第50話 認めてやるよ

 

 中央の広場に多くの村人が集まっていた。


 フェンテが「重大な知らせ」と連呼するから、「なら皆も呼ぼう」と知らせの中身も知らないのにマリアが村人を招集したのだ。

 村人も「重大な知らせ」と言われれば、気にもなる。賦役ふえき労働には来ないくせに、今回は結構な人数が集まっていた。



「マリア様、その鼻栓、みっともないから取ってください」とナナが促すが「だめだめだめ! まだ出るから! 思い出したらまた鼻血出るから!」とマリアは鼻声で拒否した。


 えへへへへ、とまた夢の世界へ旅立とうとするマリアを「しっかり〜」とモリフが揺らしてその都度呼び戻す。


「ハルトさんはやっぱりまだ目覚めませんか?」とイムスが心配そうに眉尻まゆじりを下げた。



 ハルトは愛の告白の直後、大地に倒れ、そのままいびきをかいて眠ってしまったのだ。顔は真っ赤で、一度唐突に目覚め体を起こしたかと思えば、トイレに駆け込み、盛大に嘔吐おうとしてから、戻って来てまた眠った。そして未だ目覚めていない。



「16歳に酒豪の実はきついわな」とウォーリアのダルゴがガハハハッと笑うが、笑った衝撃で先の戦闘の傷が痛んだのか、短くうめいた。


「なんでハルトお兄ちゃんが酒豪の実なんて食べることになっちゃったんです?」と聞いたのはナナだ。


 ロドリが苦笑する。「いや、酒豪の実とザクリナッツが同じ場所に生ってたからさ。採取したときに混ざっちゃったんだよね。多分」



 ロドリは未だ傷心中ではあったが、どこかスッキリとした顔をしていた。あれだけハッキリと振られて、諦めもついたのだろう。







「さて、皆の衆」とマリアが鼻栓をしたまま、村人たちに呼び掛けた。やっぱり鼻声である。「今日は重大な知らせがあるらしいので集まってもらった!」



「ある.....らしい?」

「領主様も知らんのかいな」

「なんじゃそら」

「それでも領主か」



 村人は口々に不平を漏らすが、極真っ当ごくまっとうな意見ばかりである。



「なんだよ、もォ」とマリアは膨れた。しかし、ふと、広場に留置されているオーク肉を乗せた馬車が目に入り、マリアの思考はもう既にそちらに移っていた。「あ」とマリアが何かを思いついた顔をする。

 ——そして、




「重大な知らせはまた今度にしようと思いまーす」と高らかに予定変更を宣言した。




「はァァアアア?!」と真っ先に声を上げたのがフェンテだった。「『また今度にしようと思いまーす』じゃありませんからっ! せめてマリアさんだけでも! マリアさんだけでも聞いといてくださいよホント!」フェンテも必死だった。何故この人の領地のことで自分が苦労を強いられているのだろうか、と理不尽な仕打ちに語気が強まる。



 ところが、マリアは悪びれもせず「だって、今ハルトくんいないし。そういう話はハルトくんのいるところで聞こうよぉ」と面倒くさそうに言った。


 そして「そんなことよりさぁ」とマリアが言う。深刻さなど1ミリも感じられない。むしろニコニコと嬉しそうにしている。



「早くオーク肉パーティしよっ!」



 すぐにでもオーク肉を村人にふるまいたくて仕方ないという顔であった。そわそわと落ち着きがない。

 フェンテは呆れて声が出なかった。なんで村の危機よりも肉パーティが優先されるのか。もうこの際、村の襲撃計画について今この場で言ってしまえ、とフェンテが口を開くが、フェンテの声は村人のどよめきにかき消された。



「おい! 聞いたか?!」

「あの肉......オークか?! 食って良いのか!?」

「うそだろ?! あれ都市で売る用じゃなかったのかよ!」

「ままぁ、お肉食べれるのー?」

「オーク肉なんて何年ぶりだ」



 ロ々に喜びと驚愕の声が上がる。

 マリアはその様子をしばらく満足そうに眺めていたが、未だ半信半疑の声もあることに気が付くと、馬車の荷台に山積みになったオーク肉を1ブロック持って来て、天に掲げ上げた。このお肉が目に入らぬか、と言わんばかりに村人に見せつける。そして高らかに宣言した。



「今日は肉の祭典! うたげだよ! お残しは許さないからね! みんな死ぬほどオーク肉を食べなさい! 今日から毎年この日を豚さん記念日とします!」



 マリアの記念日制定に「おぉおおォォ!」と歓声ともどよめきとも取れる声が広がった。



「おお、豚さん記念日…………豚さん?」

「豚さん記念日じゃ!」

「豚の王……いや、豚の神」

「豚神様……!」

「豚神様ァアア!」



 一人の村人の「豚神様」コールが伝播でんぱし、多くの村人がマリアを「豚神様ァアア!」「ぶーたっがみっ」「ぶーたっがみっ」「豚様ァアアアァアア」「豚さァァアアん」とあがめ始めた。


 ぶふぅ、とナナが吹く。「ぷっくく、みんな喜んでますよ? 良かったですね、豚神様? あっはははは」



 マリアはぷるぷると震えていた。後ろからでもフェンテにはそれが感動ではなく、怒りによるものだと分かった。フェンテはさりげなく5歩後ろに下がって避難した。



 この後「誰が豚よ!」と雷が落ちたのは言うまでもない。全員オーク肉の前にげんこつを食らうはめになった。





 ♦︎





 その日の村は夜中でも明るかった。

 木を組み立てて、キャンプファイヤーのように火をつけ、皆で騒ぎ、踊り、食って、また踊った。


 今回の肉の調達で、マリア達を領主と認め始める村人も少なくなかった。

 それだけ村は飢えていたのだ。赤ん坊がいるのに栄養不足で母乳も出ず、新しい命が危うく失われるところだった、という世帯もあった。食べるものがなく、骨と皮だけのようにやせ細っている者もあった。

 それらの命はマリア達が調達してきた肉で、ひとまずは生き長らえたのだ。


 ハルトは一人広場のはじはじにいた。

 遠くで聞こえる楽しそうな笑い声を聞きながら、切りかぶに座り、お茶をすする。


 遠くで燃えるキャンプファイヤーは、ハルトの顔をほのかに照らしていた。

 まだ少し頭が痛かった。酒に苦しむのは前世以来だな、と公務員時代を思い出してハルトは苦笑する。



(星は現世の方がずっと綺麗だな)



 ハルトはキャンプファイヤーの明かりにも負けずに強く瞬く星を見上げて、また茶をすすった。



「一人晩酌かい。領主様よぉ」と声がした。



 顔を向けると狩猟頭が勝手にハルトの隣の切り株に座るところだった。



「あいにく、さっき酔いつぶれたばかりでね。酒はもう懲り懲りなんだよ」とハルトは心底嫌そうに顔を歪めた。


「なっさけねぇ奴だな。酒なんぞに飲まれてんじゃねぇよ」



 そういう狩猟頭の顔は赤く、酔っぱらっているようだった。酒豪の実をすりつぶしたエキスを水で薄めると常人が飲める程度のアルコール度数になる。あまり上等な酒にはならないが村人には『酒』自体が贅沢品だ。皆喜んで飲んだ。

 狩猟頭も例に漏れず、持っている革袋式の水筒に口をつけ、グイッとあおった。



「文句言いに来たの?」とハルトが先を取って尋ねる。唐突に苦情を言われるより、こちらから聞いてしまった方が、心の負担は少なく済む。そういう魂胆で尋ねた。


「文句? ああ。そうだ。お前は酒が足りてねぇってな。もっと飲め。あ? 俺の酒が飲めねぇってのか?」と狩猟頭が水筒をハルトにグイグイ押し付ける。ハルトは苦笑してそれを押し返した。


「勘弁してよ。てか、それ立場が上の人が言うセリフだから。僕一応領主なんだけど」


「ふん、一丁前に」



 そうだった。この人、僕らのこと領主と認めてないんだった。と、嫌なことを思い出す。



「勝手に狩りをしたことを怒ってんじゃないの?」とハルトはいよいよ面倒になり、ストレートに聞くことにした。



 狩猟頭は黙っている。

 遠くで聞こえるお祭り騒ぎの音を聞きながら、2人で黙って星を見た。






「俺の孫はなァ」と狩猟頭が脈絡なく言った。まるで罪の告白をするように。「3年前に死んでんだよ」


 ハルトは少し迷ってから「病気で……ってことじゃないんだよね?」と遠慮がちに言い、横目で特猟頭の様子を窺った。狩猟頭はまだ星を見ていた。


「ああ。餓死だ。あの年はひどい不作の年だった。もともと、この辺りは枯れた土地だからな。時々あるんだ。そういうことが」



 猟頭も視線を星からハルトに落とす。そして眉間にしわを寄せ、目を細めて言った。



「今年もその予兆があった。……事実、春蒔きの穀物の出来もイマイチだしな」



 特猟頭と言えども農作業はする。狩猟頭というのは、狩猟日に農作業を免除されるというだけで基本的には農民なのだ。

 ハルトは黙って話に耳を傾ける。



「俺たちも必死だった。穀物がダメなら狩りしかねぇからな。だが、今年はその狩りすらもままならない。何故かは分からねぇが、ケルディが全く見当たらねぇのよ」と自嘲するように狩猟頭が嗤う。


「3年前は、少しだが肉が取れたからな。被害はまだマシな方だった。だが、今年は、肉はほぼ0だ。3年前よりももっと多くの死者がでるところだった」



 こらえるように口を湾曲させ、狩猟頭はハルトの目をじっと見据える。



「それを防げたのはお前らのおかげだ」と彼は言った。「ありがとよ」



 ハルトは目を丸くした。そんな素直な感謝が返ってくるとは思っていなかったからだ。

 なんとなく気恥ずかしくて、「まぁ、まだ1食分まかなっただけだけど」と目を逸らしてハルトが言う。


「ばか言うんじゃねぇよ」と狩猟頭は笑った。「あれだけの肉だ。塩漬けにすりゃ当分食いつなげるはずだ」



 意外と皆、量食わないんだな、とハルトはマリア基準に村人の胃袋を考えていたことを少し反省した。マリアは何においても規格外。それを忘れていた。


 狩猟頭が再び星に目を向けて「今度、また孫が生まれるんだ」と言った。まるで星になった先の孫に報告でもするかのようにハルトには感じられたが、どうやらハルトに言ったらしい、と一瞬遅れて気が付く。


「それはおめでとう。狩猟頭に似ないといいね」


「俺ァ祖父だぜ? 似るわけねーだろ」


「いや隔世遺伝というものがあってだねぇ」


「なに訳の分かんねぇこと言っていやがる」



 酒の入った狩猟頭は意外にもお喋りで、星を眺めながら男2人、時間を忘れて語り合った。

 孫の名前、息子の愚痴、税金の苦情、狩りのコツ、色んな話をした。


 その最後に、狩猟頭がハルトに尋ねた。



「お前はなんでここの領主になった?」



 おかしな質問、とは思わなかった。この土地は誰もが嫌がる枯れた土地。メリットが皆無でデメリットが山積み。そんなこの地を欲しがる貴族はほぼいない。それは農民たちも承知しているところだった。

 狩猟頭が言葉を重ねる。



「今までこの地は、俺が生まれた頃から皇帝直領地だった。そりゃ旨味がねぇからな。誰も領主になりたがらねぇのは当然だ。だが、お前らはやって来た。何故だ」



 村人がマリアを信用しない理由がこれだった。

 村人はマリアがなんの目的でやって来たのか、が理解できないのだ。多くの人は『これは自分の利益になる』と信じた時、行動に移すものだ。

 だがマリアの場合、その『利益』の部分が農民たちは分からなかった。いっそのこと、私利私欲のために領主になったのなら、まだ理解されただろう。得体の知れないマリアに心を開けないのも無理はないことだった。



マリアさんあの人がそんな損得勘定で動く人に見える?」とハルトは笑った。



 狩猟頭は何かを確かめるように、あるいはそうであって欲しいと祈るように、もう一度ハルトに尋ねる。



「お前らはこの村のために、今も動いている。違うか?」



 狩猟頭は固唾を飲んで返答を待っていた。

 真剣な狩猟頭の瞳に、ハルトは思わず吹き出した。



「村のために動いているかって? そりゃそうでしょ。領主なんだから」とハルトが笑うと、猟頭は「領主……か」と呟く。



 それからじんわりと水が地にみ込むように、ゆっくり口角を釣り上がった。ふん、と鼻で笑う狩猟頭はどこか嬉しそうにも見えた。


 狩猟頭が言う。


「それもそうだな」


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