第63話 殺す


「申し訳ありませんでした」とルイワーツが頭を下げた。



 見知らぬ馬車、と聞いてハルト達は慌てて外に出たが、なんてことはない。イムスが乗って行ったイムスの馬車だった。

 馬車はもともとイムスの所有物であり、イムスが村に滞在していた期間はそれほど長くなかった。確かに村人にとっては『見知らぬ馬車』であっても不思議はない。

 ただ、馬車からイムスの他にルイワーツ、マディ、リラが続々と降りてきたのには驚いた。


 取り敢えず事情を、と領主の館の客間に彼らを招き、マディ、リラが腰を落ち着けたところで、ルイワーツだけ立ったまま頭を下げたのだ。

 村に戻って来なかったばかりか、敵に囚われ、無駄にマディ、リラを雇う羽目になり、出費を増やしたことをルイワーツは詫びた。



 マリアはよく事情を知らなかった。

 何があったのか、まるで把握していない。当たり前である。これから報告を受けるのだから。だが、マリアは常に直観で動く。 

 マリアが言った。



「よくやったね、ルイワーツ」



 ルイワーツが顔を上げた。目を見張り、マリアを見返す。

 マリアは、戦友に向けるような勇ましい笑みでルイワーツに応じた。



「フェンテからキミの働きは聞いているよ。それに目を見ればだいたい分かる。キミの働きは立派だった。何も謝る必要はない」



 そう告げるマリアの顔は、慈悲と威厳に満ちた統治者のそれであった。

 ハルトはそんなマリアにぼんやりと見惚れていたが、ハッと我に返り「そうだね」とマリアに続く。



「そうだね。お疲れ様、ルイワーツさん。疲れているところ申し訳ないんだけど、報告をお願いできるかな?」



 はい、と慌ててルイワーツが自身に起きた一部始終を報告した。



「そうか。ヴァルカンさんが……」



 ルイワーツの報告は信じがたい内容で、かつ、深刻な問題でもあった。



「はい。野盗やブラックリストの連中を裏で操っているのはヴァルカンです。ダゲハを仕留めたところでトカゲのしっぽ切りにあうだけです」



 ルイワーツが悔しそうに顔にしわを作る。

 ダゲハを抑えれば全てが上手くいく、とハルト達はそう思っていた。都市の汚れを消し去った功績で、都市ヴァルメルとの同盟に一歩近づくと期待さえしていたのだ。

 だが、黒幕がヴァルカンだとなれば、話が変わってくる。なぜなら、ヴァルカンは都市ヴァルメルを牛耳る最大の権力者なのだから。そうであれば、都市ヴァルメルと同盟など結べるはずもなかった。



「厄介なこった」とマディが爪をやすりに擦り当てながら言った。

「表立って都市ヴァルメルと敵対関係になれば、マリアのご両親は人質として軟禁されるでしょうね」リラが現実を突きつける。



 実際それが一番の問題だった。

 マリアの両親は「人質になったとしても構わない」とは言ったが、それを受け入れることなど到底できやしない。ハルトですらそうなのだから、実の娘であるマリアの気持ちは察するに余りある。

 マリアは眉間にしわを寄せて静かにたたずんでいた。



「ど、どうするの?」とナナが不安げにマリアとハルトを交互に見る。



 ハルトもすぐには答えを出せなかった。言葉に詰まる。詰まることで圧がどんどん強まっているように思えた。村人の視線に押しつぶされるような錯覚に陥る。



「まさか降伏するっつーんじゃねぇだろうな」と狩猟頭オーサンが穏やかじゃない声を上げる。



 誰かが唾を飲む音が鳴った。

 客間を張り詰めた空気が覆う。ようやく一つになれた村に小さな亀裂が走るような、嫌な予兆を感じる。

 心がざわつく。

 しかし、マリアがそれらの不吉な予兆を打ち消すように、ゆっくりと告げた。



「予定は変えないよ」



 皆がマリアに注目する中、マリアがまた口を開く。それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。



「例え、パパとママが人質に取られたとしても、予定は変えない。襲撃は阻止するし、向かってくる者は誰であろうと斬り捨てる。ギルドマスター、ヴァルカンは——」



 ハルトはマリアの顔を見て、ゾクッと背筋に悪寒が走った。

 フェンテやナナ、他の村人も恐怖に顔を引きつらせる。マディやリラでさえ、冷や汗を額に貼り付けて、目の前のかつての同業者を警戒していた。それほどの危うい殺気をマリアが纏う。



「——殺す」とマリアが静かに告げた。氷の刃で頸動脈をゆっくりと裂くような、静かで冷たい殺意がその言葉には秘められていた。

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