第三章 農村防衛編

第65話 変形


 村襲撃まであと3日。

 村にはいつも通りの長閑な朝がやって来ていた。いや、太陽の位置を見るに、どうやら朝ではなさそうだ。すでにお昼に差し掛かっていた。ハルトが寝室からのそのそと出て、顔を洗ってから居間に向かうといの一番にマリアが言った。



「ハルトくんってさ、弱すぎると思うんだよねえ」



 いきなりの悪口に耳を疑う。「おはよう」でも「今起きたの? 遅くない?」でもなく、「キミ弱くない?」である。いくらなんでも脈絡がなさすぎる。昼まで寝ている夫に怒っているのだろうか。

 寝ぼけた頭で考えて、ああ、とハルトは都合よく解釈した。



「ああ。朝に弱過ぎる、ってこと?」

「ううん。戦力として弱すぎるってこと」



 ダメだ。まごうことなき悪口だ。

 ハルトがどう返答したら良いものか、と考えているとマリアが続けて言う。



「領主なんだからさぁ。もうちょっと、こう……ねぇ? 強くないと」

「領主関係なくない……?」



 ハルトの疑問は初めからなかったものとして処理された。領主ハラスメントだと訴えたい。

 しかしマリアの言うことも一理あった。確かにハルトの強さはこの村の中では微妙なところだ。狩猟頭オーサンや少年エドワードよりは強く、ナナよりは弱い。おそらくモリフよりも。



「もっとこう、必殺技的な? どかーん、っと爆発するような技をばばーんとね——」とマリアが一生懸命、話しているが、全然言っていることが分からない。どかーん、とか、ばばーん、とか、長嶋◯雄でも言わなそうなワードが頻出している。ヤバイ。


「とにかく」とマリアが強引にまとめる。「ハルトくんが弱いまんまだと、心配で心配で、胃に穴が開きそうだから、ハルトくんはもっとちゃんと修行して」


 マリアはそう言うとハルトを屋敷の外に放り出した。強引にも程がある。少し遅れてクロノスのくわもポイっと放り出されてハルトの隣の地面に突き刺さった。可哀想な鍬である。


 だが、確かに考えてみればいつもマリアの足を引っ張っているような気もする。自分のせいでマリアが苦労するのはハルトも望むところではない。だから、面倒だけどもうちょっと頑張ってみよう、という気にはなった。






 クロノスのくわを担いでまず向かったのはフェンテのところである。フェンテは今日も今日とて広場で鉄の棒を作っていた。



「フェンテ、おはよ」とハルトが声をかけると、「もうすぐお昼ですけど先輩今まで寝てたんですか?」といきなり睨まれた。暗に『私に労働させておいて?』と含まれている。


「まさかまさか」とハルトが両手をひらひらして、テキトーなことを言う。心の中で『まさかまさかのそのまさか』と肯定しておいた。


「実はフェンテに頼みがあってさ」


「私にあり得ない量の錬金作業を依頼しておいて、その上まだ頼み事ですか?!」とフェンテが眉を吊り上げた。


「だよねぇ……ごめん」


 ハルトも『確かにこれは良くないな』と反省して、立ち去ろうとすると、フェンテがため息を一つ吐いてから「頼みってなんですか?」とハルトの背中に訊ねた。

 ハルトは目を輝かせて振り返る。



「さすがフェンテ! やっぱり持つべきものはフェンテだなぁ」


「テキトーなこと言ってるとこの鉄の棒で殴りますよ」



 フェンテがL字型の鉄棒を振りかぶるので、ハルトが両手を向けて「どうどう」となだめた。あの鉄棒で殴られたら痛そうだ。



 ハルトが「これなんだけど」とクロノスの鍬をフェンテに差し出す。


「このくわがどうかしたんですか」


「これ錬金術で剣にできない?」



 フェンテはクロノスの鍬を手に持ち、目を細めてじっと観察する。



「これ……何の金属です?」


「さぁ? 分からん」ハルトは首をひねって笑った。


「舐めてんですか?」とフェンテが冷たい視線を送ってくる。



 弁明するようにハルトが慌てて言う。「だって仕方ないじゃん。これ神具だよ? あり得ないほど固いし、あり得ないほど軽い。こんな金属見たことないよ」



「先輩、鑑定士でしょ? 鑑定すれば良いじゃないですか」


「『サーチ』では素材までは分からないし。何気に使い勝手が悪いんだよ僕のスキル」


「修行が足りませんね」とフェンテが笑う。



 フェンテの何気ない一言にハルトは心の中で「なるほど確かに」とヒントを得た。が、今は武器を調達することが先だ。ハルトは手を合わせて頼み込む。



「頼むよ。錬金術なら素材の硬度は関係ないし、武具の能力もそのままに形だけ変形できるだろ?」


「畑を耕せる剣を作りたいんですか?」


「畑を耕せるまま、剣を作りたいんだ」


 はぁ、とまたフェンテがため息をつくが、結局「分かりました。やってみます」と折れてくれた。



 フェンテがクロノスのくわを両手で持つと、すぐにフェンテの魔力が鍬に流れ込むのが見て取れた。フェンテの前髪が風になびくように持ち上がる。クロノスの鍬が緑色に淡く光り、フェンテの顔を照らした。




 次の瞬間、神秘的なその光は、フェンテが鍬を持つその接触点にねじれながら吸い込まれた。

 その様子は超新星爆発のようで、ハルトは衝撃に備えて身構える。——が、いつまでたっても爆発は起きず、代わりにフェンテの手にあった鍬はいつの間にか剣に形を変えていた。



 ハアハア、とフェンテの乱れた呼吸が聞こえた。

 ハルトは出来上がった剣も気にはなったが、それよりもフェンテが心配で、ふらふらの彼女を抱きとめた。剣はとりあえず脇に置いて、急いでフェンテを横にさせる。どうして良いか分からず、身を案じるようにフェンテの頭を撫でた。



「ごめん。僕が無理なお願いしたから——」とハルトの眉が下がる。


「いえ。まぁ……これなら悪くない報酬ですね」とフェンテは、髪に沿って流れるハルトの手に自分の手を重ね、満足そうに笑う。


「鉄棒作成はもういいから、領主の館マナーハウスでゆっくり休んで」とハルトはそのままフェンテを持ち上げて、館に向かった。


「良いんですか? マリアさんにこんなところ見られても」フェンテが挑発的な目をハルトに向けた。抱きかかえられるフェンテの身体はぴったりとハルトに密着しており、フェンテの手はハルトの手に重ねるように添えられている。傍から見たらイチャイチャしているカップルにしか見えない。



 ハルトは少し考えてから「まぁ、緊急事態だからマリアさんも許してくれるでしょ」と楽観的に捉えていた。



 この後、マリアの目の前でフェンテが「ああ、先輩。辛い。しんどい。そばにいてください❤︎」とハルトにしがみついて離れず、何故かハルトがマリアにめちゃくちゃ怒られた。

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