第64話 略奪
夕方、村人たちは全員広場に招集されていた。
呼び出したのはハルトだ。今度はいったい何をするつもりなのか、誰一人としてそれを知る者はいなかった。妻であるマリアでさえも。
「ハルトお兄ちゃん、何のつもりなんでしょう?」とナナが心配そうにつぶやく。
「さぁね。先輩のことだから、どうせまたお祭りの告知とかじゃないの?」とフェンテが呆れた顔で答えた。ナナとフェンテは歳が近いこともあり——加えてフェンテが唯一お姉さん風を吹かせられる相手でもあり——すぐに打ち解けた。
以前の『豚さん記念日』の告知の時よりも、圧倒的に多くの人が集まっていた。
狩猟班の野郎共、ロズやその他の農民、また彼らの嫁や子供。時にぶつかって、いがみ合って、少し理解して、そしてたくさんの交流を重ねた多くの村人達が、ハルトの一声で集まった。
『何やら只事じゃない』との噂もあってのことではあるが、多くの村人は『領主のためにひと肌脱ごう』『村のために立ち上がろう』という意思で駆けつけたのだ。それはハルトとマリアがこの村で行ってきた全ての集大成とも言えた。
「あれを見ろ」と一人の村人が教会堂の物見塔を指す。そこにはハルトが塔の転落防止の柵に足をかけて立ち、集まった領民達を見下ろしている姿があった。
塔の上の見張り当番が横から「ハルト様、危ないから柵から出ちゃいけないよ」と子供を嗜めるように注意する。
「あ、すんません」とハルトは足をおろした。はたから見たら領主と領民の関係には全く見えない。
ほぼ村人全員が集まったと判断すると、ハルトは声を張り上げ、領民たちに呼びかけた。
「良く集まってくれた、諸君」ハルトが仰々しく手を挙げた。
「ハルト様ァ!」「領主様ぁああ!」「あぶねーぞぉ!」「柵からもっと離れて立てぇ〜!」と村人たちから様々な声が上がった。一部の村人はハルトを子供としか認識していないようなことを叫ぶ。だが、悪意はなく、ハルトを見る目のどれもが好意に満ちていた。
ハルトは村人の忠告は無視して話を続ける。
「今日はこの村のこれからについて、キミ達に知らせておこうと思って集まってもらった」
「これから?」とマリアが広場の片隅で眉をひそめる。
マリアは客間での話し合い以降、ずっと元気がなかった。両親を見捨てる決断をした直後なのだ。精神が不安定になるのも無理はなかった。
ハルトは続ける。
「あと4日程で、この村は襲撃を受ける。敵は都市ヴァルメルの冒険者ギルドのマスターにして、都市の最高権力者であるジーク・シグメド・ヴァルカンだ」
ざわざわと不安を含んだどよめきが起こった。それもそのはず。ヴァルカンといえば、かつては冒険者として名を轟かせ、今は権力者としてこの地域を牛耳る。都市ヴァルメルの周囲は都市ヴァルメルを除けば他は全て別の領主ノムス伯爵の領地であったが、ノムス伯爵よりも都市の
「4日後の襲撃は当然、返り討ちにして、何人かは捕縛したいと思っている」とハルトが口にすると、一部で「ォォオオオオオオ!」と雄叫びが上がるが、ハルトが間髪いれず「だけど」と続けると雄叫びはすぐに止んだ。
ハルトは覚悟を決めるように鼻で深く息を吸い込み、それからはっきりと一息に叫ぶ。
「だけど、首謀者ヴァルカンには手を出さないつもりだ」
村人達が絶句した。
嘘だろ、と失望に染まる者もいた。ここまで来てそれはないだろ。ひよってんじゃねぇよ。それは優しさじゃないぞ。何考えてんだ。
口々に野次が飛んだ。
マリアはただ黙ってハルトを見ていた。曇った顔でハルトを見つめる。
お願い嘘だと言って。そう言いたげに顔を歪めた。
マリアは両親を切り捨ててでも、ヴァルカンを打つ覚悟は既に決めていたのだ。その覚悟を踏みにじるようなことをハルトくんは絶対しない。そう信じるように苦しそうにハルトに目を向ける。
逃げ出したい衝動にハルトはじっと耐えた。
自分への非難の嵐に手が震えた。今まで積み上げてきたものが一瞬で崩れ落ちるかのような恐怖にしゃがみ込んでしまいそうな程だった。
だが、だからこそ笑った。無理をしてでも、自分をだまくらかしてでも、大切な者を守るために、ハルトは不敵に笑った。
先ほど忠告を受けたにもかかわらず、また柵に足をかけて声高に村人たちに問いかける。
「キミらはヴァルカンの抹殺ごときで満足なのか?」
村人達の野次が止んだ。誰もがハルトの声に耳を傾ける。
「村を襲撃から守って、それで満足か? 参事会の一人を暗殺してそれで満足か?」ハルトがまた問いかけてから、自ら首を左右に大きく振った。「トカゲの尻尾切りだ。ヴァルカンを除いた参事会が報復に動くだけだ。僕らはもっと大きなことを目指すべきじゃないのか?」
「大きなことだと?」と狩猟頭オーサンが目を細める。
他の村人もハルトの提案に少なからず興味を示していた。どうやらただ泣き寝入りするという意味ではないらしい、とハルトの声を耳を澄まして真剣に聞く。
「権力に虐げられるのはもううんざりだろ? 豪遊する奴らの隣で飢えて苦しむのを許容できるのか? 僕はもうそんなの懲り懲りだ。国からは見捨てられ、理不尽な暴力に耐え、仲間の死をただ黙って見送る。そんな皆は、僕は見たくない!」
オーク肉が差し入れられる前の、食べるものがなくつらかった時を思い出し、村人たちの顔が
「僕らはもう奪われるだけの弱者じゃない。狩られるだけの獲物じゃない。この世界が変わらないなら、僕らが変わるんだ。僕らが奪うんだ。市民も、職人も、冒険者も、食料も、資材も、技術も。全てを手に入れる。偉そうにふんぞり返る都市ヴァルメルの権力者共から、丸ごと全てを奪い取る!」
誰も言葉を発せなかった。口を半開きにして、驚愕に固まる。
ハルトは都市ヴァルメルの人や食料や資材を、全てこの村に移動させる、と言っているのだ。
マリアの両親はそもそも都市の冒険者を放っておけないとマリアの村に来ることを拒んでいた。だが、冒険者ごと皆で移動して来るのであれば拒む理由はなくなる。
そんなことが可能なのか、と考える者もいれば、ばかげている、と無言で首を左右に小さく振る者もいた。
だが、ハルトの目は『できる』と物語る。
ハルトの瞳が村人たちの心を包み込むように魅了する。魔法ではない。これまでのハルトとの関係性が『この人なら信頼できる』と無意識に村人たちに作用した。
一人の村人が納得してしまえば、後は早かった。想いが
「まったく、あの子は」とマリアは呆れるように笑った。
どこまでいってもハルトはマリアの味方なのだ。例えマリアの反対を受けようともマリアが悲しむ未来はハルトは受け入れない。いつだってマリアの笑顔をハルトは願う。
そのことを理解したからか、マリアはハルトに触れたくなった。
マリアが浮遊魔法でハルトのもとに向かった。
ハルトはいたずらが成功した子供のように笑ってマリアを出迎える。
マリアは隙だらけのハルトにデコピンをした。
痛、とハルトが目をつむった瞬間、マリアは村人たちから見えない死角にハルトを押し倒し、唇を重ねた。
ハルトは一瞬驚愕に目を開き、それからマリアとキスで繋がったまま幸せそうに微笑んだ。
ハルトの手がマリアの背に回る。
長い長い口付けの後にハルトが「ほら、領主様。後は任せたよ」とマリアに言った。
マリアは一つ頷いて、再び領民の前に立った。
そして大声で告げる。
「私としても依存はないわ。野盗の襲撃を撃退し、その
聖剣のマリアがにやりと悪い顔をして言い放つ。
「——都市ヴァルメルと略奪戦争よ」
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【あとがき】
二章を最後まで読んでいただきありがとうございます!
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【色欲の悪魔としてVRMMO世界に転生しました。ログアウトできないし、せっかくだからこの世界でヒャッホォォウ!します】
https://kakuyomu.jp/works/16818093074023910620
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