 僕は一応司令役だから、村の中にいるよ。でも危ないところには助太刀に行くつもり」


 マリアが村外そんがいでの遊撃役をやる以上、指揮者は別の者が務めなければならない。マリアは迷うことなく、ハルトを指名した。「君に託す」と真っ直ぐな目で貫かれたハルトに、引き受ける以外の選択肢はない。


 マリアと二人で広場を歩いていると、前からふらっとリラがやって来た。照明魔法で生み出した光る玉を3つも引き連れているためか、はっきりとリラの表情はよく見える。その眉間にしわを寄せた不満の表情が。


「こんばんは、リラさ——あ痛!」


 ハルトがとりあえず挨拶を、と口を開いたら、いきなり頭をはたかれた。

「こんばんは、じゃないわよ! 何しれっと私まで防衛の陣に組み込んでいるのよ」リラがハルトに詰め寄る。流石B級冒険者。威圧のレベルが違う。怖い。

「ごめんて。リラさんの有能さの前には、『使わない』という選択肢はあり得なかったんですよ」

「ふん、おだててもその手は食わないわよ。そこの『ちょろちょろのちょろ』と同じと思わないことね」


 マリアが自分を指さし「ちょろちょろのちょろ?」とハルトに聞いてくる。ハルトは苦笑しながら「でも、そこが好き」と言っておいたら、見事ごまかすことに成功した。べしべし肩を叩いてくるマリアの平手は尋常ではないレベルで痛かったが、必要な犠牲である。ハルトは甘んじて受け入れた。


「まぁでも、お困りのようだし、力を貸してあげてもいいけど、代わりに報酬を要求するわ」


 ほらきた、とハルトが下唇を突き出した。

 冒険者はただ働きは基本的にはしない。マディ然り、ロドリ然り。出世払いで許してもらえないものか、とハルトが心配していると、リラは意外な物を要求してきた。


「天界樹の葉を1枚いただけるかしら」


 なんだ、それだけか。と肩透かしを食らう。

 葉など、1枚むしったところでまたすぐに生えてくる。実際にオークの集落を襲撃した際に使った葉をもぎ取った部分は既に再生していた。

 この天界樹の再生力がすごいのか、クロノスのくわで耕した畑がすごいのかは不明だが、尋常じゃない早さで新たな葉が生えてきた。


「リラさんのことだから、苗木ごと要求するかと思いました」

「私をなんだと思ってんのよ。それにあんなヤバイものをたかが村防衛の1回とじゃ、つり合いが取れないでしょう? 葉1枚だって釣り合っているかどうか」


 確かにあの葉はチートアイテムであることはハルトも身に染みて感じていた。

 でも、リラならば、なんやかんや理由をつけて、苗木ごと差し押さえる、なんてこともやろうと思えばできるはずだ。それをしないから、ハルトはリラが好きだった。商人としては愚か者かもしれないが、そんなリラだからこそ心から信頼できた。


「分かった。葉1枚、必ず支払うよ」とハルトが頷くと、「そういうことなら、頑張らせていただこうかしら」とリラが満足げに微笑んだ。




 

 開戦は唐突だった。

 ハルトの感知に野盗が引っかかったのだ。北の森800メートルの地点に十数人の人間が入り込んだ。


「来た」とハルトが緊張した声で呟くと、「お、やっとか」とマリアが無邪気に笑う。戦いたくてうずうずしていたのか、若干嬉しそうに見える。バーサーカーとはマリアさんのことだ、とハルトは割としっかりめに引いた。

 


「マリアさん、リラさん、手分けして村の皆を広場に集めよう。避難組は既に村にいないから、そんなに時間はかからないはず」


「オーケー」「分かったわ」


 長く過酷な夜戦が、今静かに始まろうとしていた。

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