第66話 農神剣
ハルトは広場に戻り、その剣を拾い上げた。
顔の前に持ち上げ、まじまじと眺める。
材質は
ハルトは『サーチ』を使った。剣の情報が頭に入ってくる。
「
魔力を流すことで大地を耕す、とある。剣の持つ特性はクロノスの鍬の時のままだ。
柄を持って構えてみて、ハルトは言葉を失った。驚くほど手に馴染む。だけではない。振ってもいないのに、その剣が恐ろしい程の切れ味を持っているのが分かった。まるで殺意が粒子となって常に刃から放出されているような危うさを感じる。
(鍬が剣に形を変えただけでここまで切れ味が変わるのか……! フェンテって実はヤバいやつなんじゃね?)
フェンテ、実はマリアに次ぐチーター説が浮上した。
それとも単に素材がヤバいだけか。
「何はともあれ」とハルトは独り言ちる。「これで戦力はだいぶ上がったわけだし、もう良いだろう。帰ろ」
ハルトは
♦︎
「怒るよ? ハルトくん」とマリアがハルトを半眼で睨みつけた。
何がお気に召さないのか、ハルトは分からず、とりあえず一歩後ろに後退し、いつでもマリアの間合いから退けるように軽く膝を曲げて備えた。
しかし、それがまた気に食わなかったのか、「何逃げようとしてんのよ」とマリアに手首を掴まれた。掴まれるまで全く気がつかなかった。とてつもない速さだ。
頭の中に『しかし、まわりこまれてしまった』という言葉が浮かんだ。ボス戦すぎる。
ハルトが失礼なことを考えていると、マリアが腰に手を当て、「私はハルトくんに強くなって、って言ったんだよ? 誰が武器を強くして、と言ったの? 誰も言ってない。だいたいハルトくんはねぇ——」と、くどくどとお説教を始めた。
はい、すみません。と言えば良いものを、こともあろうかハルトは「総合的に強くなるなら同じことでしょ?」と悪気なく口走った。
マリアの瞳孔がキュッと縦長に引き絞られハルトを捉える。いつ襲い掛かって来てもおかしくはない。縄張りを侵されたクマのような獰猛さが垣間見えた。怖い。
「武器が近くにないときはどうするのよ」
「その時はほら、周りの誰かに助けてもらって……チームプレイ! そう! 連携を密に——」
「——いいからつべこべ言ってないで修行して来なさい!」
宿題しなさい、というおかんのような口調でマリアが怒声を上げる。ハルトは逃げるように
♦︎
「という訳なんだよ」とハルトが経緯を説明すると、モリフは「それは分かったけど、そんなことで私を起こしに来ないで欲しいな〜」と文句を垂れた。
モリフは乱れた
苦情を言うために扉を開けたのだが、それが間違いだった。一度開けたが最後。再び自室の扉を閉めようとすると、ハルトが足を扉の間に挿し込んできて、閉められなくなった。
「モリフ、修行の相手してよぉ。どうせ暇だろ?」
「失礼な。私のスケジュールがいつも空いていると思わないでほしいよ〜」
「今の今まで寝てたくせに」とハルトが自分を棚上げして言うとモリフは「何のことかな〜? 寝てないしィ。起きてたしィ〜」とすっとぼけた。
「寝癖ついてるぞ」とハルトがモリフの髪の毛を撫でた。撫でられた寝癖はぴよんと力強く跳ねかえる。
モリフはしばらく黙っていたが、やがて堪忍したのか、がっくりと肩を落として「準備するから待ってて」と言った。
♦︎
広場に出てから、ハルトが木剣——農神剣は危な過ぎて訓練には向かない——を構えると、モリフはどこからか大きな鎌を取り出した。
明らかに懐に入れておけるサイズではない禍々しい鎌。
「いつも思うけど、その鎌どこから出してんの?」とハルトが問うと、
「胸の谷間だよ〜」と返ってきた。
どうやらふじ◯ちゃんスタイルらしい。あんなエグい鎌入れてたら、おっぱいが切れて痛そうだ。
ハルトはおもむろにモリフに木剣を向け「ついに追い詰めたぜ。お前の悪行、許すわけにはいかない! 覚悟しろ!」と威勢よく叫んだ。
「急に小芝居始めないでほしいよ。悪行も何も、修行に付き合ってあげてるんだからむしろ善行だし〜」と抗議が返ってくるが無視する。
「問答無用!」ハルトは木剣を構えてモリフに突進し、横なぎに木剣を振るった。
しかし、ハルトの一撃は大鎌で器用に流される。大鎌はその大きさから分かるとおり、威力重視であり、細かい動きに対応できる代物ではない。にもかかわらず、あっさりとハルトの剣はいなされた。実力差は大きいようだ、とハルトは一瞬で判断し、大きく後退して距離を取る。
すると、まだ始まったばかりだと言うのに「ハルト様〜」とモリフが声と右腕を上げて、模擬戦を中断させた。
「剣術とか大局観とかは、スキルでもなければ一朝一夕で身につくものじゃないよ〜」
モリフははっきり言わなかったが、要は『襲撃に備えて今から訓練しても無駄』と言いたいらしい。あるいは『眠いから無駄なこと止めて寝かせろ』かもしれない。
「でも、僕強くならなきゃ、領主の館に入れてもらえないんだけど」
ハルトにとっては切実な問題だった。3日後がうんぬん、という話ではない。今晩の話である。今晩寝るところがないのだ。怒ったマリアは怖い。なんとか矛を納めてもらうには、無意味でも努力する姿を見せなくてはならない、とハルトは考える。『努力してダメなら仕方ないね。こんなに頑張ったんだもんね。偉いね』を狙った作戦とも言える。根性が腐っている。
「なら、剣術じゃなくて、ハルト様にしかできないことを伸ばしたら〜?」
「僕にしかできないこと?」
モリフは一つ頷いて「例えば〜」と視線を上にあげて考えてから「鑑定とかね〜」と指をピンと立てた。
「鑑定なんて戦闘で役に立たないじゃん」
確かに鑑定した相手と戦う時は、ハルトは圧倒的なアドバンテージを得ている。情報は武器になる。相手の弱点や行動傾向、警戒すべきスキルや魔法など知っているのと知らないのとでは雲泥の差だろう。
だが、戦闘中に「あ、ちょっとあなたのこと知りたいんで鑑定して良いですか?」と始めるわけにもいかない。
現状、初見の相手との戦闘に関しては『サーチ』は意味を為していなかった。
「だから、練習して戦闘中に鑑定できるようにするんだよ〜」
ハルトは目を細めて、何言ってんだこいつ、と抗議の意を示した。
「無理に決まってんだろ。すっごい集中しなきゃできないんだから、鑑定って。鑑定してる間にグサッとやられておしまいだよ」
「強くなるってのは、できないことが、できるようになることを言うんだよ〜」とモリフが珍しく正論でぶん殴って来た。いつもふざけた事しかぬかさないモリフから言われると、なんだか釈然としない。だが、釈然とはしないが、一理ある、と思ったので、とりあえず試してみることにした。
「分かった。やってみよう」ハルトは剣を構え、それからモリフに斬りかかる。「くらえ、サーチ斬りぃぃい!」
ハルトは何となく剣を魔力で覆ってから、大振りに振るった。が、モリフはひょい、と大鎌で木剣をいなすと、ついでとばかりにハルトの腹に蹴りを入れた。ぐふう、とハルトは呻いて倒れる。
「モリフ……お前…………このやろ」
「ぼーっと突っ立ってる敵はいないよ、ハルト様〜」
なんだかここにきてモリフが少し楽しそうに見える。良い性格をしている。ハルトは腹を押さえながらなんとか地面に座った。
「だけど、全然戦いながら『サーチ』できそうな気がしないんだけど」
「いつもどうやって『サーチ』してるの? 魔力は使う?」
ハルトは『サーチ』で行う作業を一つ一つ改めて思い返してみる。いつも感覚でやっていたから、あれどうやってたっけ、という工程がいくつかあった。
「魔力は微量だけど使うね。鑑定したいものを魔力で覆って、そっからは、ぐわぁ〜って感じ」
「訳分からないよ〜ハルト様」
「ぐわぁ〜、は一瞬なんだけどさ——」
「そのぐわぁ〜、がまさに訳分からないポイントだよ〜」
「——その前の魔力で覆うのに時間がかかるんだよ」
ハルトはモリフの横槍の一切を無視して、何が問題なのか、真剣に語る。
「でも、そういうことならどうすれば良いか、分かったよ〜」とモリフが言った。
「え、まじ?! さっすがモリフ! 普段だらだらして役に立たないだけのことはある!」
「それ全然褒めてないよ。むしろけなしてるよ〜」
ハルトはやっぱりモリフの抗議の一切を無視して、「で、どうすれば良い?」と目を輝かせる。
モリフもなんだかんだハルトに甘かった。はぁ、とため息を吐いてから、口を開く。
「青の魔力だよ」
「ちょっと何言ってんのか分かんない」
「なんでだよ〜」
ハルトは本当に分かっていなかった。青の魔力? 何それ? 魔力と言えば赤だろ? と首をかしげる。
「魔蝗虫の毒素をクロノスの鍬で浄化した時を覚えてる〜? あの時の魔力は青かったよ」
「あー、あんま覚えてないけど、確かになんかいつもと違った感じはあったかな」とハルトは視線を上に向け、思い出しながら答えた。
「あの時の魔力が畑を覆うスピードは通常の時よりもずっと速かったよ〜。あの青の魔力なら剣を交える一瞬で鑑定できるんじゃない?」
ハルトはなるほど、と呟いてから力強く頷いて「分かった」と言う。その顔は勇ましく『絶対強くなる』という意志が見て取れた。ハルトはその勇ましい顔のまま「で、どうやって青魔力出すの?」と情けない質問が投げた。強い意志は幻想だったようだ。
「そんなの私が知るわけないよ〜」
「おい、モリフ。そんなんだから普段だらだらして役に立たないって言われちゃうんだぞ?」
「褒める時も
「健やかなる時も病める時も?」
「だらしないことを誓います。て、やかましいわ。余計なお世話だよ〜」
けらけら笑うハルトにモリフは呆れた顔を見せるが、モリフも少し笑っていた。
「無理やり修行に付き合わされてるのに、なんで楽しんでんだろ私」とモリフが自嘲するように小さく呟いた。
結局、青い魔力は出せず、ハルトは「でも頑張った」という免罪符のみでマリアに果敢に挑み、奮闘むなしくしっかり怒られた。
「マリアさんはこと『強さ』に関しては異常に厳しい」とハルトはまた一つ妻を知った。
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