第60話 面倒な依頼

 

 ルイワーツは城壁上の通路を音を殺して走った。

 正確にはその前方にマディもいるのだが、透過魔法で姿を消しているので、そこにマディが本当にいるのか、ルイワーツには判断がつかない。

 いるとすれば、走っているのだから足音の一つもしそうなものだが、一切の無音。響くのはルイワーツの音を殺しきれていない足音のみだった。



 不意に「止まれ」と聞こえた。マディの声だ。良かった、本当にいた、とルイワーツは安堵する。



 指示に従って止まると、城壁通路上に等間隔でそびえ立つ塔に見えない何か——状況的にマディしか有り得ないが——に引っ張り込まれた。ルイワーツが監禁されていた塔とは別の塔だ。



「厄介なのがいる」とマディが透過魔法を解いて姿を現しながら言った。



 ルイワーツが通路の先を覗こもうとすると、後ろ首を掴まれて、引っ張り戻された。



感知形かんちけいのやつだ。お前のその間抜け面を出せば一発でバレるぞ」


「……間抜けで悪かったですね」と当てこするが、マディは応じない。



 敵の目立った動きはなさそうだった。

 マディがどうやって敵影を察知したのかは不明だが、相手よりも先に気がついた事は確かのようだ。



「マディさんでも勘付かれる程の手足てだれですか?」


「ああ。近づけばバレるだろうな。不意打ちは不可能だ」


「ど、どうします? 迂回しますか? 城壁から降りますか?」



 そう言ってから、ルイワーツはどちらも現実的ではない、と思い直した。迂回すれば時間がかかり過ぎる上、ルイワーツが囚われていた塔をまた通ることになる。リスクが高い。

 城壁から飛び降りるにも、都市の外側は深い掘りになっているので浮遊魔法でも使えなければ降り立つのは不可能だ。

 都市側ならば飛び降りられないこともないが、結局城門を通らなくてはならない。市兵に止められるだろう。

 やはり、城門付近でマディが市兵の足止めをしている間に、ルイワーツ一人で城門の外側に掛かるかけ橋に飛び降りるしか都市を抜ける方法はないように思えた。

 マディも同じ見解なのだろう。「無理だ」とマディがかぶりを振った。



「無理だ。正面から殺るしかねぇな」


「き、気絶とかじゃなくて、ですか?」


「そんなに甘い相手に見えるか?」とマディが訊く。見えるか、と言うが見させてくれなかったのはマディではないか。ルイワーツがもう一度、敵を覗こうとして、また首根っこを引っ張られる。



「気を抜けば殺られるのはこっちだ。安心しろ。ブラックリストで見たつらだ。殺っても問題ねぇ」



 マディの目は据わっている。

 俺を助けるために人を殺める覚悟がある、というのか。ルイワーツは急に尻込みしている自分が情けなく思えた。

 目を瞑ってから、一つ深呼吸をして、覚悟を決める。



「わ、分かりました。俺が囮になります。その隙に透過で仕留めてください」


「バカか? 透過が効かねぇっつってんだろ。お前は邪魔だ。引っ込んでろ」



 ルイワーツの覚悟はあっけなく跳ね除けられた。

 確かにルイワーツはC級冒険者相当で、マディはA級だ。その実力には天と地程の差がある。

 ルイワーツは自分の無力さにまたも情けなくなる。

 マディはルイワーツに構わず、敵の前に姿を晒そうとして、すんでで動きを止めた。



「どうし——」



 たんですか、を言う前に口を押さえられた。



 マディが覗き込み、様子を伺う。ルイワーツも真似して覗き込むが、今度はマディに止められなかった。



 敵は大柄な男だ。

 立ち尽くして、ぼーっとしている。宙を見つめて、微妙に頭がゆらゆら揺れている。

 一体なにが起きているのか。ルイワーツが答えを求めるようにマディを見ると、マディは「風上は……あっちか」と北側の都市内部方面に顔を向けた。



 すると、それを待ち受けていたかのように、長い黒髪をたなびかせた美女が都市内から城壁に飛び上がってきた。浮遊魔法だ。



「リラさん?!」とルイワーツが声を上げると、マディに「静かにしろ」と肩を殴られた。



「あのオジサンに困ってたんでしょう?」と『神秘の宝珠』のリーダー、リラがマディ達が隠れていた塔の入口辺りに着地した。


「あれはお前の幻魔術か?」マディが訊ねる。


「ええ。厄介な感知オジサンは遠くから幻魔術でかすに限るわ」



 幻魔術の効果範囲はそんなに遠距離に渡るものではないはずだ。範囲に入った途端、あの厄介な感知系の男に気付かれたことだろう。一体どうやって?

 リラがルイワーツの視線に気付いて、ふっと頬を緩める。



「幻魔術が魔力を粒子化する魔法だって、ご存じない?」



 ルイワーツが答えに至る前に、マディが「性格の悪い魔法だな」と口を挟む。「あら、透明人間のスケベ男に言われたくはないわ」とリラも応戦した。


 ふん、とマディが鼻を鳴らし、「減らず口が」と言ってから

「誰に雇われた?」と訊ねる。



 ルイワーツもその答えが気になった。リラがボランティアで名前も知らぬ元ギルド職員のために動くはずがない。



(以前ハルトさんを救出に『不死王の大墳墓』にリラさんとマディさんが行ったのはハルトさんの人望あってのこと。冒険者が誰かれ構わず人助けするとは思えない)



「マリアの村のお抱え商人を名乗る人物が私のところに訪ねてきたのよ。イムスっていったかしら。彼からルイワーツくんの捜索を依頼されたのだけれど——」



 いつの間にかリラに名前を覚えられていたことにルイワーツは一瞬ドキッとしたが、リラがルイワーツを睨んでいることに気付き『いやこれ、良い覚えられ方じゃないな』と苦笑した。



「——あなた、何面倒なことに巻き込まれてんのよ! こちとらただの人探しのつもりでいたのに、なんでブラックリストのおじさんと戦闘しなきゃならないわけ?」とリラがルイワーツに苦情を入れた。


「ああ。全く同感だ。てめぇが動くと碌なことにならねぇ」とマディも便乗する。



 ルイワーツは実は何も悪くないのに、何故か「すみません」と謝るはめになっていた。



「まぁいいわ」とリラが苦情の手を緩めたので、ルイワーツは胸を撫で下ろした。「とにかく早くあのオジサン片付けてくれる? 私物理攻撃は得意じゃないの」



「嘘言ってんじゃねぇよ」とマディは言いながら、透過して姿を消した。直後、前方の感知オジサンが「あごォァ」とうめいて倒れた。気絶させただけのようだ。



「リラさん。あいつ仕留めなくて良いんですか? ブラックリストでしょう?」とルイワーツがリラに訊ねると、リラは「まぁそうね」と言いながらも「運ぶの面倒だし良いんじゃない?」と興味なさげに答えた。



 確かに役所までブラックリストおじさんを連行する時間はない。殺しておくだけなら可能だが、リラは「嫌よ。服に血がつくし。それに余計な怨恨を抱え込んでも碌なことにならないわよ」と無駄な殺しはしない主義のようだった。

 善悪ではなく、損得で行動するのはいかにも冒険者らしいな、とルイワーツが思考にふけっていると、再び目の前にマディが現れた。



「行くぞ。ついて来い」


「ついて来いってあなた透過してて見えないんだけど」



 リラがツッコむが、マディはそれには応じず、再び姿を消した。



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