第67話 防壁
広場には所狭しとL字型に曲がった鉄の棒が並べられていた。
そのどれもに網のような模様が施されている。非常に緻密な細工である。並みの細工職人では音を上げるレベルの鉄棒が大量に置かれていた。10、20ではない100,200である。採掘してきた鉄のほとんどはこの鉄の棒に使われた。
「お疲れ様。フェンテ。本当によくやってくれたね」とハルトが労うと、フェンテはにっこりと笑って「もうこんな事二度と頼まないでください」と言った。恨みすらこもった眼差しである。ハルトは「ごめん」と謝った。が「分かった」とは言わない。
「でも、ハルトお兄ちゃん。この棒何に使うの? 武器?」とナナが棒を持ち上げて訊ねた。
広場にはほぼ全ての村人が集められていた。その中にはリラもいる。ちなみにマディは仕事があると帰った。「マリアがいりゃ、お前が死ぬこともねえだろ。報酬は今度きっちり取り立てにくるぜ」とマディが去り際に恐ろしいことを言っていた。
「この鉄の棒は鉄筋だよ」とハルトが言うと、
「鉄の筋肉! マリア様のことだねハルトお兄ちゃん!」とナナが頓珍漢な返答をする。マリアが一瞬でナナに距離を詰めると鮮やかなボディブローを決めた。
「今日は村総出で城壁を作るよ」とハルトがR18娘から目を逸らして宣言すると、「バカか、お前は! んなもん、1日2日でできるわけねぇだろ」と狩猟頭オーサンが騒ぎ立てる。
「オッサンはちょっと黙ってて」
「誰がオッサンだ! 俺はオーサンだ!」
「でもオッサンの言うことも一理あるんじゃないの?」と少年エドワードが口をはさんだ。
「だからオッサンじゃねえっつってんだろ」
「そうですね」と村長アンリも続く。「そのような大規模工事なら最低でも1年はかかるのではないかと」
しかし、予想していた質疑応答なのか、ハルトは動じなかった。不敵な笑みを浮かべ、マリアを指さした。指さされた当の本人は「え? 私? 何?」と困惑している。
「大丈夫さ。なんたって僕らにはマリアさんがいるんだから」
「先輩、何の説明にもなってないです」フェンテが小さく手を上げる。
「なに、簡単なことさ」と満面の笑みでハルトが言った。「ここまではフェンテに地獄作業をやってもらったけれど、ここからはマリアさんに地獄作業をやってもらうってだけだから」
マリアの頬がぴくっと引き攣る。マリアはフェンテがどれだけの苦労を経てこの大量の鉄の棒の用意したのかを知っている。同じ苦労を自分も強いられると言い渡されたマリアは顔を青くした。ハルトは構わずタイトルコールのように叫ぶ。
「マリアさんのとんでも土魔法でたった1日で城壁DIY〜」
ハルトが拍手すると、よく分かっていない村人たちがつられてパチパチパチと手を叩いた。「うわ……」とフェンテは可哀想な者を見る目をマリアに送る。
「さあ皆。マリアさんばっかりに頼っていられないよ? どこにどの鉄棒を運ぶかは村長に伝えてあるから、村長の指示に従って鉄棒を移動させるよ」
「ほんとに1日でできるのかよ」とオーサンが胡散臭そうにつぶやく。
ハルトはそれを耳ざとく拾うと「マリアさんならできる」と言い切った。微塵も成功を疑わないハルトを見てマリアも「はぁ、もォ。仕方ないなぁ、ハルトくんは」と笑ってから、いっちょやりますか、と腕まくりをした。
♦︎
ハルトとマリア、それからリラが村の端に移動していた。村人らはそれぞれ鉄棒移動作業を並行して行っている。
村の端から森までの300メートル程は切り開かれたはげた土地が広がり、その奥に森が茂る。
今は村とはげた土地の境は木の板で作られた簡易の柵が立っているのみであり、大人ならば簡単に
「この柵のところでいいの?」とマリアが確認する。あらかじめどういう風に壁を立てるかはマリアに説明はしてある。
「そう。とりあえず3メートルくらい掘っ——」
ハルトが言い終わる前にマリアが「えい」と柵に手を向けた。すると、地割れでも起きたのか、と思うような勢いで柵の真下の地面が陥没していき、そのまま直線状に村の角まで深さ3メートル程度の堀穴が出来上がった。
圧倒的なチート魔力にハルトが閉口する。ハルトとしては魔法で地面に穴をあけて、移動して、また魔法で穴をあけて、と繰り返していくイメージだった。それがたったの1発。
「チートが過ぎる」あなたは常識というものがないの?とまるで責めるような目をマリアに向ける。
「なんかよく分からないけど、私また何かやっちゃた?」
「そのセリフがもうチート主人公!」
何を言っても、チート乙、と言われるから、「私にどうしろって言うのよ……」とマリアがすね始めた。
ハルトが慌てて「ありがとうマリアさん。ほんと僕のお嫁さんはすごいなぁ」とあからさまに褒めると、マリアは「え、そうかな?」と嬉しそうに頬をかいた。単純チョロチョロマリア様。
「でも、ハルト。これ堀としてはちょっと浅くないかしら」とリラが首を捻る。
「あ、これ堀じゃないよ。城壁の基礎部分のスペースだから。堀は堀でまた後で掘るよ」
「何よそれ。あなた建築に携わった経験でもあるわけ?」
「いや、まぁ…………ないけど」とごまかした。
実際ほとんど素人だが、どう作っても今の木製の柵よりは頑丈になることは間違いないのだから、なんとなくで進めるほかない。
「それで次は?」いつの間にかマリアが退屈そうに座り込んでいた。細かい理屈はどうでも良いから早く指示をくれ、とハルトを急かす。
「フェンテが作ってくれたこの鉄の棒を穴の中で組み立てるよ。指示出すから手伝って」とハルトが穴に近寄って行く。
——が、あと1歩で堀の縁というところでハルトが石に躓いた。
「お、わわわ」
ハルトが穴に落ちる。
穴の底にハルトが衝突するよりも一瞬早く、マリアが恐ろしい速さで落下地点にたどり着き、がっしりとハルトを抱き留めた。あまりの速さに隕石でも落ちてきたのかのかと錯覚する程だった。
「全くもう、ハルトくんはそそっかしいんだから」とマリアが笑う。何故か少し悦に入っている。まるで『私がいないと駄目ね』と言われているかのような笑みである。
ハルトは「あ、ありがと」と複雑な心境で呟やくように言った。
「いつまでいちゃついてんよ」リラの指摘を受けてようやくマリアはハルトを解放する。「そうね。続きは夜にして、今は作業を急がないと」
この後、ハルトはなんとか雑念を取り払って組み立て作業に没頭するが、リラに「ねえ、マリアって夜はどんな感じなの? あんな化け物じみた強さのマリアでも可愛く鳴くのかしら?」とセクハラじみた質問をしてきて、ハルトの雑念は結局肥大化した。可愛く喘ぐマリアを想像して下の方も肥大化したので、バレないように前かがみで歩いた。
マリアのあり得ない作業スピードとそもそも鉄筋が少な目であるのもあって、組み立て作業はすぐに終わった。
「よーし、次ぃ! ハルトくん、次は?」とマリアがまた急かす。
「もうちょっと待ってくれる? そろそろ石班と草班が到着するから」
「石班?」とマリアが言うと、「草班?」とリラが続いた。
丁度その時だった。荷台を引いた馬が4台がこちらにとっととっこと歩いてきた。
馬はハルト達の目の前で止まる。その荷台には大量の石と大量の草の粉末が積まれていた。ハルトに促され、マリアが荷台をワシっと掴んでひっくり返す。
「じゃんじゃん持ってきてねぇ」との声を合図に馬車は2往復めに取り掛かる。
「さぁ、マリアさんは今出したものを土魔法でこねて混ぜる。石は細かく砕いてね。リラさんは水魔法で水出して」
マリアが何をさせられているのだろう、と首を傾げながら土魔法を行使し、リラは「何さりげなく私まで使ってんのよ」と文句を垂れつつも水魔法を行使した。やがてそれは固めの泥のような状態になった。
「マリアはそれで組み立てた鉄棒を覆って、この図のような形にして圧縮したままキープ。で、リラさんは脱水魔法で水分をとばして」
「ああ。だいたい何やってんのか分かってきたわ」とリラが言う。
マリアも「あ、これが壁になるんだね!」と嬉しに回答した。
これがハルトの秘策。なんちゃってコンクリートである。ハルトはここら一帯の植物は以前あらかた『サーチ』をかけていた。食べ物を求めて。
その中で、見つけたのが、今投入した『粘着草』である。この世界でセメントを作るのは不可能ではないかもしれないが、大量に用意するには無理があった。だから、ハルトがその代用品として目を付けたのがこの『粘着草』である。なにせ、この草、村の周りに大量に生えている。いくらでもむしり放題、取り放題だ。加えて、粘着層のエキスが水で固まる性質があるところはセメントと類似しており、石や砂利と混ぜればコンクリートのようなものができるのではないか、とハルトは考えた。
水や砂利との割合こそ違うのだろうが、そこはハルトが実験を重ねて調整した。結果、見事にコンクリートのように固まったのである。
あとは、組んだ鉄筋に流し込めばお手軽鉄筋コンクリートの完成だ。ほとんどマリアの魔法の力に頼ったものだから、マリアからすれば「お手軽」とは言えないかもしれないが。
この日、マリアの頑張りにより、一夜にして村の周囲に強固な鉄筋コンクリート製の城壁が出来上がった。
一定間隔にそびえ立つ物見塔まで付いている。
門の設置は間に合わなかったが、これで村に入り込むルートはかなり狭まった。
襲撃まであと2日。準備は着実に進む。
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