第62話 錬金術


 錬金術で鉄鉱石から変形させた鉄のインゴットを、フェンテが両手で重そうに持ち上げた。


 村の広場の一画。馬車の荷台には既にインゴットになった鉄が文字通り山積みになっていた。荷台に乗せる前に採掘現場でフェンテがインゴットに変えたため、効率よく運ぶことができたのだ。しかし、とてつもない重さになっているはずだった。


 そこでマリアの浮遊魔法を使ったのだ。馬では到底運べない重量の荷台も、マリアの浮遊魔法のおかげでなんとか村まで鉄のインゴットを引いて帰ることができた。大量の鉄が要るこの村にとっては、鉄はいくらあっても足りないくらいである。ありがたい誤算だ。


 フェンテの小さい手には鉄のインゴットは収まらないほど大きく、重い。インゴットの重さに頼りなくふるふる震えるフェンテの手を見て、ハルトはさりげなくインゴットをさっと取り上げた。フェンテが「ぁ」と呟くが、ハルトは全く気にしていない様子でフェンテに話しかける。



「これで細長い円柱型の棒を作って欲しいんだよ。途中でこう直角に折れ曲がる感じで」ハルトがインゴットを持つ手と反対の手で紙に図を描いた。図と言ってもL字型の線をひょろひょろとぶれた直線で描いただけのものである。


「なんですか、これ? 武器?」フェンテは眉を寄せて首を傾げる。


「違う違う。ぁ、長さは5メートルくらいね」ハルトが図面に数字を書き足す。


「長ぁ!」


「ぁ、本数は500本くらいね」またハルトが数字を書き足す。


「多ぉ!」


「ぁ、もっとめちゃくちゃ長い鉄の棒も後で作ってもらうからね」とハルトが長いひょろひょろの線を紙に描き足す。


「てか、さっきからその『ぁ』てなんなんです!? すごい腹立つんですけど!」



 ハルトは人好きのする笑みでえげつない注文を繰り出す。普段、えげつない注文を受ける側だったハルトは、無茶な依頼を受けた時の精神的ダメージを知っている。だからこそ、せめて笑顔で依頼しようという試みであった。

 ——が、全く意味はなかったようで、



「ちょっと私のことこき使いすぎじゃないですか、先輩」とフェンテがハルトを睨んだ。


「だよねぇ……」とハルトが目をつむり口を結ぶ。それからゆっくりと目を開き、フェンテの目をじっと見つめた。「だけど、『錬金術』が使えるフェンテにしかできない仕事なんだよ。ど〜〜〜〜ぅしてもキミが必要なんだよ! 頼むよフェンテ」ハルトがインゴットを置いてフェンテの手を包み込むように両手で握った。



 フェンテの口が感情を押し殺すかのように、もにょもにょ動く。目はかろうじて『別にぃ? 何とも思ってないですけど?』と澄ましているが、頬が赤く口がにやけているので、あまり意味がない。



「し、仕方ないですね先輩は」



 結果、フェンテはハルトの無意識の色仕掛けにまんまと乗せられていた。



「仲が良いこと」とマリアが凍てつく視線をハルトに向ける。ハッと気付いたハルトはフェンテの手を素早く離して誤魔化すように笑った。自らの生死が掛かっている。必死で誤魔化しスマイルを繰り出す。

 マリアはフェンテの能力は替えが利かないことを分かっているからか、それ以上は何も言わなかった。



 フェンテが集中を高めるように目を瞑る。インゴットに魔力を通すと、鉄のインゴットはまるで飴細工のように姿を変え、あっという間にハルトが指定した長さのL字鉄棒が出来上がった。鉄とは言っても硬度を高めるために炭素を取り入れているため、鋼に近い。



「よし。オッケー。後はその鉄棒の表面に模様みたいに凹凸を作ってみて」



 ハルトの指示にフェンテが無言で頷いてまた魔力を流す。その顔は真剣そのもの。習得したての錬金術を行使するには神経を集中させる必要があった。



「できたっ」とフェンテが満足げに笑って「えへへ、どうです?」と鉄棒をハルトに見せる。親に褒められたい子供のような無邪気な笑みだった。



 ハルトはフェンテから鉄棒を受け取って、それをじっと観察してからフェンテに笑いかけた。そして口を開く。



「ハートの模様彫ってどうすんだよ」



 鉄棒には可愛らしいハートがこれでもかと掘られていた。エモさ増し増しデコリ鉄棒の出来上がりである。



「えぇ?! 可愛いじゃないですかぁ!」


「野盗どもが『あら可愛い。皆〜。襲撃中止ぃ~!』とはならないから。もっとグリップするように、細かい凹凸をだなぁ——」


「はぁ? 意味分かりません〜。可愛ければたいていのことは解決します〜!」



 ギルドで働いていた時の調子でじゃれ合う2人を見て、マリアがまたしても「仲が良いこと」と今度はフェンテを睨む。

 今まではマリアの貫禄にビビりっぱなしであったフェンテも、いい加減慣れたのか、マリアに対しても強気に応じた。



「ま、まぁ? ハルト先輩は私がいないと生きていけないって言ってたし? 仲は良いかもしれませんね?」とマリアに言葉のジャブを打つ。


「そんなこと言ったっけ?」と首をひねるハルトを余所に、マリアがムッとして応戦する。


「あら、そう。でもそれを言ったらハルトくんは私に依存していると思うなぁ。ハルトくんったら普段はこんな朴念仁みたいな様を晒しているけど、夜はもう甘えん坊で、すぅごいすごい! 毎日睡眠不足で困っちゃうんだよねー」とマリアがうそぶく。


「僕夜甘えたことあったっけ?」と先ほどとは反対側に首をひねるハルトは、やっぱり女子2人の眼中に入っていなかった。争いの種なのに。



 マリアとフェンテの鋭い視線がぶつかり合い、もはや「何? キミ達これからキスすんの?」というくらいお互い顔を近づけて、威嚇し合っていた。



 なんで2人仲悪くなってんだよ、とハルトが困っていると、唐突に村人がハルト達に駆け寄って来た。

 取り込み中の女子2人に代わってハルトが「どうしたの?」と応じる。

 村人が言った。



「見知らぬ馬車が村に近づいて来ています!」

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